罪作りな果実
港町、一人の青年が都会の大学を卒業し生まれ故郷へと戻ってきた。
年老いた父親に代わり家業を継ごうと考えたのだ。
しかし父親は息子の将来を心配して言った。
「戻ってきてくれたのは嬉しいがせっかくいい大学を卒業したんだ。
都会に残って会社勤めをした方が良かったんじゃないか息子よ。
ワシらの先祖代々の家業は今や斜陽もいいところじゃ」
父親の仕事は葬儀屋だった。
人間いつかは死ぬ運命とはいえ今は科学の時代、医療の発展により平均寿命は伸び続けている。
そのうえ立地も悪い。
かつてこの地は景色の良さだけが取り柄の田舎町だったが
近頃は不動産業者がリゾート開発に乗り出して昔から住んでいた貧乏人は雀の涙の立ち退き料で追い出され
成功した金持ちの引退避暑地へと様変わりしていた。
貧乏人と違って金持ちは医者にも薬代にも困らないので何倍もしぶとく生きる。
葬儀屋には閑古鳥が鳴いていた。
だが息子は心配無用と笑みを浮かべた。
「安心しろよ親父。
高い学費を出してもらったおかげで都会のやり方はちゃんと学んできた。
そいつを使えば商売繁盛間違いなしだ。大船に乗ったつもりで引退生活を楽しんでくれ」
翌日、息子は町外れの果物屋へと足を向けた。
店番をしていた若い男は息子の姿を見て喜びの声を上げる。
「兄貴じゃねぇか!!久しぶりだなぁ、4年ぶりかい?」
「そうだ、ウチは貧乏だからおいそれと里帰りも出来なくてな。
留守中に何かと親父の面倒を見てくれたと聞いたよ。ありがとうな」
「よせやい、俺と兄貴の仲じゃねぇか。
それで町に戻って親父さんの跡を継ぐつもりなのかい?」
「あぁそうだ」
途端に果物屋の顔色が曇る。
「兄貴が戻ってくれたのは嬉しいけどそれは止めた方がいいぜ。
親父さんの商売はあんまり上手くいってないみたいだ。
まぁウチも他所様のことは言えねぇけどな」
「本業と副業どっちの話だ?」
「どっちもさぁ」
この弟分の家の本業はグループフルーツ農家だった。
日差しが強く海洋性気候の港町は古来よりグレープフルーツの栽培に適しており糖度の高い果実がよく育つ。
長男が農家を継いでグレープフールツを育て次男以下は町でそれを売るというのがこの地域の伝統的な仕事だった。
「グレープフルーツ以外の果物にも手を出したり色々やってはみたんだけどさぁ。
リゾート化のせいでお得意様だった船乗りはいなくなったし
物価が高いから普通の観光客も寄り付かない。笑うは丘の上の金持ち様ばかりって寸法さ。
兄貴が都会に行ってる間に大勢の仲間が町からいなくなっちまったよ」
「そうか。それなら一つ商売のやり方を変えてみたらどうだ」
「えっ、どういうことだい?」
「俺にちょっとしたアイディアがあるんだ。
やってくれたらお前も儲かるし俺も儲かる。悪い話じゃないはずだ」
「うーん、協力したいけど家族が何て言うかなぁ」
「心配するな、お前は今まで通りグレープフルーツを売ってくれたらいいんだよ。
ただ少しだけ売り方を工夫するんだ」
「売り方を?」
「そうだ。まず果実をそのまま売るのではなくジュースにする。それも超濃縮ジュースだ」
「いくらウチのグレープフルーツの糖度が高いといったってそれじゃあ苦くなっちまうよ」
「それなら蜂蜜でも砂糖でも入れたらいい。味は重要じゃないが飲める程度にはしておかないとな。
次に場所だ。あっちに金持ち連中の若い奥さんだの愛人だのが利用してるエステサロンがあるだろう?
そこに屋台を出して欲しいんだ」
「屋台ねぇ、ジュースにしたくらいで買ってくれるかな?
前に売り込みをしてみたけど全然ダメだったぜ」
「今回は大丈夫さ。こいつがあるからな」
そういって葬儀屋の息子は看板を取り出してみせた。
「何だいそいつは」
「ちょっとした注意書きさ。これを屋台の目立つ場所において売れば商売繁盛間違いなしだよ」
1ヶ月後。
夕陽が海へと沈んでいく風景を眺めながら果物屋はホクホク顔で屋台の後片付けに勤しんでいた。
「やっぱり兄貴はすごいなぁ。
まさか本当にこんなに成功するだなんて思わなかった。
次から次にお客が来てもう一人じゃ手が回らないくらいだ」
屋台を開いた最初の頃は葬儀屋の息子も店を手伝ってくれていたが
最近ではあちらも商売繁盛でこちらが手伝いに行く必要があるくらいだった。
幸い商売の上手くいってない昔馴染みは大勢いる。そろそろバイトを雇う頃合いかもしれない。
「それにしても……どうしてこんな注意書きが客寄せになるんだろうなぁ。
普通なら客が減りそうなものなのに」
果物屋は看板を眺めながら首を傾げる。
そこには大きな文字でこう書かれていた。
「グレープフルーツに含まれるフラノクマリンは薬を分解する酵素の働きを妨げ血中濃度を大幅に引き上げます。
降圧剤や免疫抑制剤を飲んでいる高齢者がこの濃縮ジュースを飲むと「最悪の場合」死に至りますのでご注意下さい」




