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出会いはある日突然に

 この小説を、飯野こゆみさんに捧げます。


 テディーベアのヌイグルミの中にかくしておいたピンクのローターを、ママに見つかってしまった。どうやらあたしが留守にしてるとき、勝手にスイッチが入ったらしい。ママが、シーツを洗濯しようとベッドへ近づいたところ、ナイトテーブルのわきに置かれていたダッフィーのテディーベアが、ブイーン、ブイーンとリズミカルに唸っていたのでびっくりしたのだという。

 おかげであたしは、学校から帰るなり大目玉を食ってしまった。

「まったく、こんなものどこで買ってくるのよ」

 今どきローターなんて健康グッズのお店でふつうに売ってるし。

「子どもが持つものじゃありません」

 なに言ってるの、もう高二じゃん。

「とりあえずこれは、お母さんが処分しておきますからね」

 やーん、千八百円もしたのにーっ。

「こんなわけの分からないもの買うんだったら、しばらくお小遣いはナシです」

 もう最悪ーっ!

 ってなわけで、台風一過、ピーカンの青空のもと、せっかくの日曜日だというのに、あたしはブスッととふてくされてスターバックスのテラス席で甘ったるいフラペチーノをかきまぜていた。

「キャハハッ、ゆみ子ってば、ちょードジっ子」

 親友の沙織が、可笑しくってたまらないというふうに足をバタつかせている。あたしは、いよいよほっぺたを膨らませ、冷たいホイップクリームをむりやりのどに流し込んだ。

「あたしのせいじゃないもん、テディーのせいだもん」

「バカねえ、使わないときはちゃんと電池抜いておきなさいよ。アダルトグッズなんてものは、ほとんどがJIS規格外の製品なのよ。ショートして煙が出てきたなんて話もあるんだから」

「もうぜったい買わないっ」

「ウフフ、そのうちまた欲しくなるって」

「彼氏つくるもん」

 あたしは、さんさんと陽のふりそそぐオープンカフェの全景をぐるっと見渡してみた。休日の午前十時、駅前のスターバックスはカップルの姿であふれかえっている。ここで待ち合わせをして、それからデートへ繰り出そうというのか。もう、羨ましいったらありゃしない。

 煎ったコーヒー豆のにおいを胸一杯に吸い込んでから、ため息といっしょに吐き出した。

「ああ神様、あたしの王子様は一体いつになったら現れるのでしょう」

「なに言ってんの、あんたルックスちょーイケてんじゃん。その気になって声かければ、ケーキにたかるアリみたいにうじゃうじゃ寄ってくるって」

「――いや、そういうんじゃなくってさ」

 グロスの光るくちびるをペロッと舐めてから、汗をかいたコーヒーカップをコースターの上へ戻した。

「もっとこう運命的な出会いがしてみたいのよ。身を焦がすような恋ってやつ? ベルばらみたいにさァ、ちょっぴり危険なシチュエーションとかで……」

「ばーか、少女漫画の読み過ぎ」

「そうかなあ」

 カフェから見下ろす駅前のロータリーで、鳩がいっせいに飛び立った。鳩のむれは、風になぶられる少女の髪の毛みたいにグネグネと形状を変えながら、銀色の水しぶきを散らす噴水の方へと向かってゆく。

 沙織の携帯が鳴った。

「あ、ケンジからメール」

 素早くディスプレイに目を走らせ、ちょっと困ったような顔であたしを見上げる。

「ごっめーん、ケンジのやつ、これから会えないかって言うの」

 キツネのしっぽみたいにストラップのジャラジャラ垂れ下がった携帯をパチンと閉じて、片手でおがんでくる。その表情がいかにも嬉しそうだったので、なんとなく憎らしくなった。

「遠慮しないで行けばいいじゃん。あたしは一人ぼっちでも生きてゆける少女なんだから」

「そんなヘソ曲げないでよう。ケンジの友だちにカッコ良い子いたら、真っ先にゆみ子に紹介するってば、ね?」

「期待してないし」

 あたしはフンと鼻をならし、憮然とした表情でチョコレートマフィンにぱくついた。どうせ恋人もいないし――太ってやる。

「ゆみ子って、ほんとチョコ好きだよね。あんたとキスしたら、きっとチョコの味がするんだろうね」

「へへん、なんなら試してみてもよいぞ」

「いや……遠慮しとくわ」

 溶けかかった氷のかけらを噛み砕き、沙織はそっぽを向いた。その耳元で、赤い石の入ったきれいなピアスがふるんと揺れる。たしか、ケンジにおねだりして買ってもらったと自慢してたやつだ。

「沙織さあ、この前ケンジと大喧嘩してたじゃん。ぜったい別れてやるーって。それなのに、もう仲直りしちゃったわけ?」

「えへへ、来月の誕生日にカルティエのラブリング買ってくれるってゆーから、より戻しちゃったい」

「あいかわらず打算的な恋愛してるのねえ。惚れたはれたも金しだいってか?」

「ほっとけ。あふれんばかりの物欲と性欲が、今のあたしをつき動かす原動力になってんのよ」

 言いながら、沙織はコンパクトを覗き込んで素早く化粧をチェックした。

「ちくしょ、頭くんなあ、ファウンデーションをUVカットのやつにかえてから、メイクのノリがイマイチなんだよね」

「ツラの皮厚いんだし、そんな紫外線なんて気にすることないじゃん」

「やかましい」

 暑さのせいか、いつもならポンポン飛び出してくる減らず口の応酬も、今日はなんだか精彩を欠く。イスの背もたれにドンと寄りかかり、薄目をあけて空を見上げた。昨日までは雨雲を孕んで鈍色に陰っていた空が、今日は一転、それまでの憂さを晴らすかのように澄み渡り、どこまでもつづく硬質なコバルトブルーが、太陽光による連続スペクトルを無限にたたえながら視界いっぱいに広がっている。

 太陽の光を浴びると体内でビタミンDが生成されるって本当かな? だとしたら今のあたしの体はビタミンでいっぱいだ。

「悪りィんだけど、あたしそろそろ行くわ」

 沙織がトートバッグをつかんで立ち上がった。あたしは、慌てて言った。

「あ、バイクで送ってくよ」

「遠慮しとく。こんな短いスカートはいて二ケツなんか出来ないもん」

「……だよね」

 膝上二十センチのフレアミニをはいてタンデムシートにまたがるのは危険な行為だ。道行く男たちに目で犯されちゃうし、へたをすると携帯で写真撮られまくるかもしれない。けど、そう言うあたしだって、フェイクレザーのホットパンツをはいている。素足の美しさには少なからず自信があったりする。

「ゆみ子ォ、あんたそんなナマ足さらしてコケたりしたら、マジお嫁に行けない体になるぞ」

「こけないもん。あたし運転上手だもん」

 ウソです下手クソです。今朝も出がけに立ちごけして、おじいちゃんの大切な植木を半ダースほどおしゃかにしました。でもこの陽気、ライディングパンツなんてはけない。

 熱々ベタベタのカップルたちをかき分けるようにして店を出ると「安全運転しろよー」と捨てゼリフを残し、沙織は駅のほうへ去っていった。その後すがたが小さくなるまで見送ってから、あたしは颯爽とガード下にある駐輪スペースへ向かう。そこには通勤用のチャリを押しのけ、数台のバイクがとめられてあった。

 その中でもひときわ目を引く美しいカーディナルレッドのボディ、あたしの命の次に大切な愛車ヤマハXVビラーゴ。アメリカンタイプの可愛い二百五十CCバイクだ。

「あたしには、あんたがいるもんね。ぜんぜん寂しくなんかないよ」

 頑丈なケーブルロックをはずしシートにまたがる。ツインのリヤサスペンションがきしんだ音をさせて深く沈み込む。今年になって本気でダイエットを検討しはじめたあたしの全体重を軽々と受けとめる。傍若無人に前方へ突き出したフロントフォークがなんとも挑発的で、あたしのちっぽけな矜持に火をつける。自慢じゃないけど、ほんとは自慢だけど、うちのがっこでスクーター以外のバイクに乗ってる女の子って、あたしだけだ。

 ビンテージスタイルのハーフヘルメットをかぶる。白地にチェリーピンクのラインが入ったやつ。ゴーグルは水中眼鏡みたいなデザインでちょっと恥ずかしいけど、装着したとたん視界にモノトーンのフィルターがかかって、俄然あたしを非現実的な世界へといざなってくれる。

 さてと、どこへ行ってやろうか。

 どこでもいいや。

 みごとに晴れ渡った夏の空。

 十七才という多感な年頃――。

 自由にバイクを駆って未知の世界へ飛び出せば、どこへ行ったって、きっと何がしかの面白いことが待ち受けているに違いないんだから。

 両足を踏ん張って思いきりふんぞり返ると、あたしは力一杯キックスターターレバーを蹴り込んだ。

 ガコン。

 なぜか去年死んだおばあちゃんの、しわしわで優しい笑顔が浮かんだ。

 ――ゆみ子は、本当におてんばさんね。

 だめ、エンジンかからない。

 もう一度。

 今度は、現国の大山教諭の陰険なカマキリ顔を思い浮かべながら、怒りと憎しみをこめて思いっきりレバーを踏み込んだ。

 ガコン。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドルルーン!

 おっけー。

 特徴ある断続的なエグゾーストノートを放ちながら、空冷V型エンジンが息を吹き返す。重低音で唸りをあげるキャブレターが、あたしのキュートなヒップをズンズン震わせる。この快感は、アメリカンスタイルのバイクでなきゃ味わえない。

 カストロールモーターオイルの焼け付くにおいを胸いっぱい吸い込みながら、あたしは知らず知らずのうちに微笑んでいた。

 さてと、行きますか。

 バイクを発進させようと、腕に力をこめる。

 ――と、そのとき。

 突然、背後からほっそりとした腕があたしのウエストに巻きついてきた。ぎゅっと力をこめて抱きしめてくる。

 えっ、えっ、後ろにだれか乗ってる。

 恐怖で顔を引きつらせながら、背後を振り返る。そこには、精悍な顔つきをした美少女の鋭いまなざしがあった。

「きゃあっ」

 しがみつく腕を振り払おうと懸命にもがく。

「だ、誰よあんたっ?」

 肩をつかんで押し返そうとすると、その女の子はあたしの目をまっすぐに見つめ返し、女性にしてはちょっとハスキーな声で怒鳴った。

「いいから、早く出せよっ」

「冗談じゃないわ、ちょっと降りなさいよ」

「なあ頼むって、おれ今追われてるんだ」

 え?



 つづく……。


ゆこたん、お誕生日おめでとう!

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