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初歩的なミス

 知らない誰かさんの人となりを説明するのって難しい。

 ましてやあたしのように、いつも思いつくまま直感的にコミュニケーションプロセスを踏んでる人間ならば、なおさら……。

 自分としてはヨウスケのことを個性的で、神秘的で、きらきらまぶしくて、なんだか謎めいていて、すごく素敵な子だなって思っているのに、そのことを上手く表現できない。ちょー可愛いとか、めっちゃ面白い、だなんて乏しいボキャブラリー駆使しようとすればするほど、彼女のことがチープに伝わってしまう。もう、はがゆくて、もどかしくて……。

 あたしは苦心惨憺、大汗かいて熱弁ふるったつもりだけど、それに対する沙織たちの反応は冷ややかだった。

「なーんだ、ようするに見た目可愛いってだけの、たんなる暴れん坊じゃん」

「つーか、なんかヤバくねそいつ。自宅のベランダで大麻とか栽培してね?」

「もしかして、あんたレズっ気あるでしょ? うわー、ちょーあぶのーまる」

 あたしは、へなへなと脱力してなめくじみたいにべったり机にはり付いた。

「……もう帰れよ、お前ら」

「だってさ、今の説明聞いたかぎりじゃそのヨウスケって子、顔は可愛いけど、がさつで乱暴者で、おまけに得体の知れないところがあるってゆー、ちょっとイタいキャラなわけじゃん? どう考えたって、あんたが言うほど魅力的とは思えないんですけど」

「そうそう、だから何よって感じ。ルックスさえ良ければ人生それでいーのかい、みたいな」

「男は度胸、女は愛嬌を地でいくような立ち位置って、それちょっとウザくね?」

 友人たちの一斉攻撃にあたしは、たじたじとなり、ふてくされてそっぽを向いた。

「ふん、しょせんロマンティシズムに欠ける少女たちには、いくら説明したってムダのようね……」

「なーに言ってんのよ、そんなチョコで固めてシュガーコートしたような甘々のロマンスなんて、バージンと一緒にブティックホテルのサニタリーボックスへ捨ててしまったわ」

「うわ、なんて下品な……」

 そのとき、あたしたちのやり取りをちょっと離れたところから傍観していたチャコちゃんが、少し戸惑った様子で言った。

「でも、そのヨウスケってひと……あたしの知ってる卯月先輩とは、ぜんぜん雰囲気違うみたい」

「そうなの?」

 ワンピースの襟に垂らした黒髪を揺らし、彼女はこくりとうなずいた。

「あの人とは何度も顔合わせてるし、いっぱいお話もしたけど、そんな乱暴な言葉使うひとじゃなかったよ。すごくおしとやかだし、それに見ず知らずのひとのバイクにいきなり跨がったりなんて絶対しないと思う」

「うむむ……じゃあヨウスケと卯月先輩とは、他人のそら似? まさかね、だってあんなにルックス目立つやつ、あたしたちの周りにそうはいないよ」

「あのさ」

 不意に沙織が言った。

「その卯月先輩ってひと、じつはヨウスケのお姉さん、ってことない?」

「ないない。あいつのお姉さんは美人のOLで……」

 ――あれ、ちょっと待てよ。

 考えてみたら、あたしヨウスケのお姉さんのこと、なにも知らないや。美人のOLってゆーのも、じつは勝手にそう思い込んでるだけで根拠があるわけじゃないし。だとすれば……そうか、なるほど、そういう可能性だってあるわよね。姉妹といえどあそこまで似るのか? みたいな疑問はひとまず置いといて、そういうことなら、すべての疑問に説明がつけられる。

 今朝見かけたヨウスケに酷似した生徒は、昨日出会ったヨウスケとは別人だが、他人ではない。キャラは違うが、外見はそっくり。なんたって、血のつながった姉と妹なんだもん。

 頭のなかで、かなり低次元なジグソーパズルの欠けていたピースがようやく嵌った。

「さすが沙織、あんたって頭いーね、だてに哲学書とか読みあさってないよ」

「ふん、今さらなに感心してんのよ。――同じものと等しいものは互いに等しい。これユークリッド原論がしめす公理、ドゥーユーアンダスタン?」

「なにそれ、ぜんぜん意味分かんね。つか微妙に使い方間違ってる気がするし」

「ふん、アダマールの三円定理も知らないくせに」

「そんなの授業で習ってないし」

 ふくれっ面のあたしに、美樹が言った。

「いっそ、卯月先輩ってひとに会ってみたらどうよ? あたしたちも付き合うし」

「え……」

「ここで、うだうだ言ってても始まんないじゃん。一緒についてってあげるからさ」

「まじ?」

「まじ」

 顔を上げてみんなを見回す。全員真顔でうなずいてくれた。

「ありがと、みんな……」

 でも一人残らず目の奥が笑っていた。

「……その提案はさ、純粋に友情から出たものだと信じていいのよね」

「友情が五パーセント、残り九十五パーセントは好奇心」

「うわ、友情少なっ」

「でもさ」

 前の席に陣取っていた愛子が、あたしの机に頬杖つきながら言った。

「そのひと、いきなりあたしたちに襲いかかってきたりなんてしないよね」

「なわけないじゃん。おしとやかなひとだってチャコも言ってたでしょ」

「……でも、突然豹変するのよね」

 美樹が、ぽんと手を打った。

「そうだ、あたし十字架持ってるよ」

「はあ?」

 ワンピースのポケットから、大ぶりのロザリオを取り出して、あたしたちに見せびらかす。

「ほらっ、けっこう雰囲気あるっしょ」

 ネックレスとして作られたなんちゃってロザリオとは違い、ちゃんとキリスト像が彫り込まれた本格的なものだった。

「役に立つかなこれ、ぜったい立つよね?」

「立つわけないじゃん。てか、なんでそんなもん持ってるわけ?」

「このあいだホラー映画観てて思ったの。リアルでも不意に吸血鬼とか襲ってきたりしたら怖いじゃん。だからなにか身を守るためのものを、ふだんから持ち歩いてなきゃって」

「あのさ……」

「カトリックの教会に通う友だちに頼み込んで譲ってもらったんだ。これさえあれば、吸血鬼もたじたじ。まあ言ってみれば、水戸黄門の印籠みたいなものかな」

「ばっかでー」

 鼻で笑ってやった。つうか、ヨウスケはドラキュラじゃないっての。

 なんだか急にばからしくなり、あたしは次の授業の準備に取りかかりながら、みんなに宣言した。

「やっぱ、ヨウスケのことは自分で確かめるよ。放課後ひとりで卯月先輩に会いに行ってみる。結果は、夜にでもメールでみんなに報告するから」

 そうきっぱり言い切ると、沙織たち三人はのろのろと腰を上げ、ワンピースについたシワをのばしながらため息をついた。

「なーんだ、つまんね。つき合って時間そんした」

「つーか、せっかく探偵ごっこで暇つぶせると思ったのにィ」

「自分から話題ふったくせに、最後それはないよね」

 ぶつくさ文句を言いながら、めいめいの席へと戻ってゆく。

 ……くそ、一瞬でも友情なんて信じたあたしがバカだった。

 帰りしな、美樹があたしのほうを振り返り、手の中でロザリオを揺らして見せた。

「一応、これ持ってく?」

「いらんわっ」



 つづく……。


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