第一話 歴史
【プロローグ】
「……はい。さて、前回の内容を覚えていますか?……そうです。西暦2XXX年の『第二次文明開化』の所ですね。ちょっと中途半端なところで終わってしまったので、早く続きをやりますよ。
『第二次文明開化』とは、今からおよそ2000年前に起こった文明の著しい発展の出来事です。第一次は、1000年代にヨーロッパをはじめとする多くの国で、蒸気機関が発明されたことにより起こりました。しかし、2000年代の第二次文明開化には、そのような大きな技術の発明は関与していないとされています。では、何故文明開化が起こったかというと……、はい、原田さん!……いいえ、食糧難ではありません。分かったら、今教科書の裏で食べている弁当をしまってください。……はい。まあ話を戻しますけど、『第二次文明開化』は、気候変動がきっかけで起こったと考えられています。このままでは、南極の氷が全て溶けてしまう、所謂『地球温暖化』に歯止めを効かせようとしたことにより起こりました。結果として、現在の空中浮遊技術が作られ、皆さんの家の多くは空中にあり、空を飛ぶ自動車にも乗れているわけです。しかし、結局地球温暖化を止めることはできませんでした。同年10月7日、この日が、人類が青空を見た最後の日と言われています。地球温暖化の影響で、南極の氷のおよそ50%が水蒸気となり、常に雨として世界中に降り注ぐ形になってしまいました。これを、『多量降水問題』と言います。この問題は、西暦4000年となった今でも、解決されていません。地球の温度が高すぎるため、雨が降っているその最中でも水は蒸発を繰り返し、絶え間なく雨が降り続けています。さて、ここで問題になってくるのが、地盤の軟化や住居地の…………。」
【Ⅰ】
常識とは、常に形を変えながら存在し続ける。100年前の常識は、100年後の非常識であり、それは逆も然り、というべきであろう。
そんな大前提があったとしても、1000年間ある常識は、授業の緊迫感かもしれない。
歴史の授業後、10分間の休憩ではさっきの静けさはどこかへ行ってしまっていた。ただ、窓の外だけが、ザーザーと音をたてながらこちらになにかを訴えかけている。
教室では、10程のコロニーと、コロニーに入ることができなかった余りがぞろぞろと動いている。俺はどちらかといえば、というか、100%後者である。自分の周りに俺と話すために集まる人はいないし、俺も話す当てがない。悲しいが、コミュ障とはそういう生体なのである。
次の授業の準備を済ませ、机に突っ伏して狸寝入りの真似をする。顔面は窓の外に向けられる。窓には数百もの雨粒が張り付き、外の光を乱反射させて輝いている。
窓側の席でよかったと、つくづく思う。湿気で蒸し暑い教室で、冷えた空気が入ってくるのもあるが、この窓の光景を独り占めできる錯覚に陥れるからだ。町の端を知らせる赤いライトや、近くにある発電所の点滅した光が窓の水滴に当たると、それはまるでイルミネーションのような輝きを見せる。年中止まない雨足が、いつもより多く感じられた。この下は海であり、この街は浮いている。変化した常識の一つであり、俺にとってはそれが「常識」であり当り前だ。しかし、どうにもむず痒いような違和感がある気がする。改めてそう思うと、今の俺が、俺たちが変である気がするのだ。
はぁ……。
ため息をつき、外で降り続ける雨の音雨の音ではなく、クラスの中の声に集中してみる。
一つの集団は、次の授業の不満を次々に口にする。またある集団は、次の週末の予定を確認し合う。そしてある集団で、俺は少しドキリとする。
「くそー!また早弁がバレた!あのセンコー絶対私に目ぇつけてるでしょ!」
どの集団よりも大きな声。原田、と言っただろうか?逆に今までこの声に気付かなかったことが不思議でしかない。
騒がしい教室の外には、大きな雨音が、ただ響いているだけだった。とても煩く、鬱陶しく、然しどこか安心するような、そんな音が。今思えば、この音が、一番静かだったと思う。
【Ⅱ】
今日の雨は、いつにも増して土砂降りだった。
雨粒の一つ一つが俺の体に突き刺さる。冷たさもあるだろうが、針が刺さったような痛さが全身に走る。
合羽を着た俺は、ひとりで自分の家に向かっていた。時刻は午後五時。俺は帰宅部だから、いつもは4時頃に帰れるのだが、野暮用が入ってしまったが故に少し遅くなっていた。
辺りは既に暗く、聳え立つビルが道を明るく照らしていた。降り注ぐ水滴を複雑に反射した光は、街灯の様に明るかった。
俺の住む町、黒澤は、数ある町の中でもトップクラスで高層建築が多い。空中浮遊技術が発展した時代に、真っ先にその技術を街に取り入れた町らしく、故にそれなりに建造物の数が多い。
といっても、ここらのビルは大手企業だったりが多く使っているので、俺が今から入るようなコンビニエンスストアなんかは、低く不格好な見た目である。
入店音が店内に響き渡る。店内には、三々五々で合羽を羽織った人間が少しいる。俺は、一目散に飲み物のエリアに行った。
もう七月、一層蒸し暑くなる季節なのに、コンビニの棚の半分は暖かいコーヒーだった。当然だ。雨による風邪は、珍しいことではない。人間は、もう少し雨に適応した進化ができなかったのだろうかと、数千年前のホモサピエンスに文句を垂れる。
俺はその暖かい飲み物、ではなく、冷えた炭酸飲料を手に取り、レジに向かった。
ちょっとした雨宿りのつもりでコンビニに立ち寄ったが、それは間違いだったのかもしれない。
外は、さっきよりも激しく雨が降っていた。宵闇のなか、大きい雨粒が、白銀の輝きを見せる。だが、その中にはどんよりとした灰色も混じっている気がして、奇麗だがあまりいい気分ではない。
腕時計をみる。8時26分。もたもたしていたら、このままここで一夜を超すことになる。そんなのは御免だ。
俺は、速足でコンビニを出た。
少し走っていると、どうやら郊外に出てきたようだ。俺の家まであと少し。雨も、心なしか少し収まった気がした。
スピードを緩め、辺りを見回す。
都市部には学校や企業のビルが立ち並ぶ一方で、郊外には黒く錆びた大きな鉄の建物が不規則に並んでいる。照明も、もう何十年も取り換えられていないような、光っているのかどうかすらも分からないものばかりが規則的に並んでいる。
もう何度も見る光景だが、なんだか好きになれる気がしない。雨粒が鉄に当たり、大きなうめき声をあげているようで、威圧感のようなものがある。
俺は、再びペースを上げて、家に向かった。と言っても、もう既に俺の住居であるアパートは視界に入っているが。
数分間走り、ようやくアパートに着くことができた。建物の下に入ったが、相変わらずゴーゴーという音が、建物全体に響き続けている。
俺は、階段を上り、804号室のドアノブに手をかけた。
捻ってみるが、回らない。俺は、ポケットから鍵を出し、鍵穴に差し込んだ。
回すと、ガチャっという音とともに、手ごたえを感じる。俺は再びドアノブを捻る。ドアは、少しの重みがあるが、ゆっくりと開いた。
中は相も変わらず真っ暗で、工場から漏れた光が、窓に入り込んでいるくらいだった。
玄関から部屋に入ってすぐ、壁際にあるスイッチを押す。カチッという音の後、部屋に光が満ちた。
俺はそそくさと自分の部屋に行き、持っていた荷物を放り投げる。床に落ちた刹那、ズシっという音が、部屋に響き渡る。
あとは、いつも通り合羽を脱ぎ、濡れた合羽を部屋に隅にある籠に放り投げる。
ドサっという音の後、あり得ない程の沈黙が、部屋の中に流れた。ただ、窓の外から聞こえる、ザーザーという雨音が、静寂を裂いていた。
一人暮らし、というのは、とても寂しいものだ。
高校が遠いという理由で、両親が手配してくれた団地の一室は、今までの俺の生活が如何に豊かだったかを教えてくれた。
中学生までは一人を望んでいたのに、いざ一人になると、これはまた淋しいものだ。
そんな一人の余韻に浸っていられるのは、ほんの数分だけだった。
ドンドンドン。
ドアに何かがぶつかる音がする。いや、正確には叩いているのか。一応インターフォンはついている筈だが、もしかしてそれを押すことすら難しい状況に置かれている人なのか?
少し不安になりつつ、俺はドアノブについている鍵を開けた。
カチャっという解除音がしたことを確認し、ドアノブを捻る……前に外側から力がかかり、俺は驚いた衝撃で玄関に尻もちをついた。
尻の痛さに耐えつつ、俺はゆっくりとドアを開けた人物を見つめた。
それは、まごう事なき、原田だった。




