貴族の嗜み
……気まずいですわ、ものすごく。
まだお昼時間前とはいえ、自由時間を過ごす数人の生徒たちから、控えめながらも何度も見られているであろう視線を感じていた。
しかし、アリシアへの興味というより、隣で何やら機嫌よい微笑みを浮かべる、この殿方に向けられているようにも感じる。
アリシアはそのついで、といった感じだろうか。
先ほど、アリシアは正式に名乗り、挨拶と謝罪を表したというのに、名乗り返すことも謝罪の受け入れも拒否もしないこの男に、困惑と不信感しかもてない。
学園に通っている以上、少なくてもアリシアよりは立派な紳士淑女教育を受けていることは間違いないわけで……
私みたいな下の家柄には敬意を表する価値がないと?
少しモヤっとしてしまう。
いや、上に立つ者ほど下の者のお手本となる振る舞いをしなければならない、それが貴族の美徳だと、確か家庭教師の先生がおっしゃっていたはず。
アリシアは社交場に出たことがなく、貴族としての関わりは初めてだった。もしかしたら、先ほどの挨拶が不適切だったのでは? と不安になる。
あんなに何度も練習したところで所詮は練習。
実技は経験がなければ形にならない。
それは何度も魔法の鍛錬を積んできたからこそ思う最大の不安要素だった。
内心、動悸が止まらなくなる。
そうよ、きっと。あまりにも私がみっともない挨拶をしてしまったから、きっと聞かなかったフリをしてくれたのかもしれないわ。
唇をかみしめる。この歳にもなって、挨拶一つまともに出来ないとは。
あまりの自身への未熟さに、すぐにでも塔へと逃げ帰りたくなる。
しかし、一度ならず二度も無礼な態度をとってしまったてまえ、案内役を買って出てくれたことを今更断ることもできない。
黙って食堂へ案内されるほかなかった。