◆03◆
「いよっしゃあっ!」
思わずの嬉しさに笑みが零れ、隣の稜輔に抱きつく。なんて俺はついているんだろう。こんなにもクラスがあるというのに、憧れのあの子と同じクラスになれたのだ。
「はあ、なんだよ。お前だけさ〜……」
「まじサイコー!」
そう、俺がこんなにも早く来てクラス分け表を見たかった理由は、中学時代に皆の憧れの的だった香坂杏奈のクラスが知りたかったからだ。寝不足も早起きも全てはこのためだったのである。
今改めて考えると本当に馬鹿馬鹿しいのだが、当時杏奈のどこが好きなのかと聞かれるとまず最初には彼女の容姿がきた。
杏奈の目鼻立ちちはとてもくっきりしていて、スタイルもそこら辺のモデルなんかよりは断然良かったのだ。実際、どこかの誰かは彼女のことを「マリリンモンローの再来」と言っていたがそれは強ち過言でもなかった。彼女は俗に言う清純派というよりは、セクシー系だったと思う。俺の同級生、そして上級生や下級生、ましてや他校の奴らも大勢彼女に憧れていた。
知っている限り、杏奈とすれ違って振り向かない人間はいなかった。本当かどうかは分からないが、噂によりと街を歩いてスカウトされない日はないらしい。
「ま、別に結花と離れても帰ったらいつでも会えるしー。お前もさ、いつまでも見てるだけじゃなくてさっさと告っちまえば?」
二人が幼馴染みで、また稜輔が惚れているということは周知の事実だった。反対に、彼女が稜輔のことをどう思っているのかは分からないのだが。
「今はいいんだよ。まあ同じクラスってことも分かったしな。ぼちぼち頑張るよ」
「ふーん、ぼちぼちねえ」
「何だよ」
「いや、別にー? あっ、そういえばさっき結花からメールが来てもう着くって言ってたんだよ。俺、門まで迎えに行ってくるわ」
「そりゃあ、ご苦労なこった」
「じゃあ、また後でな」
「ああ」
と言って稜輔とは別れた。その後彼はすぐに鞄から携帯を取り出し、耳にあてた。結花にかけているようだった。クラス分け見たんだけどさ――と落胆しながらも、笑顔で嬉しそうに話す彼を眺めていると、本当に結花のことを好きなんだなと改めて思った。また恋人同士ではないとはいえ、二人の関係が羨ましかった。
俺は杏奈とはあんな風に自分の喜怒哀楽をむき出しにして会話をしたことはなかった。いや、できなかった。
前で述べた通り、彼女の容姿は並はずれて良かった。ちょっとそこらのクラス一可愛い女の子、というレベルを越えていた。だからつまり、俺のように彼女を憧れの的として扱っていた人間にとって、彼女という存在はとても近寄り難かったのである。もちろん杏奈は人気者だったので、彼女を取り巻く男子はたくさんいた。彼女が一人でいる時など、ほとんどなかったような気がする。
しかし人間には積極的な人間と消極的な人間がいるのだ。お察しの通り、俺は杏奈の前では後者だった。
だから健太や稜輔達の前で名前を出す時は「杏奈」でも、本人の前で呼ぶ時は「香坂」というように名字だったし、第一、実のところ前に話したのはいつだったのかはっきり覚えてもいなかった。
中学二年の頃はクラスも一緒だったので話すことはあったが、三年になってからは離れてしまったため、めっきりそういう機会はなくなってしまったのだ。しかしあの会話は、話したと言えるのだろうか。どちらかと言えば、口を利いたという言葉の方が適当な気がする。なぜなら内容は、行事や委員会などの用事とか、「(〜拾ってくれて)ありがとう」とか、そんな『大して親しくもない同級生との会話』レベルのものだったのだ。
別に女子全員に対してそんなに消極的で話せないわけではない。杏奈がとても近寄り難くて、何より好きな人だったからそうなってしまった。
このままでは駄目だ、と自分でも重々承知していた。でも中学の間にそれを克服することはできなかった。だから、高校での第一の目標は、まずは杏奈と普通に会話をできるようになろうということだった。
同じクラスという好条件に自分が立っているということも分かっていたし、どうにかこの一年間で頑張ろう、そう決心した。
心はもう咲き始めの桜の若葉の如く、明日への希望に満ち溢れていた。