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やっぱ縁日でしょ

「どうして、こうなっちゃうワケ?」

 最寄りのバス停へと向かう道すがら、あたしは終始不機嫌な声でヨウスケをなじっていた。せっかくなけなしの貯金をはたいて買ってあげた格好良い浴衣が、もう台無し。

「そんなこと言ったってよう……」

 今日のヨウスケは、なんだかいつものような覇気がない。可愛いらしく浴衣で着飾っているせいで、身のこなしもどこかおしとやか。だいいち、あたしよりも可愛いってのはどうよ。デートのために思いっきり気合いを入れてきたこっちの立つ瀬がないじゃん。

「お前ェがあんまり浴衣、浴衣って騒ぐもんだからよう。それでわざわざ千里姉ェに頼み込んで、一張羅の浴衣貸してもらったんだぜ」

「浴衣はあたしのほうで用意するって言ったでしょう。まったくもう、ひとの話をきいてないんだから」

 あたしの剣幕に圧されてヨウスケが、びくっと首をすくめる。そのひょうしにヘアピンで留めた金の髪飾りが、しゃなりと可憐な音を立てた。

「それで? その着付けも、やっぱり卯月先輩にしてもらったわけ?」

「まあな。こんなややこしい服、俺さまにひとりで着られるわけねえじゃん」

「なに威張ってんのよ、バカ」

 ほんとは部屋を出るときに着替えさせてやろうかと思ったんだけど、浴衣の着こなしがあまりにも見事だったので躊躇してしまった。着付けの大変さは、身にしみて分かっている。なんたって今朝ママとふたりで大汗かいて悪戦苦闘したばかりだもん。がさつなヨウスケに和服をひとりで着られるはずないから、まず間違いなく卯月先輩の手を借りていると思った。だとしたら、それを脱がせてしまうなんてとんでもないことだ。さいわい先輩は出掛けたあとで部屋にはいなかったけど、苦労して着付けた浴衣をあたしが脱がせたなんて、もし後で知れたらとんでもないことになる。

「あら、あなたって気が小さいように見えてじつは放胆なのね。せっかく私が苦労して着付けたものを脱がせてしまうだなんて。生半な勇気でできることではないわ。心臓に毛が生えているのかしら。それとも私をバカにしているの。経験とは自分の過ちにつける名前である。オスカー・ワイルドの言葉よ。喜びなさい。あなたはこれから人生でとても重要な経験をすることになるわ。絶望という名の経験をね。さあ、そんなわけでちょっと女子トイレまで顔をかしてちょうだい」

 くらいのことは平気で言ってのけそうだ。おお怖わ。まじ怖わ。仕方がない、ヨウスケの格好良い浴衣姿はまた次の機会にでもということで、今日はとにかくお祭りを楽しもう。デートってより、なんか仲の良いお友だち同士のおでかけみたいになっちゃったけど……。

 ぎゅうぎゅう詰めのバスに揺られ、満員電車でも押し合いへし合いしながら、ようやく市役所前の駅へとたどりついた。浴衣姿ってただでさえ動きづらいのに、その格好でずっと吊り革につかまっているのってすごく大変。さいわい痴漢には遭わなかったけど、下駄をはいた両足でずっと踏ん張っていたから太ももの筋肉がぱんぱん。

 駅を出てから少し歩くと、もうそこがお祭りの会場みたいな賑わいだった。カップルや子ども連れ、浴衣姿の女の子たち、デジカメで写真を撮りまくる外国人の観光客。法被を着たおじさんの集団は、きっと神輿でもかつぐのだろう。通りに面した店ではお祭りに便乗してワゴンにセール品をならべたり、折りたたみ式の屋台でアイスクリームを売ったりしている。参道が近づくにつれ通りはやがて歩行者天国へと変わり、カラーコーンで仕切られた手前でお巡りさんが交通整理をしていた。車道のまん中に、カフェテラスみたいに日傘つきのテーブルとイスをならべ、お茶したりおしゃべりするスペースを設けているのだ。そしていよいよ神社の入り口である大鳥居をくぐると、会場は喧噪のちまたと化した。

「ひゅう、すげェ賑わってるな」

「ほんとねえ、ヨウスケってば迷子になんないでよ」

 幅広の、わりと急な石段をのぼりきると、そこにはもう食べものなどの屋台が幟を立ててずっと先までならんでいた。食材を焼くけむりと美味しそうなにおいが、あたしたちの鼻先をかすめ青空へ吸い込まれてゆく。

 目のまえを歩くカップルが仲良さそうに手をつないでいたので、あたしもさりげなくヨウスケの指に自分の指をからませとうとした。浴衣のそでとそでが触れ合う。でも一瞬早く、ヨウスケは手近にある屋台へ駆けよってしまった。

「おっ金魚すくいみっけ。どうだ、ちょっとやってかないか」

「浴衣汚しちゃうよ」

「ばァか、そでを濡らすなんてのは素人のやること。いいか見てろよ、雑魚には目もくれず黒のデメキンだけを大漁してやるから」

 大口たたくだけあって、ヨウスケの金魚すくいの腕まえは大したものだった。薄っぺらい紙を張っただけの杓子で、あっという間にデメキンばかりを三匹もゲット。それをとなりで一匹もとれずに泣きべそかいてる子どもに気前よく手渡した。

「あれえ、けっこう優しいとこあんじゃん」

「へん、俺はいつだって優しいぜ」

「そうかしら」

 と、からかいつつまた手をつなごうとしたら、今度は反対側のならびに設けられた射的場へと突進していった。ええい、落ち着きのない。

「おいゆみ子、あそこにならぶ景品のなかでなにか欲しいものがあるか。お前ェのお望みのもん、なんでも取ってやるぞ」

 ヨウスケの手の温もりが欲しい。とも言えず、しかたがないからテディベアもどきのクマのヌイグルミをねだってみた。でも使用する空気銃はかんぺきなオモチャ。そこから飛び出すコルク弾はゆるやかな放物線を描いてゆく。とてもじゃないけど、あんな大きなヌイグルミを撃ち落とせるだけの威力があるとは思えなかった。

「ばァか、こういうもんには、ちゃんとコツがあるんだよ」

 なんか知らないけど、さっきから「ばァか」が多すぎる気がする。あたしに良いとこ見せたいのは分かるけど、大きな口きいてけっきょく失敗したら後できまりが悪いのに。などという心配はまったくの杞憂だった。ヨウスケは、持ち弾の十発をちょうど使い切ってみごとヌイグルミを勝ち取ったのだった。見物していたお客さんのあいだから歓声があがる。ヌイグルミそのものは狙わず、耳のあたりに突き出している商品タグだけに的をしぼり集中してヒットさせるという頭脳プレー。ていうか、ひな壇のうえに鎮座する標的の一箇所だけを狙って全弾命中させるって、どういう腕よ。なんかムダに凄すぎてちょっと切なくなった。

「どうだ、そんけーしろ」

「しねーって」

「おっ、甘味処みっけ」

 射的で成功して得意満面になっていたかと思ったら、今度は目ざとく「だんご」と書かれた屋台を見つけたようだ。

「あん蜜食おうぜ」

「太るからイヤ」

 と拗ねてみたけど、ぜんぜん聞いてないし。

「かき氷も悪くないな。チョコバナナも捨てがたいし。ええい面倒だ、このさいだからぜんぶ食おう」

「そんなに食べたらお腹こわすよ」

「だいじょうぶだって。甘いものは別腹っていうありがたい格言を知らねえのか」

 そうだった。こいつは驚異の胃袋を持つ少女なのだ。以前バイキングで、餓鬼道に落ちた亡者のごとく食いまくっていた姿を思い出した。まあ良いか、ちょうどお腹もペコペコ。

「ヌイグルミ取ってくれたお礼に、今日はあたしがおごったげる」

「さんきゅー。お前ェって、つくづく良い女だな」

「えへへ、どういたしまして」

 それからあたしたちは食欲のおもむくままに屋台を食べ歩いた。とうもろこし、ポンポン焼き、リンゴ飴、フランクフルト、あたしは途中でお腹いっぱいになり、浴衣を着てきたことを後悔しはじめた。帯がきつくて苦しいのだ。

「もうダメ、あたし食べらんない」

「じゃあヨーヨー釣りやろうぜ。あと、おみくじも引かなきゃ」

 水を得た魚のようにはしゃぎまくるヨウスケは、気がつけば頭にアニメヒーローのお面、帯の後ろには「祭」と大書された団扇をはさんで、右手に綿あめ、左手にはヨーヨー、口のなかではさっき放り込んだ酢昆布をまだクチャクチャいわせている。昨日までは「お祭りなんてガキの行くもんだぜ」なんて文句を言ってたくせに。

「ねえねえ、ちょっと君たちさあ、このあと俺らとどっか行かない?」

 美少女二人がならんで歩いていると、かならずこういう手合いが声をかけてくる。たいていは無視してると諦めてどっか行っちゃうんだけど、なかにはしつこいのもいる。

「カラオケ行こうよ。あっちに俺らの車がとめてあっからさ。いつまでもこんな暑苦しいとこにいたって、しかたないじゃん」

 なれなれしく浴衣のそでを引っぱるやつがいて、あんのじょうヨウスケがキレた。

「おいこら、俺の女にちょっかい出すんじゃねえ」

「はあ? なにこの勇ましい女。つーか、あんたらまさかレズビアン?」

 ギャハハと歯をむいて笑った三人組のひとりが「うっ」と股間を押さえてうずくまった。両手をわた飴とヨーヨーでふさがれているヨウスケが下駄で蹴り上げたのだ。なんて手の早い……いや足だけど。残った二人の男がもの凄い顔で睨んでくる。たちまち野次馬があたしたちを取り巻き、縁日はそこだけストリートファイトのリングと化した。てか、浴衣姿でケンカとかやめてくれ。



 つづく……。


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