第40話 悪役聖女と偽りの奇跡
私達が仕掛けた、甘い罠。それに、敵は、面白いように食いついてきた。
「国王陛下、ご容態が日に日に悪化しておられる」という偽りの情報は、王宮内を着実に蝕んでいった。侍医頭は、もはや何の効果もないはずの、しかし確実に呪いを蓄積させる薬を、毎日、甲斐甲斐しく「処方」し続けている。
そして、作戦開始から一週間後。ついに、彼女が動いた。
ヒロイン……慈愛の聖女が、国王陛下に正式な謁見を申し出たのだ。
「陛下が、重い病に伏せられていると聞き及びました。慈愛の聖女として、この身に宿る全ての力をもって、陛下をお救いしたいのです」
その言葉は、悲痛な響きを装いながらも、その実、待ち望んだ好機への、隠しきれない喜びに満ちていた。
これが、彼女たちの計画の総仕上げ。弱り切った国王を「癒やす」という茶番劇を演じることで、救国の聖女としての名声と、この国への絶対的な影響力を、その手に収めるための、最後の一手。
国王陛下は、私の筋書き通り、ベッドの上から、か細い声でその申し出をお受けになった。
「おお、聖女よ……そなただけが、頼りだ……」
儀式の舞台は、王宮で最も神聖な場所である「大聖堂」と定められた。国王の治癒という、歴史的な奇跡の瞬間を、全ての貴族と重臣たちに見せつけたい。ヒロイン側が、自らの栄光のために、そう望んだのだ。
もちろん、私達に、異論などあろうはずもなかった。
儀式の日の朝。王都は、荘厳な鐘の音と、国王の快癒を祈る人々の声に包まれていた。
私は、クレスメント邸の自室で、鏡の前に立っていた。侍女が用意してくれた純白のドレスを退け、私が選んだのは、一着の、深紅のドレス。
あの、卒業記念夜会の日と、同じ色のドレス。悪役聖女としての、私の、決意の証。
「リディア様、準備はよろしいですな」
「今日であの女の化けの皮を、根こそぎ剥いでやりましょう」
いつの間にか、部屋には、クロードとライナーが、護衛として控えていた。彼らの顔にもまた、決戦を前にした、硬い決意が浮かんでいる。
そこへ、もう一人、静かに入室してくる者がいた。アルフォンス殿下。彼は、王太子としての威厳に満ちた、気品ある白銀の正装を、その身にまとっていた。
「リディア。今日、全てを終わらせるぞ」
その青い瞳に、もはや、かつてのような迷いはない。
大聖堂へと向かう馬車の中、私達は、最後の作戦確認を行った。
第一に、ヒロインに、存分に「治癒の儀式」を演じさせる。
第二に、彼女が「陛下は、わたくしの力で快癒された!」と、その勝利を宣言した、まさにその瞬間に、芝居を打っていた国王陛下自身が、壮健な姿で、玉座から立ち上がる。
そして、第三に。混乱するヒロインと侍医頭の罪を、これまでに集めた全ての証拠をもって、白日の下に晒す。
それは、卒業記念夜会で、私が受けるはずだった断罪劇の、完全なるリベンジマッチ。
やがて、馬車は、大聖堂の前に到着した。中には、王国の全ての主要貴族、大臣、将軍たちが、固唾を飲んで儀式の始まりを待っている。ステンドグラスから差し込む光が、荘厳で、張り詰めた空気を照らし出していた。
祭壇の中央には、純白の衣装をまとったヒロインが、慈愛に満ちた、完璧な笑みを浮かべて立っている。彼女は、自らの輝かしい未来を、微塵も疑っていない。
私と殿下、クロード、ライナーは、国王陛下の玉座に最も近い、貴賓席へと着席した。
その時、祭壇の上のヒロインと、私の視線が、確かに交錯した。彼女は、勝利者の余裕で、私に、にっこりと微笑みかける。
私もまた、悪役聖女の、冷たい、そして、全ての真実を知る者の笑みで、それに応えた。
大聖堂の鐘が、高らかに鳴り響く。偽りの治癒の儀式、そして、本当の断罪劇の幕が、今、静かに、上がった。




