表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

あたしってば、大ピンチ!

「やだ、ちょっと離してったら」

 あたしは、後ろからつかみかかってくる相手の腕を必死に払いのけながら怒鳴った。こういうときって、きゃー、とか声出ないもんだ。闇のなかに目をこらし、追ってきた男の黒いシルエットを睨みつける。自分でも驚くほど冷静に声が出た。

「なんなのよ、あんたら。あたしのこと待ち伏せしてたってわけ? ばっかじゃないの、こんな真っ暗な、しかもゴミダメみたいな汚い部屋のなかで」

 相手の口もとあたりで、ふっと空気の動く気配がした。どうやら笑っているらしい。なにか喋りつづけていないと恐怖でパニックを起こしそうなので、あたしはことさらに語気を荒げて口汚くののしった。

「だまして、こんなとこへ連れ込まなきゃ女の子に相手してもらえないなんて、可哀想なやつらね。どうせ日の当たる場所じゃ晒せないようなちょー不細工なツラしてんでしょ、キモっ、まじキモっ、こんな手の込んだことしてねーで大人しく家に帰ってマスターベーションでもしてろって、このチンカス野郎っ」

 突然目の前でLEDが点灯し、まばゆい光があたしの目を射た。どうやらペンライトであたしの顔を照らしているらしい。瞳孔がすっと窄まり、暗闇に慣れていた目が痛みを覚える。光線を手で遮って顔をそむけると、とたんに嬉しそうな声がした。

「おっ、この子すんげー可愛い顔してるじゃん」

「どれどれ」

 右からも左からも、ペンライトの明かりが無遠慮にあたしの顔を照らす。

「おっ、まじ可愛い。やったな高木ぃ、お手がら、お手がら」

「でしょ、今日のはなかなかの掘り出しもんだと思ってるんだ」

 高木くん改め、高木のクソッタレの声だった。

「今日のはって……あんたたち、いつもこんなバカなことやってんの?」

「へへ、ダマされて、のこのこついてくる間抜けな女が多いもんでね」

「そうそう、飛んで火にいるなんとやら」

 別の男が、くくっと笑いを噛み殺した。その口もとあたりでタバコの火が揺れる

「……だけどよう、この前拾ってきた女はブスだったよな。ネズミみたいな出っ歯で、おまけに俺らの姿見たとたん小便垂れやがって。後で掃除すんの大変だったもんなあ」

 周囲でいっせいに下卑た笑いが起こる。こいつらって最低。後で交番へ駆け込んで洗いざらいチクってやる。でもそのためには、なんとかしてこの場から逃げなきゃ……。

「べつに怖がらなくてもいいんだよーん」

 いきなり男の一人が背後から抱きついてきた。左耳の後ろあたりにくんくんと鼻を押しつけてくる。不快な口臭と汗のにおいを感じて全身に鳥肌が立った。

「きゃあ、なにすんのよっ」

「おっ、この子けっこう胸デカいぜ」

 その男は、調子に乗ってあたしの乳をわしづかみにした。腕を振りほどこうにも、圧倒的な腕力の差に押さえ込まれてどうにもならない。

「やだってば、はなしてったら」

「おお、このおっぱいの揉み心地、たまらん」

 許せない――。

 かっと頭に血がのぼり、気づいたときには後頭部で思いっきりそいつの顔面に頭突きを食らわしていた。

「ぐわっ……」

 もろに鼻に入ったみたいで、ごすっと鈍い音がした。あたしに抱きついていた腕から一瞬だけ力が抜ける。今だっ! 肩で思いきり男を突き飛ばし、身をひるがえして夢中で駆け出した。とにかくこの部屋から出よう。そうすれば、廊下の窓を叩き割ってでも助けを呼ぶことができる。

「あっ、こら待て」

 いくつものペンライトの明かりが、脱獄囚を捜索するサーチライトみたいにあたしを追いかけてくる。どこよっ、出口どこ! さっき自分が入ってきたあたりを目ざして懸命に走る。お気に入りのパンプスが片方脱げたけど構ってられない。ついでにバランスをくずして床に転がっているイスに脛をぶつけたけど、痛がってる場合じゃなかった。なにせ今は、あたしの純潔がかかっているのだ。暗いなか、壁に激突してしまわないよう部屋の間取りを探りながら必死で走る。すぐにキャッシュレジスターを乗せたカウンターが薄ぼんやりと見えてきた。

 やった、出口あそこ――。

 そう思ったとたん、いきなり斜め後ろからタックルされた。二人もつれ合いながら勢いよく床に投げ出される。

「きゃあっ」

 倒れたひょうしになにか硬いものに頭を打ちつけ、まぶたの奥で火花が散った。

「痛ぁーい」

「逃がすかよ、このアマ」

「はなしなさいよ、くそったれ」

「うるせえっ、俺たちをナメんな」

 男は腕力であたしを仰向けにねじ伏せると、お腹のうえに馬乗りになって勝ち誇ったように言った。

「へへへっ、もう逃げられねえぞ、このバカ女ちょうしコキやがって。……効いたぜえ、今の頭突きはよぉ」

 そう言ったかと思うと、いきなり腕を振り上げてあたしの頬を張った。

 ぱしんっ、一発。

「ひっ」

 ぱしんっ、二発目。

「くう……」

 口の中に、じんわりと血の味が広がってゆく。ついでに涙もこぼれた。

「手こずらせやがって」

 そこへ他の連中もやってきて、みんなで倒れているあたしを取り囲んだ。一斉にペンライトの明かりが顔に浴びせられる。くそっ、泣いてるとこ見られた。

「逃げ足早ぇーな、この女」

「さっさと奥へ連れていこうぜ」

「よし、お前ら手ぇ貸せや」

 お腹のうえに馬乗りになっていた男が立ち上がり、あたしの両足首をつかんだ。すかさずもう一人が両手を持った。そして二人掛かりであたしの体を持ち上げ、部屋の奥にある廊下へと引きずってゆく。冗談じゃない。身をよじって必死に暴れる。とたんに横っ腹にケリを食らった。

「ひぐっ」

「騒ぐんじゃねえっ」

 あまりの痛みに体が硬直した。苦しくて息ができない。てゆーか、ふつう無防備な女の子の体にケリ入れるか? 痛いのと悔しいのとで、また涙が出てきた。……あたしこのまま、こいつらにヤラれちゃうんだろうか。やだやだ、絶対にいやだ。負けるなゆみ子、諦めたらお終いだ、あたしは女の子の意地と貞操をかけて最期の最期まで徹底的に抗いつづけるんだ。

「わーっ、うひーっ、むもーっ!」

 虚しい抵抗とは分かっていたけど、メチャクチャに体を捻りながら大声を出して懸命にもがいた。

「ばーか、叫んでもムダだって。この部屋の壁には吸音板が貼ってあんの」

「頭悪いんじゃねえか、こいつ」

 ちくしょう、バカにしやがって――。

 ようし、そんならこいつらの前でゲロ吐いてやる。思いっきり、うえーって吐き散らしてやる。さっきいっぱい食べたから吐く自信はあるぞ。サンドイッチに、サラダに、アイスクリーム……。さすがにこいつらだって、ゲロまみれの女を犯す気にはならないだろう。よしよし、吐くためになにか気持ちの悪い食べものでも想像してみよう。えーと、なにが良いかな。

 例えば、味噌汁に納豆を入れてみる……とか。

 あ、これだと普通に食べられるな。

 そんじゃ、カルピスに青汁混ぜて飲んでみる……とか。

 なんか抹茶ラテみたいで美味しそう。

 って違う違う、あたしのバカっ、食いしん坊、もっとハードコアに気持ち悪いもの想像しなきゃダメじゃない。例えば犬のうんちのハンバーグとか、使用済みナプキンの天ぷらとか、おじいちゃんの入れ歯の酢の物とか……。

 ううっ、あんまりおバカなこと想像してたら、気持ち悪いってよりもだんだん落ち込んできた。

 両側にビデオの試写室がならぶせまい廊下の突き当たりに、明らかに他の部屋とは作りの違うアルミ製のドアがあった。事務所だろうか。男たちはそのドアを引くと、いっち、にの、さんで勢いをつけてあたしをなかへ放り込んだ。

「ひゃあっ」

 一瞬だけふわりと体が浮き上がり、すぐにどすんとお尻から落ちた。痛ったーい……もうちょっと丁寧にあつかいなさいよ、くそったれ。

 どうやらその部屋は倉庫として使われていたらしく、古ぼけた段ボール箱がいくつか積まれている他は、がらんとしていた。コンクリートむきだしの床にはマットレスが一枚、無造作に敷かれている。その上に乱暴に転がされたあたしは、それでもすぐに起き上がってめくれたスカートをなおした。そして横座りの姿勢のまま、ずりずりと後ずさって壁ぎわにぴったり身を寄せた。

 部屋のなかにはLED製のランタンがひとつだけ置かれていた。キャンプなどで使うごついやつだ。その明かりを頼りに、あたしは改めて男たちの顔ぶれを一人ずつ確認してみた。光源が低い位置にあるせいで、どの顔も酷薄そうに見える。そして妙なことに気づいた。

 こいつら、どっかで見たことあるような……。

 男は、全部で四人いた。

 一人は、高木のクソッタレ。あとの三人は、顔じゅうニキビだらけの背高のっぽと、タバコをくわえた茶髪のデブ、それに体育会系っぽい筋肉ムキムキのハゲ。このハゲは鼻から血の垂れた痕があった。さっきあたしが頭突きを食らわせたヤツだ。

 どいつもこいつも、なんて人相の悪い。まるで道徳や社会秩序なんか屁とも思っていませんみたいな……あれ、ひょっとして。

 あたしの頭のなかで、ついこの間の出来ごとが鮮明にフラッシュバックする。

 ――思い出した。

「あーっ!」

 目の前に居並ぶ男たちを指さして叫んだ。

「あんたたち、電車のなかでヨウスケを襲った痴漢ーっ!」

 そう、こいつらは、あたしが初めてヨウスケと出会ったあの日、後ろからバイクを追いかけてきた男たちだった。ヨウスケいわく、強姦魔――。

 ってゆーことは……。

 ゆっくりと視線をめぐらせ、高木のクソッタレを見上げる。

「あんた、その手……サッカーで怪我したなんて嘘でしょ」



 つづく……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ