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すったもんだの大活劇

 わっ、わっ、わっと両腕をめちゃくちゃに振り回しながら、高木のクソッタレが跳ね回る。背中のフードからは真っ白い煙と火花が勢いよく吹き上がっている。まるでカチカチ山のたぬきだ。ザマあない。そうするあいだにも例の蛍の火みたいなちっこい光芒がひとつ、またひとつと宙を飛び交い、あっちこっちで炸裂しては景気のよい音を響かせている。だれかが導火線に火のついた爆竹の束を、次々放り込んでいることは明らかだった。がらんどうの倉庫の壁に爆竹の爆ぜる音がぐわんぐわん反響して耳が痛い。テレビとかでよく見かける中国の旧正月なみの賑やかさだ。

 よし、逃げるなら今かも。

 あたしは素早く周囲を見回した。じゃんけんに勝って浮かれていたデブは、音にびっくりしてジーンズをヒザまでずり下げた格好でスッ転んでいた。ハゲとのっぽの二人は驚きのあまり声も出せず、音や光から逃れて右往左往している。いっぽうの高木のクソッタレは、すっかり胆を奪われたご様子で表情を凍りつかせたまま石像みたいに固まっている。この窮地を抜け出すチャンスは、今をおいて他にない。……だけどダメ、どうしても腰が抜けたみたいになって立ち上がれない。ふだん強がってるわりには、ここ一番という肝心なところでか弱い乙女に成り下がってしまう情けない、あたし。

「お、おいっ、ドアの向こうにだれかいるみたいだぞ……」

 パーカーのフードに引っ掛かっていた爆竹が鎮火して気を取り直したのか、高木のクソッタレがようやく声を上げた。それを聞いて、近くの壁ぎわに避難して縮こまっていたハゲが、はじかれたように動き出す。

「……ちっくしょう、なめたマネしやがって。だれだか知らねえが、そこにいるのは分かってるんだ。隠れてねえで、こっちへ入ってきやがれっ」

 革靴の底で、わずかに開いていたアルミ製のドアを勢いよく蹴りつける。ばこん、と安っぽい音をさせてドアが全開になる。と、ドアの向こうから、まるで忍者みたい軽やかな身ごなしで黒い人影が飛び込んできた。

「うわっ、なんだこいつ」

 驚くハゲに向かって、その人影は真正面からつかみかかった。二人はすぐにもみ合いとなる。

「て、てめェなにモンだ、俺たちにいったいなんの恨みがある? あ?」

 息を切らせながらヒステリックに叫ぶハゲ。人影は、いきなりグーでにぎった腕を振り上げた。

「じゃまくせえ。そこどけっ!」

 ぺちんと間抜けな音がしてハゲがよろめいた。両手で顔を覆ったまま、くたくたとその場に崩れ落ちる。どうやら鼻っ面をしたたか殴られたらしい。動かなくなったハゲのわきをすり抜け、人影はさらにこちらへ一歩一歩探るような足取りで近づいてくる……。

「おい、ゆみ子っ、そこにいるんだろ? 返事しろよ」

 聞き覚えのある声だった。女の子にしてはちょっと低めのハスキーボイス。

「ヨウスケ……そこにいるのはヨウスケなのね?」

「もう大丈夫だ。そのまま俺の声のするほう目がけて真っ直ぐ走ってこい。暗いから転ぶんじゃねえぞ」

 間違いない、ヨウスケが助けに来てくれたのだ。急に体の芯が熱くなった。

「うん、分かった」

 今まで電池の切れたおもちゃみたいに力の入らなかった体が、一気にエネルギーを取り戻す。あたしは素早く立ち上がると、飼い主に口笛で呼ばれた犬みたいに元気よく駆けだした。

「ああん、ヨウスケぇーっ。怖かったよぉ!」

 安堵のためか、じわーっと涙がわいてくる。このままヨウスケの胸に飛び込んで、あのEカップの乳に思いっきり顔を埋めたいっ。でもダッシュしてわずか一秒で、ぶざまにスッ転んだ。

「きゃっ」

 まるでコントみたいに確信犯的なタイミング。デブがあたしの足首をつかんだのだ。すっごく良い場面だったのに、もう台無し。この茶髪デブだけは、絶対に許せん。

「ちょっと離しなさいよ、ばかっ」

 あたしは自由に動く右足でデブの顔をめちゃくちゃに蹴りつけてやった。あまり知るものは少ないが、ってゆーか恥ずかしいから他人に話したことないんだけど、あたしの右足は秘かに凶器だったりする。蹴り下ろすときの威力がハンパないらしい。以前、友だちのアパートでゴキブリを殺そうとしてスリッパごと床を踏み抜いたという実績がある。――理由は、バイクだった。あたしはバイクのエンジンを掛けるときセルを使わない主義。かならず、アチョー! キック一発で始動させてみせる。愛車ヤマハXVビラーゴに、おのれのさらなる愛情をそそぎ込むつもりでキックレバーを踏み込む。まさに、パワー・オブ・ラヴ! そして、このときかなりの脚力が必要になったりする。中途半端な気持ちで蹴り込むと、ピストン内の圧力に押し返されてレバーが逆回転、へたをすると弁慶の泣きどころを直撃され七転八倒の苦しみを味わう。だからあたしはバイクに乗るとき、全身全霊を込めて右足を振りおろすのだ。ときには憎いだれかの顔を思い浮かべて……。

 そんなわけで今度からエンジン掛けるときには、このデブの顔を思い浮かべることに決定!

「えいっ! このっ! 死ねっ! 女の敵っ!」

「わっ、やめろ、こらっ、ばかっ、ぐえ……」

 パンプスはとうに脱げてしまっているので、もちろん裸足。だからこっちも足が痛いけど、デブのほうはもっと痛かったに違いない。顔面をぼこぼこに蹴られ、ぶひっ、とか一声大きく鳴いたあと、ついにはあたしの足首から手を離した。どうだ、思い知ったか乙女の威力。よろめきながらも、なんとか立ち上がる。しかし悲劇はそこで終わらなかった。今度は後ろからノッポに思いっきり髪をつかまれてしまったのだ。

「痛ででででっ」

 やめろっ、髪は女の命という言葉を知らないのか。

「逃がすか、このクソ女っ」

「痛い痛い、髪が抜けるって、そんなに強く引っぱんなくたって、いいじゃん!」

 首をねじ曲げられ、あらぬ方向を睨みながら叫ぶあたし。ちょっと白目むいてるかもしんない。やられっ放しじゃ悔しいので、なんとか体だけノッポのほうへ向けてデタラメに腕を振り回してみた。もう死にもの狂いって感じ。でもラッキーなことに、当てずっぽうで繰り出した右フックがみごと顔面に命中。完全なるまぐれ当たりだけど、ぱんと小気味よい音がした。肉を打つ感触が手の甲に伝わってきて「あっ、この刺激ってちょっと快感かも」なんて思ってしまった。でも喜んだのもつかの間、それはあろうことかヨウスケの頬っぺただった。

 や・ば・ひ!

「痛ってーな、ひでーことすんなよ!」

「きゃっ、ごっめーん、わざとじゃないのよ信じて」

「せっかく助けに来てやったのに、なんなんだよこの仕打ちはよ! ちっくしょー、またおっぱい揉んでやるからなっ」

「ああん、もう好きなだけ揉んでいいから、早くこいつなんとかしてよ」

 あたしは背後にいるノッポを指さして言った。とたんにヨウスケの目が輝きだす。

「おっ、揉ませてくれんのか、マジで? もちろんブラなんか外して生だかんな。両手で心ゆくまで揉むからな。絶対に絶対の約束だぞ」

「……しつこいわね、分かったって言ってるでしょう」

 ここは仕方がない、ヨウスケに生の乳をしかも両手で揉まれるなんて思いっきり屈辱だけど、取りあえずは頷いておく。まあ、後でなんとでも誤摩化せるし。もし詰め寄られたら「あら、そんな約束したかしら、夢でもご覧になったんじゃなくって。おーほっほほほ!」って、しらばっくれちゃいましょう。

 そんなあたしの奸計にも気づかないヨウスケは、嬉々としてノッポへ突進していった。

「よっしゃ、お前ェーを倒して、ゆみ子のおっぱいゲットだっ!」

 ヨウスケのしなやかな体躯がノッポのふところへ潜り込む。予想外の素早い動きにあわてたノッポがあたしの髪から手を離す。まさにその瞬間を狙って、ヨウスケのボディーブローが炸裂した。一発、二発、三発……決まった、一方的な勝利。腹に強烈なパンチを食らったノッポはその場に腰を折ってうずくまり、床へ向けて盛大にゲロをぶちまけた。うっぎゃー、汚ったねーなこいつ……。

「よし、行くぞっ」

 すうっとヨウスケの腕が伸びてきて、あたしの手をつかむ。白くて細っこい手。大きさは、あたしと同じくらい……かな。指先の部分はちょっと冷たいけど、でも手のひら全体から優しい温もりが伝わってくる。ヨウスケの愛が伝わってくる。どくんどくん、脈打つ心臓の音まで伝わってくる気がした。あたしの胸も一緒に高鳴る。お願いヨウスケ、もうこのまま絶対にあたしのこと離さないでいて……。

「いいか、走るぞ」

「うん」

 ランタンのハロゲン光が細々と照らす部屋のなかを、二人手をつないだまま出口へと走った。愛の逃避行。でも不意に、黒い人影が行く手をさえぎった。高木のクソッタレだった。

「やっと会えたぜ、俺の指を折ったクソ女さんよォ――」

 けけっと引きつったような笑い声をあげる。同時にカチリと音を立て、彼の右手からなにか光るものが飛び出した。あたしは思わず息を飲んだ。冷たい輝きを放つそれは、バタフライナイフの刃だったのだ。



 つづく……。


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