塔に入るまでの時間の使い方は甘く使います
時間はあまりない。急いで身支度を整え、エドルドにつかまる。
「…………」
「…………」
「……アリシア嬢? こんな時になんだが…僕につかまって欲しいんだが……」
「……つかまってますよ」
肩にちょこんと手を乗せただけの距離感に、寂しいと思ってしまう。移動魔法はエドルドが誰と移動したいか意図するだけでも良い、だが距離が近いほど負担は少ない。だが、それ以上に、もっとくっついても良いのではと、少し不満に思う。
「あー、これでは魔力負担が余計に……」
「〜〜っ! 分かりましたからっ! これでどうですか!?」
アリシアは前から抱きつくのは恥ずかしいからと、エドルドの背中にくっつき、腰に手を回す。これはこれで、密着感がありかなり意識してしまうのだが、あえて何も言わないでおく。
「…………」
「エドルド様?」
しばし幸せを堪能し、やはり王位継承権を捨てて良かったと思ってしまう。さぁ! 準備は整った、少し名残惜しいが、塔へと移る。
香を吸わないよう、ハンカチで口元を覆っておく。
「正面から行きますか?」
「それが良いだろうな」
塔に入れればまだ希望はある。正面入り口より、ゆっくりと入る。
「…………」
「……ふぅ。とりあえず、拒否はされていないようだな」
エドルドの推察どおりなら、塔に入ることは問題ない。だが、問題の香を取り除かなければ……
「あの、エドルド様……」
「なんだ?」
「バージニア家は塔に入れないのですから、香は外にあるのでは?」
「…………出よう」
一度外に出る。
「香の特徴はご存知なのですか?」
「いや、門外不出ゆえ僕でもその現物は見たことがない……魔力探知で引っかかるのかも微妙だな……地道に探してみるか」
「そうですわね」
バージニア家の家系魔法がどれほど特別なものか、改めて思い知らされる。王族で婚約関係に近かったエドルドですらこの程度の情報なのだ。カレンが私利私欲のために使ってしまったことが悔やまれる。
しばらく塔の周りを歩くが、香自体が見つからない。
「目で見えるものではないのかもしれないな」
「……先ほど、入り口から入った時は何もありませんでしたわ。私なら、対象者のいる部屋の近くで香を焚きますわね」
「なるほど、では君の部屋の近くの木か……」
上を見上げる。
あの日、ミオラに見えるよう幻覚魔法を使っていた者は、窓の外からわずかに近寄れていた。高さはあるが、木から移ればなんとかなりそうな距離だ。
エドルドは1人で行こうとしたが、アリシアも同行を希望する。
「移動先は木の上だ、もし落ちたら……」
「ここまで来たのなら一緒に探しますわ! これなら、問題ないですわよね?」
アリシアは自らエドルドの首につかまり、抱きつくように密着する。
「……分かった」
「あっ……」
アリシアを左手で抱きしめ、より身体をくっつける。
木の上に移動し、それらしきものを探すと
「これは、なんでしょう」
魔石のようなソレは独特の光沢があり、暗い色でよく見なければ分からないほど微量の魔力を感じる。
「おそらく、これから幻覚魔法の香が放たれているんだろう……」
エドルドは風下に移り、匂いをなるべく嗅がないように石を取り、しばらくじっと見る、布にくるむと、そのままソレだけを移動魔法で消す。
「木の上を中心に探した方が良さそうだな」
「でも、あれだけわずかな魔力では難しそうですわね」
「それなら、問題ない」
「?」
「一度どのようなものか分かれば、あとは探しやすいからな」
そう言って意識を集中させ、木々からは移動魔法ではなく、足の強化魔法によるジャンプで移りながら、わずかな魔力を放つソレを20個ほど回収する。よくもまぁ、これだけ仕掛けたなと感心してしまう。
「あの……」
「なんだ?」
「私から言ってなんですが、そろそろ降ろしてもらっても……」
「かまわないだろう?」
明らかにアリシアを抱えたままでは効率が悪い。エドルド1人で探せるのなら、自分は下で待っている、そう思ったのだが、なぜかアリシアを離そうとしない。
木の上では身動きを取りたくても取れない。アリシアを見つめる空気が甘くなるのを感じる。
「こんなところでは……」
喋ろうとするアリシアの口を塞ぎ、甘いキスを繰り返す。
「ダメでっ、んんっ」
どれほど時間が経っただろうか、息を切らしたアリシアに満足そうに笑う
「時間も充分経っただろうし、塔に入ろうか」




