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戦闘開始、ブタのケツーっ!

 理知的だなあ、なんて思っていた高木のクソッタレのクールにひきしまった口もとがゆがんだ。あまり血の通っている印象をあたえない、赤みの薄い唇。今こうしてあらためて見ると、キザでいけ好かないナルシズムの象徴みたいに見えた。その酷薄そうな唇が、醜くゆがんだまま微かに震えていた。

「……お前、なぜ知っている? 俺の指をへし折ったあのバカ女のことを、なぜ知っているんだ?」

 おっと、かなり動揺してますね。しめしめ、ここは一番こいつをもっと動揺させて、精神的優位に立ってやろうじゃないの。そうすれば、ここから逃げ出すチャンスもめぐってこようというもの。見てろよ、今にぎゃふんと言わせてやる。

 あたしは、わざといきがって鼻で笑いながら言った。

「ふふん、そんなに知りたきゃ教えてあげるわ。あの子はねえ、あたしの一番のマブで、しかも恋人なの。いい? もしあたしにひどいことしたら、あの子が黙ってない。一人ずつ草の根分けても探し出して、けちょんけちょんにぶちのめしちゃうんだから」

 そこまで一気に言ってから、とっておきのニヒルな笑いを浮かべてやった。うん、ばっちり決まった。こいつらの好き勝手になんてさせない。させるもんですか。……でも考えが甘かったみたい。あたしに罵倒されて逆に開き直ったのか、高木のクソッタレはその双眸に憎しみの炎を燃え上がらせながら言った。

「へえ、そりゃいいや」

 ゆらっと部屋のなかに凝ったカビの臭いが動く。つかつかと高木のクソッタレが近づいてくる。

「ちょうど俺も、あのバカ女にはもう一度会いたいと思ってたところなんだ」

 そう言ってあたしの髪の毛をわしづかみにした。

「いっ!」

「あいつには、マジで恨みがあるからよお!」

 ぎりっと奥歯を噛みしめる音が聞えた。同時に高木のクソッタレがあたしの頭をごんごん壁に打ちつけた。痛てててっ、やめろ、これ以上バカになったらどうする。

「お前を痛めつけると、あいつが怒ってやって来るう? そりゃあいいや、じゃあこれから、お前をすごーくひどい目にあわせてやろうじゃないの」

 にいっと笑って、今度はつかんだ髪の毛ごとあたしの頭をきりきりとねじり上げた。

「……やっ、ちょっとやめてよ、痛いじゃないの」

 思わず苦痛で顔がゆがむ。意思とは関係なくじわっと涙が滲んでくる。その鼻先に口を近づけて、高木のクソッタレが冷酷にささやいた。

「裸にひんむいて、その可愛いケツを嫌というほど蹴り上げてやる。ひひひっ、その後はお待ちかね、レイプの嵐だ。もちろん、ただ犯すんじゃないぞ、その様子をビデオカメラで撮影してやる。もしお前が親や警察にチクったら、その映像は全世界へ向けて発信されることになる。お前のアヘ顔がネットじゅうに流れるんだ。どうだ、愉快だろう?」

 正直、体が震えた。泣いて許しを請いたい衝動に駆られる。お願い、それだけは許してください、そう言って足下にすがりつきたい。でもそれはできない。そんなことをしたら……こいつらの暴力に屈したら、あたしはもう、あたしじゃなくなる。

 べつにフェミニズムとか関係ないけど、あたしは女の子であるがゆえに踏みにじられるというシチュエーションが我慢できない。レイプだのドメスティック・バイオレンスだのって絶対ありえない。そういう言葉を耳にしただけで、もう暴れたくなっちゃう。ケンカとかめちゃ弱いけど、頬っぺたビンタされただけで泣いちゃうかもしれないけど、でも男子がムリヤリ女子を腕力でねじ伏せて乱暴するなんてそんな行為、絶対に許せない。こいつらには、そのことを思い知らせてやる必要がある。今まで何人の女の子にこんなヒドいことしてきたのか知らないけど、きっと被害者の子たちはみんな怖くて泣き寝入りしてるんだと思うけど、でも女の子のなかには手負いの獣みたいに反撃してくるやつだっているってことを思い知らせてやるんだ。

「ゆみ子は、ほんとうにお転婆さんね……」

 死んだお婆ちゃんの顔が浮かぶ。ちょっと困ったような、しわくちゃの笑顔。あたしって小さいころから、ずっとお婆ちゃんっ子だった。学校でケンカして泣きながら帰ってきたりすると、よくお婆ちゃんの部屋へ駆け込んだものだ。

「あれあれ、ゆみ子は女の子なのに、どうしてこう無鉄砲なんでしょ」

 そんなあたしを、お婆ちゃんは膝のうえに乗せ優しく頭を撫ででくれた。そして最後には必ずこう言ってくれたのだ。

「でも、そんなゆみ子のこと、お婆ちゃん大好きよ」

 負けない。

 あたしは、絶対に負けない。

 女の子は、男どもの下劣で思い上がった暴力に負けちゃいけない。

 痴漢だか強姦魔だか知らないけど、そんな人間のクズみたいなやつらの暴力に屈するくらいなら、女の子なんてやめたほうがましだ。

 最初に襲いかかってきたやつの喉笛に噛み付いてやる。歯の丈夫さには自信あるぞ、いつもピカピカに磨いているからな。スルメだって、塩せんべいだって、げんこつ飴だって、躊躇せずにバリバリ噛み砕くことができる。こいつらの喉を食いちぎるなんて朝飯前だ。さあ来い、来てみろ、お前らにスプラッターな恐怖を味わわせてやる。あたしは悲壮な決意をして、横座りの姿勢のままぐっと身構えた。

 高木のクソッタレは用意周到なことに、ちゃんとデジカメと三脚を持参していた。ほんとにビデオ撮影する気だな、てめー、鬼、悪魔っ! 残りの三人組はというと、向かい合ってジャンケンをしている。だれが最初にあたしに襲いかかるか、その順番を決めているのだろう。まったくもってフザケタやつらだ。許しがたい。

「この前ブスをヤッたときは、たしか俺がドンケツだったよな」

 と、のっぽ。

「はじめは暴れるから大変なんだぞ。いいから俺に任せとけって」

 と、デブ。

「あの女には頭突きを食らわされた恨みがあるからな。まずは俺にヤラせてくれ」

 と、ハゲ。

「おうい、撮影の準備ができたぞ。だれでもいいから早くしろ」

 と叫んだのは、高木のクソッタレ。

 お前ら、ひとをなんだと思ってやがる。やっぱりスキを見て逃げちゃおうかな。こいつら突き飛ばして遮二無二走れば、あるいは逃げ切れるかもしれない。そう思いなおして頭のなかで必死に逃走経路を思い描いていると、どうやらジャンケンに勝利したらしいデブがあたしの前までやって来た。にたにた笑いながら腰のベルトを外しはじめる。いったんは覚悟を決めたものの、あたしのひざは面白いほど震えた。ビビっちゃダメだ、ゆみ子ファイト! まずこのデブが覆いかぶさってきたら喉笛に食らいついて、動揺したスキに思いっきり突き飛ばす。後はもう一目散、敵の手を振り切って全力で走る。部屋の暗さに目が慣れてきたので壁と激突する心配はないと思う。そして廊下へ出たらすかさず窓を叩き割って大声で助けを呼ぼう。いや待てよ、ひたすら逃げたほうがいいかもしれないな。死ぬ気で走れば、案外そのまま逃げ切れる可能性だってあるわけだし。とにかく今は、その一連の動作に集中しなきゃ……。

 デブがジーンズをずり下げた。彼の穿いている趣味の悪いトランクスから、ぷーんとチーズの腐ったような臭いがした。その不快な臭いから顔をそむけたとたん、あたしのなかで急に弱気な自分が顔をのぞかせた。だめ、女の子はしょせん男どもの腕力には敵わない。むりやり押さえつけられて着ているものをはぎ取られたら、もう抵抗する気力なんて失せてしまうに違いないんだ。どんなに勇気をふりしぼったって、ここからは絶対逃げられない。朝、家を出るときに垣間みた両親の笑顔がふっと脳裏をよぎった。

「今夜は手巻き寿司にするから、なるべく早く帰ってこいよ」

「あんまり遅くなっちゃダメよ」

 パパ、ママ……。

 ジーンズをひざまで下ろしたデブが、いよいよのしかかってくる。あれこれと練った逃走計画が一瞬にして頭から吹き飛んだ。あたしは半分パニックになりながら、両腕をめちゃくちゃに振り回した。

「いやあだ、やめてったら!」

 ほんと、今にもうえーんって泣きだしそうだったのだ。

 でも、そのとき……。

 ふっと視界のすみに、蛍の火のような光が放物線を描いて飛ぶのを見た。それは一瞬のことだった。その小さな光の軌跡は、あたしを見下ろしながらデジカメを構える高木のクソッタレの背中へすうっと吸い込まれた。

 突如、やつが着るパーカーのフードのなかで断続的な破裂音が起こった。閃光がほとばしり、あたりに立ちこめる白い煙を浮かび上がらせる。がらんどうの部屋の壁じゅうに反響したその音は、まるでマシンガンを乱射したときのようなすさまじい衝撃となって、そこにいる全員の魂を縮み上がらせたのだった。



 つづく……。


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