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首吊り人形  作者: 白羽セレン
4/7

出会いと引導

-午前7時

ピリリリリリッ

かん高いベルの音が聞こえる。テスト終了だ。全力を尽くすというのはこういう事か、と宍道が考え、両腕の重さを重力に一任し、机に突っ伏していると後ろから足音が近づいて来る。

その音は宍道の真横で止まった。

「君、問題どれくらい解けたの?」

女の子だ。

顔見知りではない。家族でも、友達でもないし――――ましてや恋人でもない。

何故話しかけてきたのだろうか。

背丈は160くらいで髪は肩にかかる程度、何かスポーツをやっているような体つきだ。芯の通った鼻に淡い桃色の唇。なにより大きく鋭い瞳が印象的で話しかけられるだけで頭を下げてしまいそうになるほど美人である。

「2枚目までは終わって、あと1問解いただけだけど……」

「すごい!あんなに短時間でそこまで解いちゃうなんて……あっごめん。私、白波千奈美っていうの。君が解いているのを見てたら、あまりにも早いから気になっちゃって」

そういうことか。

しかし何にしてもこんな美人の娘と話せるなんてついている。

「俺は堂本宍道。千奈美さんはどうだったの?」

………………。

つい、安易に名前を教えてしまった。

「私も同じくらい。でもあってるか自信ないんだよね」

「へえ、すごいね。数学好きなんだ?」

素直に、驚いてみせたが、彼女は少しの間、黙ってしまった。カンに障っただろうか。

勉強が得意だと思われたくない女子はよくいる。

彼女――――白波は難しい顔をして口を開いた。

「数学が好きというより、解らないものが好きかな。ゴードバッハ予想とか」


ゴードバッハ予想――――6以上の偶数は奇素数の組み合わせの和によって必ず表わせる。


かなりマニアックな問題を引っ張ってきた。

「何で好きなの?」

「えっと……」

口を開きかけた時、また頭の奥に響くような甲高いベルの音が聞こえてきた。

「じゃ、テストがんばろうね」

そう言うと千奈美は自分の席に駆け足で戻っていった。









-午前12時

やっと筆記試験が終わった。

なぜ英語なんて教科がいまだに残っているのだろうか。翻訳機があればいいじゃないか。

宍道は完全燃焼し、机につっぷしていた。

「ええ、ちょっと良いかな」

後ろから声がする。今日はよく話しかけられるな。面倒だ。

「なんですか」

「いや、話があるんだ」

「はあ」

にっこりと微笑んでくる。体は細身できっちりとスーツを着込み、第一ボタンまで閉めてネクタイを苦しく見えるほどにしめている。笑顔だが一段上から人を見ているような目をしていかにもお偉いさん、という感じの人物だ。

こういう人物の話はあまり良い話な気がしない。

「ええと、君は次の試験受けなくて良いからね」

「へっ?」

つい声にならない変な音を出してしまう。

「健康診断を、ですか」

面倒そうな顔をしてまた口を開く。

「いや、違うよ。その次の試験も、その次の次の試験もだよ」

「えっ……」

急なことを言われ、頭が整理できない。

「ええ、いや、つまり、家に帰っていいと言っているんだ」

そういって踵を返し、立ち去ろうとする。

「はっ?ちょっと待てって……」

椅子から勢いよく立ち上がり、引きとめようと大声で叫ぶ。

しかしお偉いさんが歩みを止めることはなく、どこかへ行ってしまった。

「……」

一人残された宍道はしばらく呆然と立ち尽くし虚空を見つめていた。

しかし、引導を渡されてしまったからにはここに居続けても意味がない。怒りや疑念を押さえ込み、会場の外に出る。

外に出た途端、抑えきれなくなった感情が爆発した。

何なんだいきなり、俺が何かしたっていうのか。

……遅刻したか。でも、でも遅刻したら試験を受ける時間が減るだけで、誰にも迷惑はかけない。

自己責任だろ。

そもそも、おれは「いや」や「ええ」と連呼する奴が大っ嫌いなんだ。媚を売っているように見えるというか、常に人の目を気にしているように見えるというか……。

あれ?そういえば、成績はどうなるのだろう。

今更ながらそのことに気づき、不安に駆られながら、宍道は家路についた。









-午後12時50分

もうそろそろ健康診断か。お弁当一緒に食べようと思ってたのに宍道君は何処に行ったんだろう。

「おい、話聞いてるのか」

「えっ、何の話だっけ」

「だからバーチャルビクトリアの裏技の話じゃないか。まったく」

まったく、と言いたいのはこちらの方だ。バーチャルビクトリアとは、今流行っている格闘ゲームである。女子に格闘ゲームの話を振るなんて、どうかしている。私がゲームをしないのを知っているにもかかわらず、だ。自分の好きなことの話になると、相手のことなんてまったく気にしない。裕也と宍道君、同い年でこうも人間性に差が出るものなのか。

千奈美はとにかくゲームの話題から逃げたい一心で別の話を振った。

「それより、テストはどうだったの?」

「……」

裕也は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

もしかしたら、あえてテストには触れないでいたのかもしれない。

かわいそうなことをしてしまった。

「で、バーチャルビクトリアがどうしたんだっけ」

なんとか機嫌を取ろうと話題を元に戻す。

「だからな……」

元気を取り戻し裕也は早口でしゃべり始めた。

まったく、扱いが簡単なのか難しいのかわからない奴だ。軽薄短小。

辺りを見渡すと、もう皆健康診断の準備を始めている。

「ほら、私たちも行こう」


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