新たなルール
「お話があります」
いつのまにか日が暮れた部屋で、アリシアはまだ近いからと距離をとれるようエドルドを押し離す。
「話とは?」
油断すれば、すぐにでもまた抱きしめられそうだ。アリシアは距離感を保ったまま軽く咳払いをする。
「少し……自粛した方がよろしいかと」
「自粛とは?」
「キッ……2人の距離感についてです」
「もう少し具体的に言ってもらえないだろうか?」
絶対に分かってますわよねっ!? と強く言いたいところだが、言葉を飲み込む。ペースをのまれてはいけない。
「エドルド様、王位継承権は失ったと言いましたが、私たちの関係は……少し先走りだと思うのです」
「……」
「つまりですね……今後はもう少し、その、節度を持った関係を……」
「分かった」
真っ赤になって話す様子があまりにも可愛く、粘ろうかと思ったがすぐに降参することにした。初めて人を好きになり、それを伝えることが出来た。彼女の言う通り、王位継承権を失ったとはいえ、それで自由な生き方が出来るわけではない……
「塔を出る前に、もう一度だけ抱きしめても良いだろうか?」
「……はい」
真正面から包み込むように。この騒動が落ち着けば、どうなるのか、彼女の不安が伝わるようだ。
塔からは歩いて帰る。手を繋ぎ、エドルドが贈ったコートを着た。もらってから、一度も袖を通す機会がなかったが、ようやく着ることができた。
「どうですか……」
「…………あぁ、似合っている」
先ほどの約束が早速揺らいでしまうほど、よく似合っていた。自分が送ったものを着てもらうのがこんなに嬉しいとは。
「ふふっ、頂いた時も嬉しかったですけど、こうやって着てみると、もっと嬉しくなりますわ」
アリシアも同じことを思っていた。好きな人に贈り物をもらうことがこんなに嬉しいことだとは。
「学園に着けば、塔の報告をしなければな」
「そういえば、黙って出ていきましたから……皆さんに心配かけたこと、謝らなければいけませんね」
「…………」
なんとなく、ハッベルト先生よりも、ロナルドのことを想像する。きっと、かなり、小言を言われるだろう。
あの一戦で、おそらく凶暴な魔獣のおおかたを片づけたのだろう、日が暮れてしまった森だが、問題なく進み、想いが叶ってから初めて、穏やかな2人の時間を過ごせた。
「ただいま戻りました」
「っ!?」
2人が戻ると、そこにはまだ治療中であろうロナルドとその隣にはハッベルトが、共に門前で待ち構えていた。
「お父様? と、お、おじさま……」
なぜ門前に座り込んでいるのかは分からないが、ただ黙っている2人に、アリシアは驚く。
「〜〜〜〜っ!!!!!!!」
ロナルドは何も言わず、2人のつながれた手を凝視した後、手で目を抑える。
――――まさか、泣いてます? えっ!? お父様……も?
ロナルドの点滴の管を黙って持ち、なぜかそれを強く握りしめ顔を背かせる。
「…………あの、お2人ともとりあえず建物の中へ……塔の報告も……」
「君が……ここの生徒で、ここが学園であることに感謝するんだな」
「え……」
「…………アリシア、怪我はないか?」
「はっ、はい」
「そうか…………」
父が視線を合わさないことには慣れているが、何もない地面を見ながら話されるのは初めてだ。
「じゃあっ、聞こうか……その報告とやらを……とりあえず、ここからは学園だ。異性間の距離は最低3mとる決まりだ」
「そのような校則は……」
「今から適応だ」




