◆15◆
*お詫びと訂正*
この度は私の未熟な作品を読んでいただき、ありがとう存じます。
さて、昨日(5/5)まではヒロインの名を「神崎藍」としておりましたが、それでは不具合が生じてしまうということに気付きました。つきましては、誠に勝手ながらヒロインの名を「瀬之崎藍」に変更させていただきます。ご了承願います。
「席、横なんだね」
自分の手持ち鞄も机に置き、俺は瀬之崎藍に向かって言った。
そんな俺に、彼女も微笑んだまま答えてくれた。
「隣の机見たら、君の名前があるんだもん。ていうか、寝てたでしょ。式の時」
「はは、ばれてたの」
「あいつ、また寝てるの!? って思ってた」
「あんま寝てないんだ」
「ふふ、まあ寝る子は育つってゆーしねー? ――そういえば! 言ってた、長岡くん」
彼女はプリーツ加工が崩れないようにと、スカートを気にしながら椅子に座る。視線は前方にあった。そんな彼女の落ち着いた手元をなんとなく見詰めながら、つられて俺も席に付いた。
「なんか凄かったね」
「まあ、あいつだからね」
そんなおかしな返答をして、あ……彼も一緒のクラスなんだと、思い出す。やや下だった目線を隣の少女に合わす。健太を見つけることは容易かった。健太の座席は同じ列の丁度一番前だった。つまり教卓がすぐそこにあるから、あの相澤の目の前に座るということになる。
同じくクラスメイトの北里稜輔の姿もその先にあった。彼は健太の机に両手を付き、何やら二人で話しをしていた。あの子の話でもしているんだろう、大体内容の想像はつく。
「あの人も友達?」
藍は、尋ねた。
「そうだよ、稜輔って言うんだけど。結花と離れたんだってさ」
「ユカって?」
「あいついっつも好きな子の話ばっかりしてんの」
――俺も人のことは言えないが。
「あ……」
咄嗟に、唇を押さえた。
そうだ! と叫んでしまいそうになった。が、堪えた。肝心なことを忘れていた。杏奈、だ。杏奈はこの教室のどこにいるんだろう。
周りを見渡したけれど、彼女はどこにもいなかった。でも式の前に一度彼女の後ろ姿を見かけたから、学校に来ているのは間違いないなかった。
「どうしたの?」
いきなり、そんな怪しげな行動をとる俺の顔を藍は覗き込んだ。
俺は、そうか、もしかしたらトイレにでも行っているのかもしれない、と思った。
「え……。あ、いや。何でもないよ」
これからの学校生活は長いんだ、別に今杏奈の顔を見なくともいつでも見れるじゃないか。それにこんな可愛い子の隣にもなれた。
いくら今まで杏奈一筋だったと言えども、俺だって男の端くれだ。正直に言えば杏奈とクラスメイトになれたということに併せて、もう一人の美少女と隣同士になれたということに多少なりとも……いや、かなり喜んでいたし、浮かれていた。もしやこれは巷で流行っている少年漫画のお決まりパターンになるやも、などど馬鹿なことも考えていた。
だから、それがにやけとなってうっかり顔に出てしまったらまずいので、話している最中は気を抜けなかった。
しかし本当に、初日から杏奈のことを忘れてしまう程愛らしい少女と仲良くなれるだなんて、夢の中ですら妄想していなかった。
「はい、それでは席に着いてください」
暫くして、担任の相澤有紀が教室に入ってきた。騒いでいた生徒達は急いで自分の席に戻っていった。
近くの席の女子が彼のことをかっこいいとヒソヒソ言っている声が聞こえてくる。
「――あれ、そこの」
相澤は上級生の「新入生おめでとう」の文字が書かれてあるカラフルな黒板を背にし、一つだけ開いている杏奈の席に気付いて、そう呟いた。
「そこの、ええっと……」
まだ名前までは覚えていないらしかった。
彼は持っていたファイルの中から何か紙を取り出す素振をする。多分座席表で名前を確認するつもりだったのだ。
しかし、その必要はなかった。
彼に答えたのは意外な人物だった。
「香坂さん……」
健太だった。
「トイレに行くって言ってました」
健太は丁度自分の目の前の相澤に向かって、いつもの低いトーンでそう言った。
やはりトイレだったのか。普段ははずれる俺の予想は当たっていた。
ふと、なぜだろうと頭を過ぎる。どうして健太が杏奈の行動を知っているのか、分からなかった。健太は杏奈と仲良くはなかった。今までの彼だったらそんなことを言うはずもなかったのだ。
だけどその理由を俺が知る由もなかった。
「――そう、ありがとう長岡くん」
相澤はそう態とらしく健太の名字を呼び、少し目尻を下げた。
そして相澤は出しかけの用紙を元に戻して続けた。
「それじゃあ、香坂さんが帰ってきたら一番の人から自己紹介をしてもらいます」
彼のそんな言葉を聞いて、一端静かになっていた皆はざわめき出した。
「えー、俺からー!?」
不幸にも出席番号一番の奴はそう叫んだし、
「あたし、なんて言おうかなぁ」
近くの女子達はそう言った。
どうして年度始めの自己紹介というのは、こうも皆をドキドキさせるのだろう。自分の名前や趣味、特技を言うだけなのに。俺は別に自己紹介を意識したことはないし、どうでもいいといつも思っていたから、別に相澤の言葉を聞いても何とも思わなかった。
「ええっと……これじゃあ、書けないな」
恥ずかしがる生徒達を余所に、相澤はそう言って黒板消しを手に取った。
まさか、と嫌な予感がした時はもう遅かった。
何の躊躇もなかった。相澤は布の部分が真っ白になった汚れたそれで、徐に黒板を消し出した。皆自分のことだけで気付いていなかったが、俺は彼を唖然として見ていた。
嘘だろ、と思う。普通、こういうのは今日の放課後にこっそりと担任が消すものではないのか。これでは進学の新鮮な雰囲気も何もないだろう。
何も端から消さなくても良いのに、黒板がすっかり元の状態に戻ると相澤はチョークを手にとって何やら書き始めた。
「はい、何を言えば良いのかわからない人もいると思うので、書きました。このことを言ってください。まあ、これ以上言ってもいいんですが」
彼は、黒板を手の甲でコツコツと叩いてみせた。そこには箇条書きで、『名前』、『出身校』、『趣味』、『特技』、『先生の第一印象』、『一言』、とあった。最後から二番目を見て、呆れ混じりの笑みが零れる。
まだ会って間もないからこう言うのはおかしいのだが、一見相澤は所謂女子生徒憧れの若手教師タイプなのに、先程のことも含め、一体この男は何をしたいのか。
するりと躰を抜けてゆく風のようにどこか掴めない彼が、俺には全く分からなかった。
そんなことを考えて、またもや彼女のことを忘れかけていた時だった。
きっと足音は廊下に響いていたのだろうけど、皆の声で掻き消されていた。
「す」
何の前触れもなく教卓側のドアが突然開いて、それと同時に息を切らす声が聞こえてきた。
「す、すいませぇーん!」
次の瞬間、教室のざわめきが更に増したのは、もう既に分かり切っていたことだった。
藍も皆と同じように、思わずその大きな瞳を見開けていた。
こんにちは、神無月です。更新遅れてしまいました。
本当は15話で冒頭は終わるつもりだったのですが……。昨日執筆していたらなんだかあと一話か二話ついてしまいそうです。別に15話に全てまとめてしまってもいいのですが、文字数をなるべく合わせたいので、どうしても話数が増えてしまいます。
次回の更新は翌日になるかと思います。よろしくお願い致します。