胸の締め付け
「急な呼び出しですまない」
応接室に入ると、呼び出したロナルドの他に、カレンとあの日いた従者がいた。おそらく、魔力を切らしてしまった残り2人はまだ養生しているからだろうか。ここには来ていなかった。
エドルドにはさすがにドアに入る前におろしてもらったが、片腕を貸してもらっている状態だったため、カレンは何か言いたそうに、だがロナルドの手前なんとか黙っていた。だが、我慢しているのが目に見えて分かる。
「……グレスビーのことだが、我が校、いや私の指揮下であればすぐに対応できるはずだったのだが……」
寝てないのか、顔色が前回よりも悪いように見える。
「どうやらヤツは闇化属性だった」
っ!? 全員が言葉を失った。
闇化…極限状態になると闇化モードとなり、どんな魔法も効かない状態になる。更に、受けた魔法は全て自身の闇魔法のエネルギー源に変換し、受けた攻撃以上の魔法を放つ。
「あの時、君たちが全員脱出できたのは、闇化のぎりぎり一歩前だったんだろう……」
続けてロナルドは
「……既に腕利の隊たちがやられている。そのうち数名は君の従者たちのように魔力が底をついている。おそらく、グレスビーが魔力を奪い取れるよう誘導している可能性がある」
「そんな……では、あの時僕がとどめをさしていればこんなことには……」
エドルドは拳をにぎりしめる。
今回、意図せず奇跡的に闇化する一歩手前で気絶させることが出来た。闇化属性への対処方法は2つ、魔法を吸収されないよう物理攻撃で仕留めるか、闇化する前に圧倒的一撃でしとめるか、なのだ。
闇化属性は、通常の生活ではただの魔獣として生活している。その為、自覚する前の初手が最も倒しやすいのも事実だ。あの時のグレスビーは、ただの魔獣として襲いかかってきた。しかし、闇化が発動した今なら、上がった知能と自覚した能力で、一筋縄ではいかなくなる。
「違うだろう。あの時君はその場に居合わせた全員の救出を優先させた。それは正しい判断だ。グレスビーは我々が思っているよりも賢い。やられたフリをして誰かを襲う可能性もあるだろうし、あの時既に闇化寸前であれば中途半端な攻撃は危険だ……この学園の衛兵達は精鋭部隊だ。いくら君でも、自分ならその場でやれたかもしれないなど、少し思い上がりではないか? 彼らに対する侮辱だぞ」
最後声色を落とし、エドルドを戒める。
怖い……その表情にアリシアは思わずそう思った。前回との印象と違いすぎる。エドルドを思っての言葉にも聞こえるが、その雰囲気は強めで、どことなく苛立ちすら感じる。
「……今回君たちを呼んだのは、状況を伝えたかったことと……」
ちらりとアリシアを見る。
「グレスビーは賢い。自分を攻撃した者の顔を覚えている……当然、臭いもだ。だから、結界でかためた学園から出ないようにと忠告したくてだな……」
「……私は危害を与えてはいませんのよ?」
青ざめた顔で、カレンはボソリと言う。
「もともとはっ、他人の婚約者と不貞をしようと森に入ったこの娘が原因ですのよっ? それ相応の罰を与えるべきですわよね?」
アリシアを指差し、強めの口調で物申す。
「……全員からの聞き取りで、森に入ったのは薬草探しのためだと分かっている。同行した彼も授業を終え、自由行動の時間での探索活動らしいな……君は、どうやら授業には届出なく欠席し、森に入ったとなっているが?」
「ですからっ! 婚約者として当然の行動をしたまでですわ!」
「……はぁ。その話は今、ここで話すことか?」
ロナルドが再び圧迫させる雰囲気を出す。その強めの口調に、でもと言いかけたカレンも思わず口を閉ざした。
「こんなところに呼び出したのはすまない。事の重大さを全員に伝えておきたくてな……アリシア令嬢以外、全員部屋に戻って良い」
カレンはエドルドの腕をもつ。
「エドルド様っ、寮まで送ってくださいますわね?」
「……分かった」
カレンはエドルドの腕にぴったり寄りかかるように退室する。
「……さて」
アリシアと2人きりになったロナルドは先ほどまでの重苦しい雰囲気から一変し
「アリシアちゃん、足は大丈夫?」
急にロナルドおじさんに変身する。
なんですの?この身の変わりようは……今回は足のせいで後ろに下がることが出来ない。
「うんっ、見た感じ思ってたよりも治りは早そうだね。さすがミオラ! と言いたいところなんだけど、彼女はどこに? アリシアちゃんの護衛を放置したのかな?」
にこりとした顔だが、なぜだか怒った雰囲気を感じてしまう。
「ミオラちゃ…ミオラは私の指示で救護班に一時的に戻っています……どうか、彼女のこと、怒らないでくださいませ? おじさま……」
アリシアの初おじさま発言にロナルドはぎゅーーーっんと胸が締め付けられる。
「くっ、苦しい。これがっ幸せなのかっ。こんな胸の高鳴り、対ドラゴン討伐で死闘を繰り広げた時以来の……」
そう言って胸を抑え膝から崩れ落ちる。
えっ、今すごい発言をされていたような……
「全く……あのカスラー君が君をエスコートして入ってくるものだから、つい彼への当たりがきつくなってしまったよ」
「カスラー?」
確か、エドルド・ログ・ディフェンサと名乗ってましたよね?
「ん? エドルド・ログ・カスラーだよ? 彼はきちんとした挨拶も名乗ってないのかい?」
カスラー家は……社交界と交流のないアリシアでも当然知っている名だった。
「王族ですわね?」




