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首吊り人形  作者: 白羽セレン
7/7

悪い報せ

-11時

千波は駅前のファミレスの前に立っていた。看板には『ヘリクリサム』と書かれ、周りにはたくさんの菊が咲いている。隣には、『アイリス』というおしゃれな感じの喫茶店がある。

(……どうせなら『アイリス』のほうが良かったな)

そう思いながら、ファミレスの中に入っていく。

でも、私が知りたいことは、この店でしか聞けないのだろう。

嘘や綺麗事、気の利いた慰めを聞きたいわけではないのだから。

扉を開けるとベルの音が鳴り、「いらっしゃいませー」と何人かの店員が丁寧な声を私に向ける。花模様の黄色の壁紙に赤いソファに白いつるつるして見えるテーブル、四方の大きな窓から光が満遍なく入り込み、明るい雰囲気の店内だ。

なんとなく、辺りを見渡してみると、すぐに宍道君は見つかった。

何かを熱心に読んでいる。席に近づいていくとそれが何なのかよく分かった。

……漫画だ。

「宍道くーん」

「ん?もう来たの……イタッ」

軽くげんこつを頭に入れる。

待ち時間に何をしても個人の勝手だけれどこっちはバイオリンを我慢して来ているのにのんきに漫画を読まれていると何か腹が立つ。

「いきなり、殴るなよ」

何故やってきて早々殴られたのか分からず、宍道君は狼狽している。

そりゃ、そうだろう。

「ごめん。それより私、バイオリン教室をサボってきてるんだ。ちゃんとした話じゃないと困るんだけど……」

「『それより』って殴っといて酷いな。でも、サボタージュさせちゃったなんて悪いことさせたな……………………」

「どうしたの?」

「サボタージュっておいしそうな響きだよな」

「………………」

もしかして、結構宍道君は馬鹿なのかもしれない。

自分勝手に思い描いていた堂本宍道の像にひびが入る。

いや、気を取り直そう。ふざけてるだけだろうし。

でももう少し面白いことは言えないのだろうか。

「ほら、漫画なんて読んでないで。話したいことがあるんじゃないの?」

「これは漫画じゃない。絵に少しばかりのセリフと擬音が当てられている書物だ」

「それを漫画っていうの!」

言っていることが滅茶苦茶だ。

ファミレスに来ないでバイオリンに行ったほうが良かったかなぁ。

「じゃあ、私は『本日のおすすめシーフードシチュー』でも食べようかな。飲み物はドリンクバーでいいや」

「俺は『ロシア産採りたてサラダのエビチリソース和え』でいいかな」

ロシア産って……それはもう採りたてでもなんでもないし、エビチリソースの存在によってロシア産かも危ういような気がするのだけれど……。

宍道君がボタンを押し、店員に一通り料理を注文した。

「それで、話したいことって?」

宍道君は急に神妙な顔つきをして、話し始める。

「昨日言ったとおりに図書館で、あることを調べたんだ。で、これがコピーしてきたものなんだけど」

そう言って、脇に置いてあったバッグから一枚の紙を取り出す。

――過去100年の年齢別の人口分布表。

「何か、違和感を感じないか」

違和感?昔と今の違い……。医療技術の発達と出生率の著しい低下により、極端な少子高齢化になっているのは事実だけれど――それだけなら誰でも知っていることだからわざわざ、調べに行く必要もない。

「別に感じないけど……」

「2070年頃のところさ、新生児出生数がこれまでの流れを裏切ってガクンと落ちているだろ?」

言いながら、宍道君は表の2070年の場所をコツコツと指で叩き示した。

「そう言われても表だけじゃ判らないよ」

「そうかな?」

宍道君は不思議そうに首をかしげながらで胸ポケットからペンを取り出し、ぶつぶつ言いながら表の下の空白に折れ線グラフを書き始める。おそらく宍道君は頭の中でグラフを作れるのだろう。だから、表を書かなくても皆分かると思っているのかもしれないが、こちらとしてはそんな顔をされても困る。







書かれたグラフを見る。うん、確かに極端だ。特に成人の数が比例して減っているわけでもない。子供の数だけが極端に減っている。だが、それが何を意味するのかは分からない。

「子供の数だけ格段に減っている。俺たちが生まれたとき、つまり2095年の出生数はわずか8万4000人……100年前は50万人もいたっていうのにな」

たしかにとても奇妙なことだけれど、それがどうしたというのだろう。

宍道君は少し躊躇いを見せ、テーブルの上のグラスを両手で周りを覆うように掴み、中の水を見つめながら、重々しい声で言った。

「こんな極端に出生数が減るのってやっぱりありえないだろ。……今回の適応法の試験会場って1200人ずつに振り分けるって決まってたんだ。日本の会場数調べたら……さ、135会場あったんだよ……。要するに受けた子供の数が約16万2000人になる…………」

「えっ、なんで?私たちと同い年は8万4000人のはずじゃ……」

「だから、出生数が偽装されているんだ」

「何のために?」

どう話したものか、と順番を模索するように宍道君は額に手を当てる。

「分布表の16歳の人口を見てくれ。何箇所か一年度前の15歳の人口より……数字が増えている年度があるだろう?」

言われたとおり、表に目を通してみる。

本当だ。確かに増えている年度がある。

……増えている?16歳と一年度前の15歳、つまりこの二つは同一の世代を示している。減るならまだしも(事故などでの死亡者が考えられる)、増えるってどういうこと?

「人口が増えているのは、出生数のときに予想していた人数より実際の16歳の人数が残っていたからだ」

予想……。16歳の人口を予想して出生数を偽装した?

宍道君は私の顔を力強く見つめて、言葉を続ける。

「出生数と適応法受験者数の齟齬。16歳と『15歳』の人口の矛盾。そして今回の事件。この三つから一つのことが分かる。…………『15歳』……なんだ」

悲しそうな顔で口に出してはいけないことを告白するように宍道君は言った。

実際、言ってはならなかったのかもしれない。

少なくとも私は聞きたくはなかったのだから。




「つまり――――『15歳』で受ける能力適応法で、人口が減らされているんだ」


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