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首吊り人形  作者: 白羽セレン
3/7

堂本宍道

-午前5時30分

「あっ、やばい。寝坊した」

男はベッドから慌ててとび起きるなり、服を箪笥の上から適当に取り、寝癖もなおさず、食パンを生のままくわえ、威勢よく電動自転車にまたがり家を飛び出した。

「行ってきまーす」

(今5時35分。残り25分で着かなくてはいけないが、リニアは10分待たなくては来ない。ならば走った方が早い。あっ、残り24分……会場まで7.2キロだから1分当たり300m?む、無理だ!でも走るしかない……)

「うおあぁぁあ」

男はがむしゃらに奇声をあげながら尋常じゃない速さで電動自転車を漕ぎ出した。男の名は堂本宍道(どうもとしんじ)、彼も能力適応法の受験者である。宍道は数学においてはそこらの大人を凌駕する能力の持ち主だ。しかしその得点源の数学は1番初めに行われる。

遅刻するわけには行かないのだ。

だが、ちょっとこれは間に合いそうにない。

(せめて開始5分後には……)

頼む、俺の大腿二頭筋!



-午前5時45分

やっと着いた。

千奈美はボロボロになった地図を片手に会場の前に立っていた。持ち前の方向感覚のなさをいかんなく発揮し、20分で着くところを40分かけてしまった。早めに家を出て正解だった、と千奈美は安堵し、ため息をついた。

そして会場を見上げる。会場は何の変哲もない市民体育館だ。千奈美も何回か利用した事がある。地域一帯の『15歳』が集まることのできる場所はここくらいしかないので当然だといえば当然だ。しかし中の様変わりようは度肝をぬかれた。

体育館というのに綺麗に整列させられている数百、数千の机、脇には見慣れない機具が整然と並び、ただならぬ空気を醸し出していた。

「おい」

いきなり千奈美は右肩を何者かに掴まれた。

とっさにその手を振りほどき、後ろを振り返る。

そこには幸せそうな笑みを浮かべている少年が立っていた。

「何だ、裕也か」

「『何だ』って何だよ。せっかくお前の緊張をほぐしてやろうと思ったのにさ」

わざとらしく、頬を少し膨らませ、ふてくされる。

「それより、あんたは自分の心配してなさいよ。あんたの好きなカードやゲームから問題は出ないんだから」

すると裕也は顔を真っ赤にし、黙ってしまった。

裕也と千奈美は幼なじみでお互いに昔からよく知っている仲だが、裕也の気の弱さは以前から変わらない。

実際、千奈美は自分の事よりも裕也の事が心配だった。

裕也が面接で平常心を保っていられるとは思えない。あらぬ事を口に出してしまうのではないか、いや、それよりまず、学力が問題か、運動神経だって人並みだし……と千奈美が考えていると、「おっ、もう始まりそうだな。じゃあまた後で」

そう言って裕也は去っていった。

いよいよ始まる、そう思うと少なからず緊張してきた。緊張をほぐす為、辺りを見渡すともう話している者は無く、全員各々の机に着席していた。

……ただ一席を除いて。




-午前6時...分

「はあ、はあ、はぁ」

宍道はようやく市民体育館に着いた。結論から述べると遅刻だ。それも30分。

く、くそ!信号全部赤になるとかありえない……。

宍道は意識がフラフラで足元もおぼつかないまま会場へ入っていく。会場に入るとすぐ右手に受付があった。20代ぐらいの男が退屈そうに座っている。機械でやっても良いのだが、小遣い稼ぎのアルバイトの為に人が受付をするのが今でも主だ。

「あの、すいません。遅れました」

宍道は申し訳なさそうに、頭を下げた。すると男が面倒そうに「ああ、ここに書いて」と、用紙を指差した。急いで名前を記入し自分の席をさがす。

誰も座ってない机は一つだけだったので容易に見つかった。駆け足で机まで行き、椅子にゆっくり座る。

後25分でどれだけできるか。

勘で答えるしかないな、と宍道は深呼吸をしてからテストを始めた。




-同時刻

……わからない。

千奈美は既に問題の7割は解け、最後の3枚目の問題用紙に挑んでいた。しかしこの問題からやけに難しい。プロの数学者だって時間内には解けない気がする。この問題をつくった奴はスパコンにでも解かせるつもりだったのだろうか。

散々に頭を悩ませていると、何者かが会場に入ってくる。受付の人に頭を下げているところを見ると遅刻者の様だ。その男は千奈美の机の右にひとつ、前にふたつ行った空席の机に駆け足でやってきて、座った。

しばらく見ていたが、そんな場合ではないと気づき自分の机に目を向ける。

わからないものは何回見たってわからない。出来るところからやっていこう。

そうしてやっと解けそうな問題を見つけた時、パラッとページをめくる音が聞こえた。千奈美は音の方向を見る。

そこは右にひとつ、前にふたつ行った机。そう、さっき来たばかりのあの男の席なのだ。

そ、そんな、今来たばっかりなのにもう2枚目!

千奈美は絶句し、動けずにいたが、またもや見入っている場合ではないと気づき、3枚目で一番簡単な問題を解きはじめる。

その間も男の手が止まる事はなかった。




-午前6時40分

宍道は2枚目の3分の1ほどを解き終わった。最早考えて解いている様には見えない。

(手を止めたら終わらない。答を書きながら次の問題を解くんだ!……それにしても寝坊するとろくなことないな。やっぱり目覚まし買っておくか)

そんな呑気なことを考えながら宍道は息をする暇も惜しんで手を動かす。到底暗算で解けるものではないはずだが、ろくな計算式も書かずに答をどんどん記入していく。

汗が頬を伝い、用紙に落ちる。

それを左手で拭いながら、右手は答を記入し、目は次の問題を追っている。とうとう2枚目を解き終わった。パラッと紙をめくる。

息が苦しくなり、酸素を目一杯吸い込んで3枚目に目を通す。しかし、しばらく手を動かさない。……暗算じゃ解けない。

(残り16分じゃ全部解くのは難しくないか?それならば……)

宍道は3枚目で一番難しそうな問題を選び、解きはじめた。


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