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白い猫の話

作者: べんとら

 同じアパートに十年も暮らすと、周りの景観も少しづつ変わってくる。

 月極駐車場だった所は小奇麗なワンルームマンションになり、私のアパートの隣の旧いアパートは取り壊され、モダンな一軒家になった。今も景観は変わりつつあり、建設中のマンションが二棟ほどある。

 この辺りのアパートは、大抵ペットを飼うことを禁止されているのだが、中にはそれを守らない者もいるようだ。

 私のアパートの隣が解体されたとき、大家に黙って飼われていた、二匹の若い兄弟と思しい猫が取り残された。まさに路頭に迷わされたわけだ。

 二匹とも白猫で、一匹は片眼しかなく、片方の後肢にも障害があった。もう一匹は活発で、姿かたちの良い猫であった。眼の色が左右で違っていて、神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 宿無しになった彼等が気の毒で、私はスーパーでなまりぶしなどを買って、彼等に与えた。そんな事が一週間ほど続いただろうか。活発で姿かたちの良い方が大通りにまで出張り、クルマに轢かれ、あっさりと死んでしまった。

 残った方は用心深い性格なのか、いつも同じ所にいる。私は残った方に傾倒した。餌と水を与え、寒い時期には、自室に入れて寝かせた。

 私の大家の家屋はアパートと地続きになっているが、そんなことをする私に文句を言うことはなかった。寛容な大家である。

 白猫は、次第に私の飼い猫のようになっていった。私の外出時は、外にいて、帰宅すると、玄関扉のまえで、中へ入れろ、と鳴くのだった。

 猫缶を喰い、水を飲んだ白猫は、ベッドで寝ころぶ私に甘えに来る。抱きとって胸の上に乗せる。あのゴロゴロ音が私の肋骨に響く。そして私は充足する。

 そんな日々が半年ほど続いただろうか。しかし、白猫は自分のテリトリーを確保するのに必死であった。

 本来、繁殖期以外は単独で生きる猫は、個体ごとにテリトリーが決まっていて、他の個体がそこへ侵入すると激しく攻撃される。白猫は小ぶりで片眼、しかも後肢に障害がある。戦う前から結果は見えていた。私は吹き矢を作り、白猫を虐める他猫たちを狙おうか、とも考えたが、猫には猫の社会があり、人間が関与すべき問題ではない、との結論に達し、傍観していた。

 それにしても、白い猫が傷を負って帰ってくると、身体のあちこちが血で赤く染まり、痛々しい。

「おまえ、がんばって、自分のテリトリーをぶん取れよな」

 私は白猫を抱きとり、言ってみる。「ミャー」と一声、弱々しい鳴き声が返ってくる。

 そんな事が続いたある晩、いつもより激しい猫同士の争う物音が窓の外から聞こえてくる。

 嗚呼、またあいつがやられている。

 私は憂いたが、猫同士のことだから、助けには行くわけにはいかない。

 その晩から白猫は姿を現さなくなった。二晩経っても三晩経っても帰ってこない。

 白猫は、この辺りでテリトリーを確保するのを諦めたのだろう。それとも致命傷を負ったか。

 いずれにしても、私は暗澹たる思いに囚われた。

 数日経って、私は自転車を漕ぎ、白猫を探しに行った。自室から半径五百メートルをくまなく探したが、白猫はどこにもいない。

 おそらく、あの猫は、致命傷を負ったか、クルマに轢かれて死んだのだろう。片眼で、後ろ肢にも障害がある彼が、他の地域でテリトリーを確保できるとは思えない。餌の問題もある、半分は家猫化した彼に自力での餌の調達は難しいと思われる。

 私は、はたと考えた。もしかすると、自分は余計な事をしたのではないか。自然の摂理に反することをしたのではないか。

 隣のアパートが解体された時点で、彼等の命運は尽きたのだ。それを私が余計な手出しをして、いたずらにあの白猫の寿命を伸ばし、かえって酷い死に様に遭わせてしまったのではないか。あのまま放置しておけば、近所の誰かが保健所に通報し、安楽死という形で決着がついたのではなかったか。


 繁殖の季節になると、今でも窓の外で猫同士が争う物音がする。それを聞く度、あの、私の掌を甘噛みし、片眼で後肢を引きずりながら、塀の上を歩いていた白い猫のことが脳裏に浮かぶのである。


                   〈了〉

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