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大音響の転生協奏曲  作者: 沼口ちるの


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第六話 過去からの接触と、魂の価格

軽音部の部室での騒動から数日後、大音響(おおねひびき)はいつものように学校の屋上にいた。放課後の冷たい風が、彼の髪を揺らしている。彼の隣には、ベースを抱えた神崎梓がいる。彼女の制服姿は依然として優等生のままだが、その瞳には以前にはなかった、静かで強い光が宿っていた。


「大音響くん。あの後、赤木先生は何か言ってた?」神崎が尋ねた。


「知るか」大音響は素っ気なく答えた。「どうせ、くだらない規則の話だろう。俺の音で、校長室の窓ガラスの一枚でも割れれば、話は早いがな」


神崎は苦笑した。彼女の日常は、ベースを弾き始めてから、すべて大音響の狂気に塗り替えられていた。


その時、屋上のドアが開き、スーツ姿の男が入ってきた。氷室優作だった。彼は大音響に近づくと、その鋭い視線に動じず、名刺を差し出した。


「初めまして、大音響くん。私は、氷室優作と申します。元、音楽プロデューサーです」


大音響は名刺を見ることなく、冷笑を浮かべた。


「プロデューサー? そんなものは、音の仲介業者だ。俺たちの音に、値札をつけに来たのか」


氷室は、その言葉の選び方と、大音響の持つ空気に、やはりYUKIATSUの影を感じた。


「あなたの音楽は、噂通り、いや、噂以上だ。特に、あの音。あのピッキングの癖、あのフィードバックの作り方……」氷室は息を詰めた。「私は、かつてYUKIATSUというギタリストのマネージャーを務めていました」


その名が出た瞬間、大音響の表情が一瞬硬直した。彼の瞳の奥で、YUKIATSUの記憶が激しくフラッシュバックする。


「それで?」


「あなたが、彼と何らかの関連性を持っている、そう確信しました。あなたに、彼の魂が宿っているとさえ思える」氷室は続けた。「音楽界は、あなたが奏でるレベルの音を渇望している。大音響くん、あなたは、この高校に埋もれているべき存在ではない。私が、あなたを世界へ連れて行こう」


氷室の提案は、プロの音楽家としての道を約束するものだった。神崎は息を飲んだ。これは、大音響の夢を実現させる、現実的なチャンスだ。


しかし、大音響は鼻で笑った。


「世界? くだらない。俺が本当に望んでいるのは、お前たちが作った、金と名声で汚れた檻の中で演奏することじゃない」


彼は氷室に一歩近づいた。


「氷室、俺は、お前が仕立て上げた、あの頃のYUKIATSUじゃない。俺の音は、誰かの期待を満たすためにあるんじゃない。俺の音は、俺自身を焼き尽くすためにある。お前が俺を世界に連れて行く? 笑わせるな。俺の音は、世界を引き裂くためにあるんだ」


氷室は、大音響の瞳の狂気と、YUKIATSUの若き日の傲慢さを重ねて見ていた。そして、彼の視線は神崎に移った。


「神崎さん。あなたは優秀な方だ。この男の狂気に付き合っていては、あなたの未来は台無しになる。彼は、自らを滅ぼすまで止まらない。あなたも、巻き込まれてしまう」


神崎は、ベースを握る指に力を込めた。


「氷室さん。私がベースを弾いている時、私の心臓は、教室にいた時よりも、ずっと正直に脈打っています。彼の言う『狂気』こそが、私にとっての真実です。彼の音を支えることが、私の選んだ道です」


神崎の毅然とした答えに、氷室は驚き、大音響は満足げに頷いた。


「見たか、氷室。俺の土台は揺るがない。お前は、俺を飼いならすことはできない」


氷室はため息をついた。


「分かりました。ですが、覚えておいてください。あなたの音は、あまりにも強力すぎる。必ず、代償を払うことになる」


氷室はそう言い残し、屋上を後にした。彼の目的は、大音響をプロデュースすることだけではない。YUKIATSUの死の真相と、彼が遺した音楽の魂の行方を追うことだった。


部室に戻ると、神田と藤原が練習を始めていた。神田のビートはさらに正確に、藤原のメロディはさらに美しくなっていた。彼らは、大音響の音という名の磁場に、完全に引き寄せられていた。


大音響は、部員たちを見回した。


「今、過去の亡霊が、俺たちに接触してきた。俺の音は、もう隠しきれない」


「いいですか、大音響」藤原が静かに口を開いた。「僕のメロディは、誰かに使われるためじゃなく、聴衆を深く突き刺すためにあります。あなたの音と共に、僕のメロディを、世界に解き放ってください」


神田もスティックを打ち鳴らした。「俺のビートは、誰にも崩せない。あなたが世界を破壊するなら、俺は、その崩壊のリズムを刻む」


大音響は、彼ら全員の覚悟を、その狂気の瞳で受け止めた。


「よし。ならば、次のステージだ」


彼の顔に浮かんだのは、YUKIATSUとしてステージに上がった時と同じ、獰猛な笑みだった。


「この学校で、最初の儀式を執り行う。次の文化祭で、俺たちの音を、世界に叩きつけてやる。優等生の道も、凡庸な日常も、すべてここで燃やし尽くせ」


新生軽音部、大音響のバンドの、初の対外的な活動が、決定した。彼らの不協和音は、優等生の神崎をも巻き込み、いよいよ高校の日常という名の檻を破壊し始める。

また俺か。まあいい。


あのスーツの男、氷室とか言ったか。あいつの目が嫌いだ。いかにも音楽業界の人間という目つきで、大音響の音に値札をつけようとしている。


大音響の言う通りだ。あいつの音は、売るためのものじゃない。災害だ。


あの男が言っていた。YUKIATSUのマネージャーだと。大音響が、あの伝説のギタリストと関係があることは、俺たちも薄々感じていた。あの演奏は、技術とかセンスとかいうレベルを超越している。


だが、そんな過去がどうした。大音響が何であろうと、俺には関係ない。


俺のドラムは、奴のギターの鼓動だ。


俺が一番驚いたのは、あの優等生、神崎だ。あのスーツの男に、「あなたの未来は台無しになる」と言われた時の彼女の顔。一瞬迷ったようにも見えたが、次の瞬間、彼女はベースを抱きしめたまま、その男を睨みつけた。


「彼の狂気こそが、私にとっての真実です」


……あの一言で、このバンドは、本物になった。


俺は、彼女のベースのグルーヴを信じる。あの重低音は、俺の正確すぎるビートに、血を通わせた。藤原のあの美しいが毒のあるメロディも、このグルーヴの上でこそ、世界に響く。


文化祭? くだらない。学校の体育館で演奏して何になる。


だが、大音響は言った。「最初の儀式」だと。


いいだろう。俺のドラムで、体育館の床をぶち抜いてやる。


俺たちの音を聴いて、それでも笑っていられる奴がいるのか、試してやる。


神田 雷

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