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第31話 悪役聖女と王の信頼

 太陽の騎士団の一件は、私が想像していた以上の速度で、王宮と貴族社会を駆け巡った。

 王宮へ帰還した私とアルフォンス殿下は、すぐに国王陛下の下へと召喚された。玉座の間には、既にガウェイン団長からの詳細な報告書が届けられていたらしい。

 国王は、その場にいた重臣たちを下がらせると、玉座から、ただじっと、私を見据えた。その瞳には、もはや私を試すような色はなく、純粋な問いかけだけが浮かんでいる。


「聖女リディアよ。そなたは、一体、何と戦っているのだ?」


 この国の王は、全てを見抜いていた。私が、単なる聖女の職務を越えた、何か巨大な存在と対峙していることを。

 私は、その問いに、隠すことなく答えるべきか一瞬迷った。だが、「アルカナの天秤」の名を出すには、まだ証拠が足りなすぎる。


「……恐れながら陛下。わたくしが戦っておりますのは、この国に古くから巣食う、人の心を蝕む『歪み』そのものにございます」


 私の答えに、国王は、満足したかのように、深く頷いた。


「……そうか。ならば、存分にやれ。王家は、そなたの働きに、最大限の敬意と支援を約束しよう」


 それは、事実上の「白紙委任状」だった。国王陛下自らが、私の活動の、最大の庇護者となった瞬間だった。


 王家という、これ以上ない後ろ盾を得た影響は、絶大だった。

 アンスバッハ家、ヴァイト家、そして、この国の軍事力の要である太陽の騎士団。これら有力な三つの勢力から、絶対的な支持と忠誠を得た私に対する、貴族社会の評価は、一夜にして百八十度変わった。


 これまで私を「冷酷非情な魔力マルサ」と恐れ、遠巻きにしていた貴族たちが、今度は「絶大な奇跡の力を持つ、頼れる聖女様」として、手のひらを返したように擦り寄ってくるようになったのだ。


 私の屋敷には、様々な家からの陳情や、厄介な相談事が、ひっきりなしに舞い込むようになった。


(……現金なものね)


 内心で毒づきながらも、私は、この状況を最大限に利用させてもらった。彼らの持つ情報や人脈は、いずれ「アルカナの天秤」を追い詰めるための、貴重な武器となるだろう。


 私の評価が上がる一方で、もう一人の聖女、ヒロインの周辺は、にわかに騒がしくなっていた。

 クロードの情報網によれば、彼女は、表向きは「慈愛の聖女」として孤児院への慰問などを続けつつも、裏では、特定の貴族たちとの密会を増やしているという。そこでは、不審な金の動きも確認されているらしい。


 私が、次々と彼らの計画の駒を無力化、あるいは奪い取っていることで、「アルカナの天秤」側が焦り、新たな手を打とうと水面下で動き始めているのだ。


 そんなある日、私は、アルフォンス殿下から、謹慎中の彼の部屋へと呼び出された。相変わらず、その態度はぶっきらぼうだ。だが、以前のような、刺々しい敵意は感じられない。

 彼の机の上には、私が持ち帰った騎士団の報告書や、禁書庫の資料が、山のように積まれている。彼なりに、この事件を、真剣に調査しているようだった。


「……おい、リディア」


 彼は、一枚の地図を広げ、私に示した。


「お前の言う『呪い』だが、これとよく似た症例が、別の場所でも起きている可能性がある」


 彼が指し示したのは、王国の南に位置する、港湾都市「サン・マドリア」。この国の経済を支える、活気ある大商業都市だ。


「この都市で、ここ数ヶ月、原因不明の『眠り病』が流行しているらしい。一度眠りにつくと、決して目覚めることのない、奇妙な病だ」


 眠り病。それは、ゲームでは、ヒロインが、その「慈愛の力」で人々を目覚めさせ、商人ギルドからの絶大な支持を得る、重要なイベントだったはず。

 アルフォンス殿下が、私に、初めて、自らの意志で、何かを求めようとしていた。


「これは、俺からの依頼だ」


 彼は、少しだけ躊躇った後、まっすぐに私の目を見て言った。


「……聖女として、この問題を調査してくれ」


 それは、補佐役としての義務ではない。対等な協力者としての、最初の「依頼」。

 私は、彼の大きな変化に驚きつつも、悪役聖女にふさわしい、自信に満ちた笑みで応えた。


「承知いたしましたわ、殿下。このリディアに、お任せください」


 「アルカナの天秤」の新たな陰謀が渦巻くであろう商業都市へ。物語は、また新たな舞台へと、その幕を開けようとしていた。


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