◆12◆
「そういや、貴幸。俺の知り合いが蘭校で働いてんだよ」
そうだった、あの時そう言っていたんだ。
「――あ……先生だったんですね」
と俺は相澤に言った。
細長い指をそっと口にあててくすっと笑う彼はそうだよ、と答える。
先週の土曜だった。買い物帰りに健太の家へ寄った際、いつもは離れた所で暮らしている彼の兄貴の長岡祐太――つまり祐兄が偶々帰ってきていた。彼に会うのは一ヶ月ぶりくらいだった。合格発表の結果は電話で知らせたので、そう、受験日以来であった。
久々に顔を合わせたものだから、俺達は夜遅くまで話し込んでいた。彼は酒を飲んでほろ酔い気分……いや結構酔っていたみたいだが、その時に相澤のことを話していた。
「でなーそいつ相澤って言うんだけど、変な奴なんだよ、ひゃはは」
「ふーん、そうなんらー」
俺は一口だけもらって飲んだピーチ味の缶チューハイでへろへろに酔っていた。だからあまりその時の記憶はないのだけれど、覚えてる限りでは確かに祐兄は「相澤」とか何とか、呂律の回りにくくにった口で言っていたような気がしないでもない。
目が覚めたのは日曜の昼過ぎで、なぜか自分の部屋の寝室にいた。どうやって帰ってきたのかは謎だった。母さんも気が付いたらいた、としか言わなかった。酒はもうやめよう、と十五の春先に誓ったのだった。
「祐太がね言ってたんだよ、おもしろい子が入るって」
いつまで見ていても下がったままの目尻を更に細めて、彼は続けた。
「長岡くん――大きい声じゃ言えないけど、健太のことも実は色々と知ってるんだ」
「でも、あいつ。……隠し魔ですよ」
「あはは、なんだよ、その隠し魔ってのは。まあでも話は戻るけど、祐太に教えてもらわなくても君のことは知ってただろうけどね」
「……? どういうことですか」
「野球やってたろ、野球」
そう言うと彼はピッチャーの投げ真似をしてみせる。なんだか微妙なフォームだったが。
ちなみに俺は打つ方専門だから、そのポジションはしたことはない。
「普通、藤森くんくらい上手かったら特待制度受けれるのに。普通科に凄いのが来るって話題になってたんだよ。期待されてるぞ、頑張れよ、ルーキー! あと、健太は健太であの頭だから有名だしね」
「でしょうね」
「だからとにかく、二人とも蘭校では有名人だよ」
「あはは……。でもほんとあいつ、なんでここ受けたんですかね――」
そんな俺の言葉を聞いて、彼は突然目を輝かせ、にやけた。その表情の意図するものが分からなかった。
「受けた理由、聞いてないんだ」
「はい、なんか適当にはぐらかされちゃって」
「だろうね、あいつ隠し魔だから」
「はは」
「健太はね――」
彼は突然俺の肩を抱いて少し身を屈め、秘密を暴露する悪戯な少年のようにその瞳を益々キラキラとさせた。
「知りたい?」
こくり、と俺は深く頷いた。
どうやら彼は健太が蘭城高校へやって来た理由を知っているらしかった。
「そんなこと、受けたいから受けるんだよ」
以前、俺が何度健太に聞いてもその一言を口にするだけだった。確かに、そういう、ただなんとなくな理由で受験する人間もいるだろう。でも健太に限ってそんな理由で志望校を選択するはずがなかった。だって彼の勉強に対する態度はいつでも真剣だったのだから。
中学へ入学した当初から、目標は県内で最も難問校と言われているとある学校だとよく言っていた。絶対あそこに入学してやる、と。
しかし、そんな健太がやっぱり蘭城高校にすると俺に打ち明けたのは一体いつの頃だったろう。
健太の志望動機? そんなの知りたくて知りたくてたまらなかったに決まっている。最初は別にそれ程気になんてしてもいなかった。けれど、あんなにも彼は理由を教えることを渋ったのだから、それが一体何なのか気になるのは当たり前だと思う。
最初は本当に小さかった俺の探求心はどんどんと膨らんでいったのだった。
「なんで受けたのかっていうと」
相澤、と名乗る教師は焦らしつつ口を開ける。
どくどく、と心臓の波打つ音が俺の体中に響いた。その時の俺も彼のようにまた、目を輝かせていたんだと思う。
健太はそれを知られたくなかった、親友の俺にでさえも。しかし、この目の前の男には教えている。
少しショックだった。と同時に、腹立たしさも覚えた。だからこそ本当は聞いてはいけないと分かっていても、何がなんでも聞いてやろうという意地悪な好奇心が生まれた。
知りたい、早く!
「はい……」
ごくり、と息を飲んだ。
「それはね、かの」
その時だった。
「おい、有紀!」
連続更新なりませんでした、残念。
最近読者様の人数が増えております。本当に幸せです。あと三話程度で冒頭部は終わる予定ですので、よろしくお願いします。