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はきだめに鶴?

「てめェら運が悪かったな、今日の俺様はえらく機嫌が良いんだ。なんか分かんねェけど、血わき肉おどるつーか、今ならスティーブン・セガールだって倒せそうな気がするぜ。キュートな美少年が相手だからって遠慮することはねえ、三人まとめてかかってきな。ぎったんぎったんに料理してやっからよ」

 機嫌が良くても悪くてもケンカする女の子、ヨウスケ。この子の頭のなかには食欲と闘争本能しかないのか。それにしても可憐な浴衣姿で、しかも両手にヨーヨーと綿アメを持って、脅し文句のなんと似合わないこと。

 大変そうだから片ほう持ってあげようかなどと考えていたら、ヨウスケは両腕をフワッと羽のようにひろげて、片足立ちの姿勢となった。ひざを曲げて右足をぐぐっと持ち上げる。浴衣のすそが割れて、白い太ももがむき出しになる。おお、これぞまさしく……香港のカンフーアクション映画で見たことがあるぞ、たしか中国拳法の鶴の形とかいうやつだ。ギャラリーのあいだからどよめきが起こる。どうでもいいけど、パンツ見えそうなんですが。

「なんだァ? このくそ女、酔っぱらってんのか? まさか女相手に俺たちが本気出すわけないとか、そういう甘っちょろいこと考えてんじゃねえだろうな。言っとくが、俺たちは女だろうが子どもだろうが平気で殴るぞ。むしろ喜んで殴る」

 どっきゅーんな三人組のひとり、一番背が高くて強そうなヤツが陰惨な笑みを浮かべて言った。最初にあたしの腕をつかんだ男だ。女子どもを平気で殴るとか、フェミニストのあたしとしては、こーゆー発言するヤツが一番許せない。ぜひ、ぶん殴りたい。とゆーわけでヨウスケがんばれ、あたしが応援してるから、こいつら全員けちょんけちょんに叩きのめしちゃってくれ。

 相手をにらみつけ、しゅるるるっと歯のあいだから息を吐いて威嚇するヨウスケ。おまえはガラガラヘビか。

「ねえヨウスケ、その綿アメ邪魔そうだからあたしが持っていてあげようか」

「おう、気が利くじゃねーかと言いたいところだが、どさくさにまぎれて、つまみ食いする気だろ」

「もうお腹いっぱいで食べられないわよ」

「だったらヨーヨーのほうを持てよ」

「バカねえ、そっちは、いざというとき武器として使えるかもしれないでしょ」

「こんな水の入った風船、なんの役にも立たねェよ。それより綿アメ食い終わったあとの割り箸は、使いかたによっちゃ暗器にもなるんだぜ」

「ウソばっか。だいいち、のん気に綿アメ食べてるあいだにヤラれちゃうでしょうに」

「おいっ、こらお前らっ」

 イライラした声で男が会話に割って入った。

「楽しそうにおしゃべりしてんじゃねェ。しかもなんだその案山子みてェなふざけたポーズは。俺たちをバカにしてんのか。言っとくが、こっちは全員有段者だぞ」

「有段者……書道のか?」

「空手だよ!」

「ふうん、空手ねえ……。あ、分かった通信教育のヤツだろ。それでは皆さん今日はテキスト十九ページにある上段蹴りをイラストの例を参考にやってみましょう、みたいな」

 男のこめかみにメキメキと青黒い血管が浮き上がった。

「かっけーよ、ネエちゃん。この俺たちを前にして、そこまで余裕かませるとはたいした度胸だよ。だがな、すぐにそんな態度取っちまったことを後悔するんだ。もう詫び入れたって許さねえ、親でも顔の見分けが付かねえくらいボコボコにしてやっからよ」

 シャキンッ、と金属音がした。男の手に、飛び出し式の警棒みたいのが握られている。あ、ずるいっ、あんなのどこに隠してたんだ。武器を使うなんて反則だろ。

「こいつで弁慶の泣きどころをちょっと叩いてやると、大の男でも激痛のため身動き出来なくなるんだぜ。くっくっく、面白えだろ」

「いいから早くかかって来いって、疲れるだろうが」

 だんだん鶴のポーズがしんどくなってきたらしく、ヨウスケの体が少しぐらつきはじめる。周囲を埋め尽くす野次馬たちが、一斉に固唾を飲んだ。その緊張をやぶったのは、おっさんの塩辛いだみ声だった。

「こらっ、お前たちそこでなにをやってる」

 人ごみをかき分けのっそり現れたのは、海ぼうずみたいに頭の禿げ上がった中年男だった。プロレスラーみたいな堂々たる体躯。ぺらぺらの法被を窮屈そうに着て、「実行委員会」という腕章を付けている。

「ここで騒ぎを起こすヤツは、だれだろうと詰め所へ引っぱって折檻する決まりになってるが、お前らどうする?」

 酒で充血した目を細め、どきゅんたちをギロリとひと睨みした。長身のどきゅんが、ヨウスケを指さして不平を言う。

「先に手を出してきたのはこの女だぞ」

 ヨウスケが、あっかんべーをした。子どもかっ。

「女の子を相手に大の男が三人がかりか? しかも武器まで使って」

「この女が挑発するからだっ」

 ヨウスケが今度はどきゅんにお尻を向けてペンペンと叩いた。頭にげんこつを落としたやった。

「いってェ……」

 海ぼうずがドスの利いた声で言った。

「祭のじゃまだからお前ら会場から出ていけ。さもないと腕ねじ上げて警察へ突き出すぞ」

「なんだこら、おっさん」

「ほう、今度はおれとやる気か。面白い。こっちも若いころは暴れ馬と言われたくらいのケンカ好きだ。兄ちゃんたち、祭の余興としてひとつ派手にやるか」

 丸太みたいな腕をブンと振って、首をポキポキ鳴らす。どきゅんたちの顔に動揺の色が浮かんだ。

「ふ、ふざけんな、祭の実行委員がケンカなんてしていいのかよ」

「ここの神様は賑やかなのが好きでな。きっと喜ばれることだろう」

「くそっ、帰るぞ」

 とても勝目がないと判断したのか、どきゅんたちは逃げるようにその場からいなくなった。やれやれとヨウスケが肩をすくめる。

「ふん、口ほどにもない」

 それはおじさんのセリフだろ。興味を失った野次馬たちが、三々五々、群衆のなかへと消えてゆく。海ぼうずのおじさんは、あたしとヨウスケを交互に見て相好をくずした。

「それにしても、きみたちお転婆だなあ。うちの娘と良い勝負だよ。ケガはなかったかい?」

「お騒がせしちゃって、すみませんでした」

「祭には色んな連中が集まってくるから気をつけないと。社務所のとなりに我々の詰め所があるから、またなにかあったらすぐに言ってきなさい」

「はい、ありがとうございます」

 知らんぷりして綿アメ食べてるヨウスケの頭を押さえて、ムリヤリ下げさせた。

「あんたもちゃんとお礼言いなさいよ」

「痛てて、分かったよ。おっちゃん、ありがと」

「もうすぐ神輿が出るから、沿道で見てくといい」

 そのとき少し向こうから法被を着た女の子が駆け寄ってきた。

「あっ、お父さん、こんなところにいた。なにやってんの、みんな探してるよ」

 そして驚いたような顔であたしを見た。

「なによ、ゆみ子じゃん。どうしたのよ、そんな可愛い浴衣着ちゃって」

「ちぃーっす」

 いつも見慣れたマニッシュな少女、親友の愛子だった。てことは……この海ぼうず、もしかして愛子のパパ?



 つづく……。


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