◆11◆
集合時間に近づいていたので、気が付けば周囲の人数が増えてきていた。ちらっと見回して健太の姿を探したけれど彼はやはりいないようだった。
「それじゃあ、またね」
「ああ」
そうしてまだ受付が終わってないという藍と別れ、俺は集合場所へと向かうことにした。
その場所は武道場だったためさすがに大きな建物だったので、すんなりと到着できた。これで一安心だ。
「藤森くん」
そこへ入るなり、ある男性教諭が俺の名を呼んだ。
紺のビシッと気合が入ったスーツで決め、髪は自然な栗色、背は高くすらっと伸びていた。まだ制服のブレザーを羽織っていても違和感のなさそうな、その少し童顔の入った顔からして二十代前半、といったところだろうか。これは女子生徒がほっとかないだろう――巷の女子が好きそうな癒し系のたれ目からはそんな雰囲気が醸し出ていた。
――と、このような容姿だったので、一瞬学生なのかと思った。スーツを着ている男性教諭を学生と見間違えることはたまにあることだ。
呼び止められたれたものの、初対面だったのでもちろん俺には彼が誰なのかさっぱり分からなかった。どうして名札も付けていない俺の名字を知っているのか。もしかして俺は入学する前から既に悪目立ちをしているのではないだろうな、と少しの不安が過ぎった。
「あ、はい……」
俺はそう言葉を返すと、先程手にもった靴入りのナイロン袋の音をガサゴソと立たせながら彼へと近寄った。
「俺は君の担任の相澤だよ。よろしく」
「はあ……よろしくお願いします」
彼は見た目を裏切らないようなすっきりと爽やかな声色、そして微笑を浮かべたが、いきなり宜しくと自己紹介をされても、急すぎてどんな顔をしてみせればいいのか分からなかった。というか、まだ他の生徒は知らないだろうに俺に担任だと教えるのは駄目だろ、と思う。
「長岡健太くんは、君と一緒じゃないの?」
「長岡、ですか? あいつは多分ぎりぎりにならないと来ないと思いますけど……」
なんだ、俺に用事があるのではないのか。
少しほっとする。
小学生の頃からそうであった。どちらかといえばこの馬鹿のせいで悪目立ちをしてしまう方だったので、教師から褒められることといえば専ら野球での活躍くらいであった。
無論、健太は何をしても褒めちぎられまくっていたのだが。
「健太がどうかしたんですか」
「彼、挨拶するだろ。最終チェックしないといけないんだ。さっきから待ってるんだけど」
彼は微かにではあったが苛立ちと焦りを見せ、背広から顔を出した高そうな時計に目を落とした。教師の職に就いているとはいえ、とても給料三月分では買えそうにもない代物だった。
「挨拶、ですか?」
そんな高級時計に自分も気を取られ、俺は彼に返事をする。
「ああ。長岡くん、新入生代表だろ」
「――!?」
「聞いてなかのかい」
「え、それってあいつ。……もしかして首席ってことですよね!?」
「ははは。ま、もしかしなくても、そういうことになるだろうね」
驚いた。俺は全く知らなかった。そりゃあそうだ、健太はいくら首席になっても、若しくはいくら中学の校内模試で一位になったとしても、自らそれを口にしたりするような人間ではなかったのだから。
俺の周りには自慢したがりの連中が多くいたが、彼の自慢話など聞いたことがあっただろうか。ないに等しかったと思う。
それにしてもぽかんと開いた口が塞がらなかった。
彼が眉目秀麗だということは百も承知していた。が、まさかここまでだとは想像以上だった。何しろ、俺は健太の具体的な成績を耳にしたことがなかった。
僅かながら直接聞いたのといえば、模試での蘭城高校の判定がAだったということくらいだ。漠然としか健太の頭の良さを分かっていなかったのである。彼のことを少し見くびっていたかもしれない。
いやしかし本当に……運動だといい勝負にはなるが、やはり彼には他のことで到底敵いそうにはない。さすがは健太君、そんなところだ。
「それにしても、本当に君達噂通りなんだね」
差し込む日差しに当たって煌めく髪を触りながら、彼は呟いた。
「え?」
「なんだ。俺のこと聞いてないのか」
「?」
「藤森くんは、あいつの教え子なんだろう」
「あいつって……」
「長岡祐太、知ってるだろ?」
童顔には似合いそうにないコーヒーの香りを微かに漂わせ、彼は再び微笑んだ。