気が付くと俺は、おかしな奴等が集う喫茶店にいて……
いでっち51号さんの作品『DROP OUT』のスピンオフ短編です。オリキャラの蒔田拓実さん視点で、喫茶店DROP OUTでの描きました(*´Д`*)
俺の名前は蒔田拓実——弱小脚本家だ。
どのくらい弱小かというと、某大手芸能事務所から、新たに売り出す俳優を当て役にした脚本依頼があったものの、十三番煎じくらい味の薄まったストーリーしか思い浮かばず、追い詰められた結果、昼過ぎの街をウロウロ歩き回ってしまうくらいには弱小だ。
しかし、今回の脚本の良し悪しは、今後の俺の脚本家生命を左右するものになるだろう。なにせあの人からの依頼だ。当たれば存続、外れればおそらく……消滅だ。
雑念に囚われながら歩き続けた俺は、気がつくと不可解な喫茶店の前に立っていた。
『DROP OUT』
はて、こんな店が近所にあっただろうか?
この街に移り住んで10年近く経つし、仕事場として喫茶店は逐一チェックしている。そんな俺の記憶の片隅にすら残っていないなんて事があるだろうか?
なんとなく見覚えのある街並みに切れ込みを入れ、異質な何かが割り込んでいる。
そんな感覚——
それにしても、喉が渇いた。
あてもなく彷徨い過ぎたのかもしれない。
違和感はあるものの、どこかの料理店みたいにとって喰われるわけでもなだろうし、コーヒーを片手にタブレットを開いてみるのも悪くない。
そんな事をかんがえながら、俺はその店のドアを潜った。
* * *
窓際の席に通され、目についたコーヒーを注文する。タブレットとキーボードを机に置くと、コーヒーが届くまでの間、店内を眺めながらささくれた感情を落ち着かせる。
この世界に数多くある喫茶店の例に漏れず、落ち着いた雰囲気の店だ。客は、自分を含め二人しかいない。昼過ぎの時間帯にこの有様じゃ運営はなかなかに苦心してるのかもしれない。
しばらくするとコーヒーが運ばれてくる。
注文を入れた時にも感じたが、店員の若い女性は目を見張るほどの美人だ。
金色がかった長い髪と、強い意志を感じる凛とした瞳。寂れた喫茶店で留めておくのは勿体無い、と脚本家根性が揺さぶられる。
彼女は俺のテーブルにコーヒーを置き、まさに殺人的な微笑みを浮かべると、一仕事終えたとばかりに踵を返して、次のテーブルへと向かった。
そこには男が一人座っていた。
常連なのだろうか?
なんとなく気怠そうな表情でぼーっと虚空を眺めていたその男は、店員の彼女が近づくとペコリと頭を下げる。
辛気臭い男だ。
店員の女性は、男の向かいの席に座る。
「それで、相談ってなに?」
彼女が切り出した。
少し離れているものの、BGMのない店内でその声は俺の耳にもはっきりと届く。
相談——?
良くないとはわかっているのに、聞き耳を立ててしまう。
「いやね」男はニヤリと笑い「そろそろ、マイハニーにプロポーズした方がいいんじゃないかって」
おおお?
俺は耳をそばだてる。
「マイハニーって、ソラたん?」
「そう、ソラたそ。マイ・スイート・エンジェル」
語尾にハートマークがつきそうな声音だ。
「ああー、そういう相談だから、あえてソラたんの出勤前に来たんだね。いつもソラたんしか眼中になさそうだから、びっくりしたんだよ」
「他にも眼中にあるさ。最近の興味はもっぱらアオマツムシさ。いつもアパートの壁に張り付いてる」
「ふーん」
彼女の方は明らかに興味がなさそうである。
「それで、プロポーズの言葉を考えて欲しくてね。いや、もうすでに完璧な一節を思い浮かんでるんだけど、一応ね、意見をね」
その完璧な一節を口に出す前から、ムカつくくらいにドヤっている。よほど自信があるのだろう。
向かい合う彼女はといえば「はいはい、いつものやつね」といった様子で、自分の爪を眺めている。
「とりあえず、言ってみてよ」
「承知。でも萌香さん……僕に惚れるなよ?」
「惚れないから」
「それじゃ、いきますか。『ああ、ソラたん。貴女の全てが美しい。イトトンボのように大きな目、ナナフシのように長い手足、そしてエンマコオロギのような艶やかな肌——』」
「ねえ」
「あ! ちょっと、まだ途中だから!」
「そのプロポーズ、本気で言ってんの? 本気だとしたらヤバいよ?」
「え?」
男の表情がニヤけたまま固まった。
「どこの世界に、虫に例えられて喜ぶ女の子がいるのさ」
「いやでも、僕のボキャブラリーから美しいものを抽出したら、自然とこうなっちゃうわけで」
「うーん」
彼女は腕を組んで唸った。聞き耳を立てていた俺も、同じように腕を組んでしまう。
美醜の感覚は人それぞれだ。昆虫にそれを見出してしまう男がいたって、おかしくはないのだが——
「それになんていうか、高津さんの言ってる事って、外見ばっかじゃん? もっとほら、内面を見てあげないと、女の子って心から喜べないと思う」
「はーん」
「言ってる意味、わかってる?」
「承知」
両手の人差し指を舐めてから、その指で頭を撫でる。ボサボサな頭も相まって、まるで破門されて落ちぶれた一休さんのようだ。
「ぽくぽくぽくぽくぽくぽく——ちーん!」
「いいの浮かんだ?」
「ふっふっふ……」
清々しいドヤ顔。
「その笑顔は怖い。そしてキモい……」
俺も同意見だ。
「まあ、聞いてみてくださいな『ああ、ソラたん。君の心がいじらしい。セイヨウシミのようにシャイで、ニホンミツバチのように仲間思いで、コオイムシのように母性に溢れ、時にオオカマキリのように凶暴な——」
「わかってねーだろ!!」
美少女のツッコミに、俺は口に含んでいたコーヒー吹き出しそうになる。
この男、どこまでも感覚がズレているらしい。そんな言葉を並べ立てたところで、喜ぶ女性がいるわけがなかろうに——
しかし、この男のズレっぷりを眺めていると、心のひだに若かりし頃の記憶が引っかかった。
あれは学生時代。
スプラッター映画を見るのが好きだった俺は、目に映る全てをそのワンシーンに例えるような、どうしようもない男だった。
雨上がりの空も、初めてできた恋人の笑顔も、別れの悲しみも——
それは他人に共感されるものではなかった。人によっては顔を顰め、目を背け、悪趣味だと罵った。
しかし、俺にとってあの日見たあの夕焼けは、まさにあの映画のラストシーンの血飛沫のように、真っ赤だったんだ。
——閃いた。
そんな物語も、面白いんじゃないか……?
特殊な趣味嗜好に翻弄されながらも、世間と自分の世界を擦り合わせていくヒューマンドラマ……!
件の俳優は三枚目だが演技力は高く、自分の芯をしっかり持っている人物と評されている。配役的にもピッタリだ。
そしてラストシーンで、その人物の恋は——
そこで、店のドアが音を立てて開いた。
「ごめん、ちょっと遅刻」
つられてドアの方を見る。
そこにはエキゾチックな女性が立っていた。
「おお! マイハニー!」
男の目が輝く。
なるほど、この女性が意中の……。
「うげっ! なんでお前がいるんだよ」
「常連だからさ。ハニーの心の巣に通う、ミチバチさ!」
「うげっ、キモい! 急いでるからアンタに構ってる暇ないの! 早く出勤の打刻しないと……」
あれ? この男、めちゃくちゃ嫌われてるじゃん。
プロポーズとは一体何だったのか……。
「待ってくれマイハニー! 君に伝えなければならない事が! えっと『ああ、ソラたん。君の心がいじらしい。セイヨウシミのようにシャイで、ニホンミツバチのように仲間思い——」
「うっさい! 邪魔!」
マイハニーのソラたんさんが片手を男に向ける。
その瞬間空間が歪み、男の体が宙を舞った。ものすごい突風が男だけに吹いたような。
なにこれ?
うそ——
超能力?
男が背中がどんどん大きく。
違う、こっちに飛んできて——
うごっ!!
* * *
気がつくと、俺は道の端の境界ブロックに座り込んでいた。
目の前には見慣れた街並み。その街並みに素知らぬ顔で紛れていた『DROP OUT』という喫茶店は消え、既視感のある建物が連続的に連なっている。
どういう事だ?
うたた寝の果ての夢?
それとも別の世界線に迷い込んだ?
口の中に残るコーヒーの風味だけが、あの店での時間の輪郭を縁取っている。
俺は立ち上がった。
夢か現かわからない。ただ、街をふらつきながら考えていた次作の脚本に、新たな味わいが染み込んだ事は確実だった。
煎じ過ぎた貰いものの茶葉はゴミ箱に捨てて——
自分の中から滲み出る『味』を、出していく。
鮮やかな個性で彩られた、あの喫茶店の面々のように。
家に帰ってからは、一心不乱にキーボードを叩く。夜が更けきった頃には、今朝までの自分には書けなかった真新しい草案が、画面の中で輝いていた。
メールに添付し、本文を入力する。
『クリスタルエデン 御中』
この脚本を、果たしてあの人はどう評価するか?
エンターテイメントの申し子である、あの人は——
『DROP OUT』の世界と、『芸能界になろう』の世界を行き来するお話となりました(*´Д`*)
あ、DROP OUTって、芸なろの世界で『ドラマ』として存在しているんだっけ……?
ま、まあ、細かい事は気にしないで頂けるとありがたいです(^◇^;)
ちなみ蒔田さんが脚本を書いたドラマはそこそこヒットし、テレビ界隈とギリギリ繋がりを保ててるようです(`・ω・´)




