『サラバ、キュウジンルイ』
「CQ、CQ、CQ、こちら豊富タウンシェルター、応答願います。
CQ、CQ、CQ、こちら豊富タウンシェルター、応答願います。
誰かいないのかー! 誰か応答してくれー!」
無線機を操作している部下が私の方に顔を向ける。
『ダメデス、オウトウガアリマセン』
『モウスコシツヅケテクレ』
『ワカリマシタ』
6000年前、全面核戦争が勃発して人々は地下の核シェルターに逃げ込んだ。
当初は全世界に個人シェルターを含めて数百万のシェルターが存在していたが、10年、20年、100年、1000年と時が経つうちに次々と音信が途絶え、今部下が呼びかけているシェルターが連絡を取り合う事ができていた最後のシェルター。
それが10日程前、「1週間程前に発電機が故障し修理ができない、シェルター内では食料の奪い合いにより殺し合いが始まっている。シェルターを管理していた我々は此れから地上に出る。地上に出て生きていられればまた連絡するよ、でも駄目だった時の為に一応言っておこう、サヨナラ」
此の通信を最後に連絡が途絶えたままなのだ。
孤立した核シェルター内で何らかのアクシデントが発生した場合、全てそのアクシデントが発生した核シェルター内で対処しなくてはならない。
連絡が途絶えた核シェルターのように発電機の故障により、酸素と食料を得ていた植物が全て枯れ果てても、シェルター内で何らかの病気が蔓延しても、他のシェルターに助けを求める事はできないのだ。
比較的近くにあった友好的な他のシェルターに行き助けを求めても、助けを求められた方にとっては迷惑な話しだし、場合によっては敵対行為とみなされ殺される事もあったらしい。
私たちが暮らす核戦争が勃発する前に世界有数の財閥が建設した、豊富タウンシェルターも同じ。
核戦争が勃発した時に核シェルターに逃げ込んできた人の数が想定を上回っていた為に、核シェルターの拡大工事が行われていた。
その拡大工事中に、選りに選って溶岩に熱せられ煮えたぎった熱水が流れる地下水脈をぶち抜いてしまう。
ぶち抜いた所為で、豊富タウンシェルター内に煮えたぎった熱水か流れ込み高温の蒸気に覆われる。
他のシェルターならそれで終わりだったかも知れないが、豊富タウンシェルターはシェルター内を管理する私たちの先祖が暮らしていた管理棟が、一般の管理される者たちが住んでいた一般棟から隔離されていたお陰で、なんとか生き残る事ができた。
生き残れたとは言っても絶望的な状況に変わりはない。
管理棟と一般棟の両方で約20万人いた住民のうち生き残れたのは、たった2000人。
そのままだったらその後の100年程で全滅していたのだろうが、思わぬ僥倖を得る。
新しく誕生した者たちの中に、突然変異により高温に耐えられる皮膚を持った子供たちがいた事により。
続く数千年の間に我々は、高温に耐えられる皮膚を持つ子供たちとその子孫を中心に、煮えたぎった熱水が流れ高温の蒸気に覆われたシェルター内に適応した身体を得た。
今我々は煮えたぎった熱水の中を自由に泳ぎまわり、熱水に含まれる金属イオンを体内に取り入れて呼吸でき、熱水の中にいるバクテリアを食する身体になっている。
だから湿気が大敵の機器が置かれている乾燥した無線室に入る為に、私と部下は分厚い防護服を纏い熱水が詰まったボンベを背負っていた。
「CQ、CQ、CQ、こちら豊富タウンシェルター、応答願います」
無線機に繋いだ録音再生機を操作して、無線機越しに音声を流してる部下に声を掛ける。
『モウイイヨ、アノシェルターモゼンメツシタノダロウ』
『ハイ』
部下は無線機と録音再生機の電源を切ってから声を掛けてきた。
『コレラノキキハ、コノママハキシマスカ?』
『イヤ、ワレワレノシソンタチガイツカ、アタラシイブンメイヲキズイタトキノタメ二、カコノイブツトシテノコシテオコウ』
『ワカリマシタ』
私たちは無線室を密閉し、高温の蒸気で覆われているシェルター内に出る。
防護服を脱ぎながら無線室とシェルターを隔てている扉を見て私は呟いた。
『サラバ、キュウジンルイ』