まぶしい笑顔
「……ゴホンっ、ミオラ殿には絶対安静を言付かっておりまして、お食事はこちらの部屋にお持ちいたしましょうか?」
ホア爺がひと通りアリシアとの会話に花を咲かせた後、エドルドからの強い視線に気付き、慌てて話を戻す。
「あっ、えぇ……そうですわね。色々とお聞きしたいですが、食事のあとにでっ……あっ、きゃあ」
「失礼っ、動かなければいいのだろう」
そう言ってエドルドはアリシアを抱える。
「おっ、降ろしてください。殿下……」
「……エドルドだ」
「……っ?」
「……以前のように呼んではくれないのか?」
アリシアを抱えたまま立ち止まり、どこか悲しそうな声を出す。
思わず顔をあげると、エドルドと目が合った。その眼はまっすぐアリシアを見ており、どこか物悲しげに優しく微笑んでいる。
「……エドルド様」
「あぁ! では行こうか」
いつも以上に優しい声に、それ以上何も言うことは出来ず、アリシアは心臓の音が聞こえやしないか、思わず手で胸を抑えつける。
「では、こちらへ」
ホア爺は椅子をずらし、エドルドがそこへそっと座らせる。
「あっ、ありがとうございます」
食卓には、これまで食べてきた料理とは比較にならない色とりどりの食事が並べられていた。
新鮮な魚を使ったカルパッチョのサラダ
野菜を煮込んで綺麗にこされただろう混じり気のないスープ
ホア爺が作ったと分かる焼きたてのパンには、表面にバジルの特性バターが塗られている。色とりどりのフルーツは一口サイズに可愛く盛り付けられ、お皿の端には生クリームが添えてある。メインのお肉は表面が炙られ、中はほんのりピンク色が見えるよう軽くスライスされている。
そして、アリシアの右手奥には、ドロドロに混ざり合った薬草の液体?らしきものが強烈な臭いを放って……
「ミ、ミオラちゃ、いえ、ミオラ様が調合してくれたものですね。こちらは……」
独特な、なぜか酸っぱい臭いを醸し出すソレは、ホア爺のとびきりの料理をかすませる程の異様な存在感を出している。
「あぁ……ミオラ殿が毎食アリシア様に飲んでほしいと、お持ちになられまして……こちらの手紙と一緒に」
ホア爺が渡してくれた小さな紙には薄い花柄のデザインが施されており、封はなく、2回ほど折りたたんだだけのようだった。
『アリシア様 私は 救護班に戻り 1日も早く グレスビーを片付けます 次会う時は お友達として 楽しみにしています ミオラ』
「これは……」
通常、正式な手紙であれば家名をつけ、便箋に入れるものだが、手紙と呼ぶにはあまりにもシンプルなものだった。交流の機会がほとんどないアリシアでも、出入りする行商人から聞いたことがある。
若い貴族女性を中心に流行っている、親しい間柄でのみ交換されるというミニレターなるものがあるらしいと。
可愛らしいデザインの紙に、形式的なものは省き、それを交換する間柄には強い関係性を意味しているらしい。それは社交的な付き合いではない、友情や愛情、家族といった特別な相手に使うものだという。
ミオラとだけ書かれたサインは、ミオラ・カクシマディアとしてではなく、ただのミオラとして友人になりたいというメッセージが伝わってくる。
「っ!?」
「アリシアお嬢様?」
エドルドとホア爺は、涙をぼろぼろと流すアリシアに固まる。
「〜〜っ、大丈夫か?」
もっと気の利いたセリフが言えないものかと内心頭をフル回転させながら、なんとか声をかけるのが精一杯のエドルドに
「……えぇ。……とても嬉しくて」
「〜〜っ!?」
嬉しそうに微笑むそのまぶしさにまたもや固まるしかなかった。




