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やだもう、高木くんって素敵!

 ヨウスケなんてもう知らない!

 一生口きいてやるもんか、あの、おたんこなすの、あんぽんたん、もう、ばかばかばかっ。

 あたしは顔から火のでる思いで、身をすくめて縮こまった。どうしよう……。高木くん、きっとあたしのこと軽薄で尻の軽い女だって思ってるだろうな。当然だよね、二股だもんね、彼からしてみれば「お前いったい、なに様のつもりよ?」って感じだよね、もうありえないよね、とんこつ醤油味のチーズケーキくらいありえないよね。ああ、へこむなあ……、この一週間ずっと思い焦がれてきた、ときめきの出会いのシーンが結局これだもんな。まじ喜劇だよね、笑っちゃうよね……。ヨウスケめ、おぼえてろよー、近いうちに必ずお仕置きしてやるからな、いじめてやる、泣かしてやるんだから……。

 あたしはヨウスケの心ないイタズラに内心憤慨しながらも、なんとかしてこの場を取り繕わなきゃいけない必要にせまられ、おそるおそる高木くんの顔を見上げてみた。

「あ、あの……」

 ところが慈悲深い彼は、あたしがなにか口にする前に、爽やかな笑みを浮かべてこう言った。

「はははっ、ひどいことをするやつがいるもんだなあ。こういうの愉快犯っていうんだろ? 無作為に選んだ女の子に狙いすましてイタズラをしかける。こんなことして喜ぶなんて、ほんと最低のやつだと思うよ」

 うんうん最低、ヨウスケなんてもう最低のお子ちゃま低能少女。それに引き換え、あたしの王子様ってすごく大人、まじ優しくってもう感動しちゃう。だってこの告発文を、根も葉もない場当たり的な犯行として、一笑に付してくれたんだもの。つまりは、あたしのことを信じてくれたってこと。こんなに純真無垢で可憐な美少女が二股なんてかけるわけないじゃん、わはははっ、片腹痛いぜ! みたいな。

 あたしはもう嬉しくって、この背の高い、イケメンの、優等生の、お金持ちのボンボンの、サッカー部のキャプテンのことが、ますます好きになった。……高木くんって、ほんと素敵。

「それにしても外は暑いなあ、俺こんなもん着てくるんじゃなかったよ」

 彼は、Tシャツのうえにライトグレーの薄手のパーカーをはおっていた。たしかに今日みたい、ぎんぎらぎんのお天気にはタンクトップ一枚着てればじゅうぶん、もしここが街中でなくて例えば友だちん家の庭先とかだったりしたら、海パンに麦わら帽だってぜんぜんオッケーなくらいだ。

 彼はじんわりと汗のにじんだそのパーカーを、鬱陶しそうに脱ぎはじめた。でも動きがなんだか不自然。左手はだらんと下げたままで、右手だけを窮屈そうに動かしてパーカーの袖から腕を抜こうとしている。

「なんだ高木、お前その手どうしたんだよ?」

 ケンジがのんきな声を出した。見ると、高木くんの左手は、手首から先が包帯でぐるぐる巻きにされていた。

「ああ、これか……。じつは練習試合でシュート受けそこねちまってさ。たんなる突き指だと思ってたんだけど、医者行って診てもらったら、もろ骨折してて……。参るよなあ、本当のこと言うと昨日ようやくギブスが取れたばかりなんだ」

「うわ、それは大変だったな。考えてみりゃ、ゴールキーパーってちょー危険なポジションだもんな。俺『少林サッカー』観てて、つくづくそう思ったよ」

「ははは、あれは映画のはなし。けどまあ、危険なポジションってのはその通りなんだ。敵の打ち込んでくるシュートを身を挺して阻止しないといけないからね。他の選手よりケガが多いのは致しかたない。俺も練習試合ではなんとか相手のシュートをはじいて僅差を守り抜いたんだけど、おかげで結局このざまさ。もうインターハイ出場はあきらめてるんだ」

 ちょっと淋しそうに微笑んで、高木くんはため息をついた。そうか、彼ケガしてたんだ。そうだよね、じゃなかったら今ごろインターハイへ向けて猛練習中のはずだもんね。女の子と遊んでるヒマなんてないよね。

 なんだか、ちりっと胸が痛んだ。高木くんサッカー出来なくて可哀想……。ややぎこちない動きであたしの真向かいに腰をおろす彼を上目づかいに盗み見ると、ちょうどむこうもあたしのことを見ていて、ばっちり目が合ってしまった。どきっとした。お互いの視線が瞬時にからみ合い、加熱してばちばちっとまばゆいスパークが散った。彼の瞳の奥には、なんだか無数の星が瞬いているように見えた。一方、あたしの目からはラブコメのコミックみたいにハートマークがびよーんとせり出した。くらっと目眩を感じ、あたしはそのまま俯いてしまった。やばっ、ラブエナジー強烈すぎで、早くも恋の防御シールドを突破されたもよう――。

 それから少しのあいだ妙な間があって、その沈黙にいたたまれなくなったあたしが捨て身のギャグを飛ばして場の雰囲気をなごませようかと覚悟を決めたとき、沙織がパンプスの先でケンジのすねを蹴った。のんきにストローの先をくわえてアイスコーヒーをすすっていた彼は、げほっと咽せたあと彼女の顔を見て二回瞬きした。

 ケンジ(はい?)

 沙 織(ちょっと、ぼけーっとコーヒー飲んでないで、彼にゆみ子のこと紹介してあげなさいよ)

 ケンジ(あ、悪りぃ悪りぃ、すっかり忘れてた。そういえば、こいつら初対面だったもんな)

 沙 織(当ったりまえでしょ。ほら見なさいよ、二人とも気まずくて黙りこんでるじゃないよ。まったく気が利かないんだから)

 ケンジ(わーったよ、今紹介するから、そうぽんぽん言うなって)

 一瞬のあいだに目と目でそんなやり取りを交わしてから、二人はあたしたちのほうへ向き直って、えへへーと愛想笑いを浮かべた。そのあとケンジがおもむろに咳払いして高木くんに言った。

「あー、一応紹介しておくよ。この子が電話で話してた、井上ゆみ子ちゃん。沙織のクラスメイトで、俺もけっこう付き合いは古いんだ。見てのとおりルックスはまあまあだし、話とかもけっこう面白いけど、なにせ気は強いわ、食い意地ははってるわ、男まさりにバイクは乗り回すわ、なんでもすぐ首突っ込みたがる厄介な性格してるわで、いやもう……」

 あたしはお行儀よくすすっていたアイスココアをあやうく吹き出しかけた。てめー、ふざけたこと言ってんなよこら。沙織が再びヒールの先でケンジのすねを蹴る。

「あ痛てっ、……いやなんつーか、その、とにかく根はとても良い子なんだ。だからまあ、つき合ってみて損はねーと思うぜ、ははは……」

 アホかい。あたしは再びまっ赤になった。なんて紹介のしかたしてくれんのよ、この軽薄チンピラ男は。こいつの空っぽの頭かち割って脳みその代わりにプリンアラモードでも詰めてやりたい。そんな衝動にかられたけど、今はそんなこと考えてる場合じゃない。ここはぐっと堪えて、あたしの王子様になんとか自分の可愛らしさをアピールしておかねば……。

「ゆみ子ですう、どうぞよろしくですう」

「俺、高木隼人といいます。ケンジとは中学時代の同級生で、高校は別々だけれど、このあいだばったりゲームセンターで再会して、その後なぜだかこんなふうに君と会う約束しちゃって……。俺、インターハイ出れなくなって、ちょっとへこんでたんだけど、でもおかげでキミみたいな可愛い子と知り合うことができて、こういうのケガの功名っていうのかなあ、なんて……とにかくよろしくね」

 そう言って、彼は真っ白い歯を見せながら笑った。その少年のような笑顔が、あたしの無防備なハートを撃ち抜いた。ずっきゅーん! そして、あたしの脳内BGMは、ワルツからサンバへと変わった……。



 つづく……。


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