初めてのこと
「アリシア、これは一体……」
あまり話さない父ではあるが、塔に帰ってくるなり、珍しく自分から口を開いた。
一応娘の身を案じているのだろうか、自室に行く前に、アリシアの姿を探してくれたらしい。
そして、目の前にいるのはおそらく、魔力を消費し疲弊している娘の姿。
何度も火起こしの魔法を発動させたと思われる、少しだけ焦げた石壁、そして、何かのトラップに対処したであろう激しい拳跡があった。
「え、えへへ。簡易的にでもキッチンをと思ったのですけど、どうやら賢者様は温かさには無頓着な方だったみたいですわ」
慌てて立ち上がり裾をはたき、レディとしての姿勢を正す。
結局魔法では火を扱うことは出来なかった。一時的には可能だった。だが、スープを温めるにはあまりにも時間が足りなかったのだ。
「……長時間の火は火事になる。この塔は危険となる魔法は弾くと伝えただろう」
それだけ言うと背中を向ける父に心がざわつく。
お父様と、あたたかな食事をと躍起になってしまったわ。つい熱くなりすぎたわね……
これなら、書物の1つでも読んでた方が有意義な時間でしたわね。だからお父様に呆れられても私のミスですわ……
うんうん、切り替えなきゃダメよね!
ズズッ
鼻をすする。目頭あたりが同時に熱くなる。
母が鼻をすすれば、父は身体を冷やしたのだろうとすぐに上着をかけ、肩を抱くように部屋へ連れて行く。
だが、幼い頃からアリシアには、父に触れてもらえた記憶がなかった。
ここには母がいないから気にかけてもらえるかもしれない。とまでは、期待はしていない。
ズズッ
もう一度鼻をすする。
昔から、涙をこらえると鼻にくることが多かった。
「……明日からは学園で食事がとれるよう、かけあっておく。彼らが授業を受けている時間であれば、塔を留守にしても問題ないだろう」
「は、はい」
驚いた。
父がアリシアを直接気遣うような発言をしたのは、初めてのことだ。
寒くて鼻が出たわけではないんだけどな。
それでも、明日からはやっと、まともな食事がとれるのだ。
散らかった部屋を手早く片付け、手をあわせる。
「いただきます」
カチカチのよく冷えた干し芋を、やわらかくする気力も残っていない。
それでもしっかり残さずいただいた。