シャンシャンの幸せ
2017年に上野動物園で生まれ、現在は中国で暮らすパンダのシャンシャン(雌)は、来月八歳の誕生日を迎える。人間もそうだが動物も小さい頃は可愛いが、成獣になると可愛いという表現は似合わなくなる。ところが、シャンシャンは瞳がクリっとして、その表情に今でもあどけなさがある。顔が母親譲りのまんまるで、丸いものは人間を安心させるらしいし、それが美形の要素になっている。
母親のシンシンはシャンシャンを産む五年前にも、雄の赤ちゃんを産んだが残念ながら死産だった。その時のシンシンの様子が可哀そうだったと、飼育員が話していたのをテレビで見たことがある。そのせいもあってか、シンシンは殊の外娘を可愛がり大切に育てたみたいだ。というのは、シャンシャンは赤ちゃんの頃、白い毛の部分がピンク色だった。実は母親が子の体を舐めると、唾液で毛がピンクになるそうなのだ。それだけ大切に可愛がっていた証拠だろう。ちなみにシャンシャンの四歳年下の弟妹である双子は、赤ちゃん時代もそこまでピンク色にはならなかったし、日本で生まれた他のパンダについてもそうだった。
そんな母の愛情を一心に受けて育ったシャンシャンは、時に雄なのではないかと思えるほどのお転婆ぶりも発揮するが、そればかりではなく繊細で少し気難しい面もある。用意された食事が気に入らないと怒って暴れたり、アクリル板を破壊したこともあった。それに、他のパンダにとっては大好物だというニンジンが嫌いだ。ユニークという言葉には時に変わり者的な意味が含まれるが、それが魅力になっているのがシャンシャンなのだ。
母親のシンシンは一言でいうと肝っ玉母さんで、与えられたものを選り好みしないで黙々と食べている。それも、食べられる部分を残すことなく食べつくす。取り敢えず食べていればご機嫌のようだ。それに比べて父親のリーリーは神経の細かい面があるようで、シャンシャンはこれを受け継いでいるように感じられる。シャンシャンは外見は母似で美形だが、内面は父に似ているみたいだ。
面白いことにシャンシャンの弟妹である双子について、雄のシャオシャオの方は父や姉に似て少し神経質な性格のようだし、雌のレイレイは母似で食べるのが好き。また大らかな性格のようだ。(あくまでも動画サイトを見ての想像だが。)
上野動物園へ一度も行った事のない私が、何故これほどまでにシャンシャンについて知っているかと言うと、上野動物園が過去に二年間に亘って、パンダ舎のライブ映像配信をしていたのを見ていたからだ。それはシャンシャンが一歳半頃から始まった。だから、一番可愛い時期のシャンシャンを見ることができたことになる。とても楽しい毎日だったが、当のシャンシャンにとってはママと離れなければならないという悲しい出来事もあった。
パンダは単体で生活する動物らしいので、独り立ちの時期になるとどの個体も親と離されるらしいのだ。例外もあるようだが中国から借りているパンダは、二歳になると返還されることが決まっているらしい。シャンシャンもその予定だったが、コロナの流行があったりして五回も延期された。結局2023年2月に彼女は中国へ行くことになるのだが、この渡航がシャンシャンにとっては大きな試練となった。中国へ帰ったパンダは一か月ほど経つと一般公開されるそうなのだが、シャンシャンの場合は慣れるのに時間がかかり、公開されたのは八か月後だった。その間のシャンシャンの様子について、飼育員の女性がインタビューに答えていたが、いきなり見知らぬ場所へ連れて来られた彼女は、内気、臆病で人見知りだったという。だから、最初はスタッフに対して吠えるなど威嚇する態度を見せることもあった。それに、日本に居た時からとてもグルメだったので、気に入らない竹や笹が出されると、何日も食事をしない日もあったという。その頃の動画もあるが、まるまるとしていた顔が痩せて見るからに痛々しかった。
そんなシャンシャンについて、予定通りもっと幼い時に返還されていれば、環境への順応も早くできたのではないかという見方もあったが、その説には個人的に納得し難い。何故なら、上野動物園に居る時、空調の工事の為に歩いて十分ほどの場所へ移動した際にも、たった二週間の仮住まいだったのに、元の場所に戻ってからもなかなか慣れることが出来ず、体重が七㎏も減ってしまったということがあったからだ。
ともあれ公開されてまもなく、日本から観覧に行ったシャンシャンファンに対して、彼女が顔を憶えているような様子を見せたことがあった。懐かしそうというか見方によっては、日本へ連れて帰って欲しいと言っているようにも思えた。
ところで、漸く中国での暮らしにも慣れてきたと思えるシャンシャンにとって、何が幸せだろうと考えてみる。今の生活で一つだけ良かったと思えることがあるが、それは一年中筍が食べられることだ。シャンシャンはリンゴの次に筍が好きなのだが、日本では一年の内の十日間くらいしか食べられない。毎日美味しそうに筍を食べている彼女をみると安心する。人間でも動物でも好きな物を食べている時は幸せだし、食べることは健康に繋がる。
今後のことだが、シャンシャンもいつかママになるのだろう。その前に相手を決めなければならないが、彼女のことなのでここでも、選り好みをするのではないだろうか?そんな心配もあるが、パンダ界のカリスマであるシャンシャンには、イケメンの相手を……というような中国の動物園関係者の記事を読んだことを薄っすら憶えている。めでたく相手が決まり赤ちゃんができたら、シンシンママのように肝っ玉母さんになるだろうか?
先日発表された、和歌山にいる四頭のパンダが来月中国へ返還される、というニュースにはびっくりした。いずれそうなるとは覚悟していても、あまりに急な話だったから。また、来年になると上野の二頭も返還されることになっているらしい。別に新しく借り入れるという話もあるが、もう借りなくても良いと思う。というより借りないで欲しい。見たい時には中国へ見に行けば良いだろう。シャンシャンが味わった試練を思うにつけ、パンダ外交と言えば聞こえは良いが、政治の為に利用されて住み慣れた場所から遠距離移動させられるのは、パンダにとって迷惑な話だから。