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理想の彼氏

 高木くん、きっとサッカーの話しかしないだろうなって思って、昨日は一夜づけでサッカーの知識つめ込んできたけど、でも意外なことに、彼はサッカーの話題にはほとんど触れなかった。あたしたちのお喋りはもっぱら学校生活のことからはじまり、最新のファッションやヒット曲、それから美味しいスウィーツを食べさせるお店に芸能ネタへと、とりとめもなく移り変わっていった。その間じゅう、彼はあたしたちの薄っぺらな話題にも難なく調子を合わせ、巧みに相づちを打っては場の雰囲気を盛り上げた。ときおり沙織が哲学的な話題なんかを振ると、高木くんは彼女が舌を巻くほどの博識ぶりを披露してあれこれとウンチクを語り、あたしたちを驚かせた。

 とにかく頭の良いひとだなあと感じた。

 あと、これはあたしの直感なんだけど、彼、意外と女の子慣れしてるかもしれない……。

 まあ、それも当然と言えば当然、このルックスだもんね。育ちだって良いし、モテて当たり前って気もする。可哀想に、横にならんだケンジがえらく霞んで見えた。てか、こいつの場合、基本的に下ネタかおバカな話しかしないし……。

 話も盛り上がりようやく彼ともうちとけてきたところで、がらごろとカートを転がしてウェイトレスがやって来た。

「お待たせいたしました」

 テーブルに次々と料理をならべてゆく。

 グリルド・チキンとマッシュルームのサンドイッチ。

 ほうれん草のクリームパスタ。

 シーザーサラダ。

 ストロベリーチーズケーキ……。

 だ、だれだ、こんなに食ういやしん坊は? あたしだ……。

 すべての皿が、あたしの目の前にならんだ。せっかく高木くんの前でおしとやかに振る舞って可愛らしさを演出していたのに、あたしってば大ピンチ。冷や汗を流しながら、この状況をどうフォローしたらいいか目をうろうろさせていると、見るに見かねた沙織が助け舟をだしてくれた。

「あれれ、ゆみ子そのパスタとケーキ、あたしがオーダーしたやつじゃん」

「え? ……ああ、そうね、あのウェイトレスさん、これぜんぶ、あたしが食べると思ったのかしら?」

「だよねえ、これからデートするってのに、こんなにいっぱい注文するバカいるわけないじゃんね」

 沙織が、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。う……、やな性格。

 やや引きつった顔で作り笑いするあたしの前から、パスタとチーズケーキが引っぱられてゆく。ずりりり。……ああ、あたしの愛しいストロベリーチーズケーキ。とろふわの食感と口のなかで広がる甘酸っぱい味覚を想像して、少し悲しくなった。でも沙織の友情には素直に感謝しなくちゃね。彼女にむかって目で「さんきゅ」ってお礼を言うと、同じくむこうも目で「当然ここの支払いは、あんただからね」と返してきた。はいはい、分かってますって。

 そんなあたしたちのようすを、高木くんは、なに言うでもなく終始にこにこと見つめている。やだなあ、なんか彼にはぜーんぶお見通しって感じ……。このていどの料理、ふだんなら大口あけてあっという間に平らげてしまうんだけど、王子様の視線を意識するあまり、食べ終えるまでに倍以上の時間をかけてしまった。それでもサンドイッチとサラダの味をじゅうぶんに堪能し、満足げな顔をしていると、ふふっと笑いながら高木くんが言った。

「ものを美味しそうに食べる女性って素敵だね」

「え?」

 やだなあ、あたしってば、そんなに意地汚い顔して料理食べてたのだろうか……。

「最近はプロポーションを気にしてちゃんと食べない子が多いけど、本来、女性の美しさってのは日々の健康のうえに成り立っていると思うんだ。それにものを食べる仕草って女性のチャームポイントのひとつでもある。料理を美味しそうに食べる女の子って、ほんと可愛いと感じるよ」

 まじっすか! 高木くんってば、まじっすか! 良いこと言うなあ、なんか嬉しくて泣けてくるよ。こんな食いしん坊のあたしのことを肯定するような発言。おお、神よ、このような素晴らしい男子とお引き合わせくだされたことを、わたくし生涯かけて感謝いたします、あーめん。……こんなことならパスタとケーキ、沙織にあげるんじゃなかったな。

 なごやかに食事も済んだところで、沙織があたしと高木くんを交互に見ながら、にやけた顔で言った。

「それでは宴もたけなわではありますが、あとは若い二人にまかせて、あたしたち邪魔ものは退散するとしますかね。うひひっ」

 こらこら、あたしたち同じ高校二年じゃん。てか、なによそのいやらしい笑いは。

 やがてあたしたちは、四人そろって店を出た。

 外は相変わらずぴーかんのお天気で、照りつける陽射しがちりちりとうなじを炙り、わきの下や背中からぶわっと汗が吹き出してくる。それでも午後になって少し風が出てきたみたいで、街路樹の枝をすき間なくうめる青葉がしゃらしゃらと揺れ、生暖かい風があたしの頬をなでてゆく。よく見ると、ずっと東の果てにもくもくと入道雲がわいていた。吸い込んだ空気がむっとするような湿気をふくんでいる。もしかしたら今夜は雨になるのかな……。

「じゃあなケンジ、今日はサンキュー」

 高木くんが、ケンジに向かって包帯の巻かれていないほうの拳を突き出した。ケンジがそれに自分の拳をちょんとぶつける。

「おう、そのうち気が向いたら電話でもくれや」

「分かった、きっとするよ」

 そしてお互い白い歯を見せ合って笑った。うんうん、青春だねい。ちなみにケンジは、相変わらず前歯が一本欠けている。いい加減、差し歯入れろって。

「沙織、いろいろとありがとね」

 白いノースリーブのワンピをお洒落に着こなした沙織に向かって、心からお礼をのべる。すると彼女は、ガッツポーズをつくって意味ありげにウィンクしてきた。

「ゆみ子、ふぁいと」

「うん、ありがと……」

 スカジャンの内ポケットから取り出したタバコをくわえ、火を付けようとするケンジの頭をぴしゃんと叩いておいて、沙織はバイバイと小さく手を振った。そのまま二人して、あたしたちに背を向け駅のほうへと遠ざかってゆく。仲良くならんだ後姿がファッションビルの角をまがる瞬間、ケンジが沙織の肩に腕をまわし自分のほうへぐいっと引き寄せるのが見えた。なんだかんだ言ってあの二人、けっこうお似合いなんだから……。

 ちょっと羨ましいなって思いながら、あたしは高木くんの顔をそっと見上げた。彼もあたしを見下ろし優しく微笑みかける。うん、この身長差がべりーぐっど、少女マンガに出てくる恋人同士みたいで、ちょっと良い感じ。

「さてと――。ゆみ子ちゃん、僕らはこれからどうしようか?」

 高木くんが言った。あたしは、つとめて控え目な女の子を演出しながら、少しはにかんで見せた。

「あの……高木くんにぜんぶお任せします」

「じゃあ、とりあえずこの辺をぶらぶら歩きながら考えよっか」

「うん」

 さっき出会ったばかりだし、手をつないだりなんてことにはならないだろうなって思ったけど、万が一ということもあるので、あたしは高木くんの右側を歩いた。彼、左手ケガしてるから……。でも、まるでそんなあたしの下心を見透かすかのように、彼はごく自然に指をからませてきた。びっくりして一瞬身を固くしたけれど、でもいつの間にか二人は手をつないで歩いていた。最初見たとき、彼のことウブで純情なスポーツマンだとばかり思ってたけど、なかなかどうして、かなり女の子の扱いには慣れている。ひょっとして、ものすごいプレイボーイだったりして……。

 雑居ビルのならぶ駅裏のせまい路地には、商売をあきらめてシャッターを下ろした店もけっこう多いけれど、思い出したようにぽつりぽつりと若者向けのブティックやら雑貨店が顔をのぞかせている。そんなお洒落でどこか怪しげなお店を一軒ずつ冷やかしながら、あたしたちは肩を寄せ合って歩いた。ときおり女の子どうしのグループなんかに行き合うと、きまって羨望のこもったまなざしをこちらへ向けてくる。うん、やっぱ高木くんって、存在感ばつぐん。ちょっとだけ優越感に浸って、るんるん、浮かれ気分になった。

 やがてめぼしいお店はあらかた見終わり、二人してクレープ屋のベンチに腰掛けてソフトクリームをなめてるとき、高木くんが言った。

「俺さ、親からは医者になれって言われてるけど、本当はもっと違うものになりたいんだ」

 そっと高木くんの顔を見る。彼は、ぼんやりとした目でどこか遠くのほうを眺めていた。その顔が妙に大人びていて、あたしはまた少しどきっとした。

「高木くん、将来はサッカー選手を目ざすんじゃないんですか?」

「まさか、そこまでの実力はないよ。うちの学校は県大会でさえ優勝したことないし、それにプロのサッカー選手めざしてるすごいやつなんて掃いて捨てるほどいる。俺なんかじゃ、とてもとても……」

 うーむ……じゃあ高木くんのなりたいものって、一体なんだろう? 溶けてくるアイスクリームを必死に舌先ですくい上げながら、あたしはあれこれと想像をめぐらせてみた。……分からん。

「ねえ、笑わない?」

 高木くんがあたしを見る。

「え……、ええ、もちろん」

 あたしも高木くんのことを見つめ返す。

「じつは俺、ガキの頃からずっと宇宙飛行士になりたかったんだ」



 つづく……。


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