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ストップ! 卯月先輩

「へえ、想像していたとおりの可愛らしいお部屋なんだ。典型的な女の子の勉強部屋って感じがするわ、まるでホームドラマのセットみたい」

 ショルダーバッグをつかんだ両手を後ろに組んで、卯月先輩は楽しそうに部屋のなかを一周した。興味深げに本棚のなかを覗き込んだり、勉強机のうえに投げ出されているノートをパラパラめくったりしている。そしてあたしのベッドまでやってきて、いきなりそのうえに腰をおろした。彼女のお尻の重みでマットレスがぎしっと沈み込む。

「あ、あの……」

 どぎまぎしているあたしの顔を面白そうに眺めて、彼女は自分の横をポンポンと叩いた。

「そんなところにいないで、こっちへいらっしゃいよ。べつに取って食わないから」

「でも、あたしのそばへ寄ると風邪うつっちゃいますよ」

「うつらないわ。お利口さんは風邪引かないのよ」

 なるほど、おバカなあたしでも引いてしまうような安っぽい風邪は、逆に卯月先輩みたいな優等生にはうつらないのか。くすん……。納得してしまう自分が、ちょっと悲しい。起き抜けの間抜けな顔はもうどうしようもないので、言われるがままにベッドへと移動。お尻ひとつぶんだけ間を空けて、彼女の隣に腰掛けた。その距離およそ五十センチ――。

「あの……もしかしてヨウスケに頼まれて来た、とか?」

「いいえ違うわ。あの子はあなたが風邪で寝込んでいることなんて知らないもの」

「じゃあ、どうして?」

 そう訊ねると、彼女はいたずらっぽくウィンクしながら微笑んだ。

「お見舞いというのは、たんなる口実。一度あなたがどんなところで暮らしているのか見てみたかったの」

「ご覧のとおり、ごくありふれたふつうの女子高生の暮らしですけど」

「良いわねえ、ごくふつうの暮らしって。羨ましいわ」

 卯月先輩はあらためて部屋のなかを見回し、ちょっとまぶしそうに目を細めた。まるで自分が別世界からやって来たような、そんな言いかただ。そういえばヨウスケは卯月先輩と二人きりで暮らしてるって聞いてたけど、他の家族はどこに住んでいるんだろう。お父さんやお母さんは……。実家がどこか遠い田舎にでもあるのだろうか。それとも彼女たちってじつは日系外国人で、生家は海外にあったりして……。

 などとあらぬ想像をめぐらせていると、先輩がワンピースのお尻を滑らせて間隔を詰めてきた。その距離およそ二十センチ――。

「回教徒が寺院に入るとき靴を脱ぐように、私はあなたの部屋に入るとき、ドアの外に理性を置いてくる……」

「な、なんですかそれ?」

「パブロ・ピカソの言葉よ」

「一部ねつ造してると思います。ていうか、お願いですから理性は置いてこないでくださぁい」

「あなたって美味しそうな耳しているのね」

 思わず少し身を引いてしまった。二人の距離を四十センチへと戻す。

「先輩のウソつき、取って食わないって言ったじゃないですかぁ」

「はむ、って甘噛みするだけよ」

「ぜったいにイヤです。てか、女同士でそんなことするのって変だと思います」

 必死にうったえたけどまったく意に介さぬようすで、先輩はぺろりと舌なめずりをした。

「知ってる? アフリカに棲息するピグミーチンパンジーってね、メスの半数以上がレズビアンなんですって」

「そんな、猿と一緒にしないでくださぁい。それに、あたしの体はもうヨウスケのものなんですから」

「あら、ヨウスケだって私と同じ女の子よ」

「でも魂はちゃんと勇敢な男の子だったので、このたびめでたくオトコ認定されました」

「それは良かったわね。うふふ、おめでとう」

 女のあたしでもゾクッとするような妖艶な流し目をくれながら、摩擦係数を無視した絶妙の尻移動で先輩が一気にすり寄ってきた。甘やかなコロンの香りが鼻孔をくすぐる。その距離およそ十センチ――。

「それで? もうヨウスケとは、えっちしたのかしら?」

「そ、そんな恥ずかしいことストレートに訊かないでくださぁい。まだですよ、まだ……」

「じゃあ、ヨウスケよりも先に私がいただいちゃおうかしら」

 こちらをからかうように微笑みながら、小首をかしげる。額に垂らした前髪がサラッと横に流れる。このサラッとが良いんだよなあ。あたし子どものころからクセっ毛だから、サラサラした前髪ってなんか憧れちゃう。てか先輩、目の奥がぜんぜん笑ってないんスけど。うわ、なんか恐ひ……。

「せ、先輩ってば、もしかして弟の恋人を横取りするつもりですかぁ?」

「あなたは一人っ子だから分からないかもしれないけど、年の近い姉妹ってね、幼いころからお菓子でもオモチャでもなんでも奪い合って骨肉の争いをしてきたのよ……だからヨウスケが好きなものは私も好き、そしてヨウスケが欲しいものはやっぱり私も手に入れたい。そういうわけ」

 先輩の美しい顔がすうっと迫ってくる。つられて磁石のN極とN極を近づけたときのように、あたしの顔が徐々に後ろへと下がる。

「や、やめてくださぁい。あたし寝起きだから汗くさいですよ。それに昨日の晩からアレ始まっちゃったみたいで……」

 そう言って間接的に拒否の意向を示したけど馬耳東風、先輩はあたしに覆いかぶさるように身を乗り出してきた。そしてあろうことか、あたしのパジャマに鼻を寄せクンクンにおいを嗅ぎはじめたのだ。その距離……もうほとんど接触しちゃってます! つか、ぜったい変だろ、この画。

「うん、そんなに汗くさくないわよ。女の子のレアな体臭が堪能できて、かえって刺激的なくらいだわ。それに生理なんてウソでしょ、ちゃんとにおいで分かるもの。あなたの体臭からエストロゲンと黄体ホルモンの分泌度合いを推測するに、始まるのはあと一週間ほど先ね」

 バレた! もう絶体絶命――。

「あっ、そうだ」

 不意に卯月先輩は体を起こし、ショルダーバッグのなかから携帯電話を取り出した。

「あなたをゲットしたという後々の証拠のために、裸の写真でも撮っておこうかしら。悪いんだけどちょっとパジャマ脱いでくれない」

「なに言ってるんですか、まだゲットしてないじゃないですかぁ。ていうか先輩ちょっと強引すぎますよ。あたしに指一本でも触れたら大声で泣いちゃいますから」

「ふふ、サディスト相手に泣いたりしたら、かえって逆効果なのよ。可愛い女の子の泣き顔ほど興奮させられるものってないもの」

「……先輩って、サディストなんですか?」

「団鬼子と呼んでくれてもいいわよ」

 このひと、マジでかなりヤバイです。

「あなたのヌード写真をヨウスケに写メしたら、きっと地団太踏んで悔しがるわね」

「ひょっとして、ヨウスケとは仲が悪いんですかぁ?」

「うーん、そんなことはないわね。まあ強いて言うなら、可愛さあまって憎さ百倍という感じかしら」

 どうやら、あたしには到底理解できない複雑な姉妹関係のようです。とにかく、このままじゃホントにパジャマはぎ取られてしまいそうなのでベッドから腰を浮かせかけたとき、階下からママの呼ぶ声がした。

「ゆみ子ォ、お紅茶淹れたから取りに来てちょうだァい」

「はーい」

 なんか助かった。気勢をくじかれた卯月先輩が、ちっと舌打ちするのが聞えた。おいおい、それって美少女のやることじゃないでしょ。まあとにかく大事なデートを前になんとか貞操を奪われずに済んだみたい。というか彼女の場合、最初から最後までぜんぶ冗談だったような気もするけど……。

 鏡台のイスを引っぱってきて先輩と向かい合わせで紅茶をすすっていると、なにかを思い出したように彼女がポンと手を打った。バッグのなかをゴソゴソと探りはじめる。彼女が取り出したのは、ポッキーの箱だった。イチゴ味をしたピンク色のやつ。

「はい、これお見舞い」

「ありがとうございます……ってあれ、このポッキー封を切ってありますけど」

「ぜんぶあげるのもったいないから、半分食べたわ」

 せこっ。でも朝からなにも食べていないあたしのお腹は悲しいほどに反応してしまった。せっかくだから、いただいちゃいましょう。三本ほどつまんで口の中へ突っ込む。ポッキーは前歯で味わうのが基本。自分がネズミにでもなったような気分でコリコリと歯ごたえを楽しむ。

「ふふ、あなたってものを食べているときだけは、本当に幸せそうな顔をするのね」

「以前にも、だれかに言われました」

 だれだっけ? あ、高木のクソッタレだ……。

「じつは一本だけ私がベロベロ舐め回したやつを混ぜてあるのよ。間接ディープキスってやつね。わくわくしながら食べてちょうだい」

 うぶっ、やだ、もう飲み込んじゃったじゃない。なんてことを……。ヨウスケ、よくこんなひとと一緒に暮らしていられるなあ。疲れないのかな。やっぱ疲れるよね。あたしだったら半日も一緒にいたらヒステリー起こしちゃうかも。ヨウスケのがさつで乱暴な言動は、きっとこの姉の存在が原因となっているに違いない。

「さて、紅茶もいただいたし毒入りポッキーも食べさせたことだし、そろそろおいとまするわ」

「あ、なにもお構いできませんで……」

 けっきょくこのひと、なにしにここへ来たのだろう……ほんと理解不能なひとだ。でも帰りしな、真顔であたしを見てちょっと気になることを言った。

「あなたがヨウスケと仲良くしてくれるのは嬉しいんだけど、でもホントはこれ以上親密になって欲しくないのよ。ましてや恋愛関係だなんて、ね」

「どうしてですか?」

 驚いて訊ねる私に、彼女はちょっと淋しそうな、そして自嘲めいた笑みを浮かべてつぶやいた。

「このままじゃ、あなたぜったい傷つくと思うから……」

 いったい、どういう意味だろう?



 つづく……。



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