温かいスープを飲みたい
「行ってくるよ、もし何かあれば……」
「分かってます。もしお母様の病に関して何か分かれば、すぐに報告に行きますわ」
「……留守を頼む」
父の言う何かとは、様々なしかけのある塔のリスクを危惧してるわけではない。
昔から母のことが第一優先であった為、こういった会話には慣れっこだ。
「さぁ、今日こそキッチンをなんとかしなければ!もう、保存食は嫌ですもの」
塔に関しては好きにして構わない。
学園の生徒が危険にさらされなければ。
それが学園からの条件だった。
「古の賢者様だって、スープくらい食べてたはずよ。じゃなきゃ凍え死んでたはずですもの」
塔はいくつもの保護魔法がかかっているが、厳しい寒さを緩和する保温魔法はかけておらず、石づくりの塔は、朝晩が特に冷える。
「うぅっ、せめて春だったらもっと時間をかけられたんだけど……」
平民出身の父が上流階級に教鞭をとる。
いくら実力があろうが、婿養子となって階級入りをしようが、『平民出身』というだけで、父の入職は一部の階層の抗議があり、説得するのに時間をとったのだとか。
古塔の管理人。
あくまで教授のサポート役として准教授とする。
どうにかその形で落ち着いたらしい。
父からすれば、病の研究が出来ればなんでも良かったわけなのだが。
学園の後期が始まるタイミングで勤めることになった父に、私も自らついていった。
名ばかりの令嬢ではあるが、我が家の財産はほとんど母の療養費に充てられ、暮らしは質素なものだった。
母の意向が絶対の父のため、最低限の淑女としての教育こそ受けられたが……
日常生活の世話は自分でしており、食事ですら自ら作っていた。
そのため、父と2人だけの暮らしでも問題はない。
というより、ただでさえ自分のことに無頓着な父を1人で行かせれば、食べない、寝ない、片付けない破壊的な生活が容易に想像できた。
「アリシア、お父様のことをお願い……」
母も同じことを思ったのだろう。
普段寝込んでばかりの母から、珍しく呼び出され、直に頼まれた。
「全く、お母様もお父様には弱いんだから……私だって……」
塔から見える学園に目をやる。
アリシアは今年16になり、貴族ならば誰ぞに嫁いでてもおかしくない。
だが、令嬢でも魔法の才があれば淑女教育の延長として学ぶことが出来、才能をもつレディとしてより良い縁談を結ぶことができる。
そのため、より良い学びをと教育に力を入れる親が少なくないのだ。
「さすがにここは無理だけどね」
セントミア学園は国内でも最高峰。
より優れた才をもち、紹介がなければ入学は不可能と言われている。
ここにきた日、
上質な生地でつくられているだろう煌びやかな制服に身を包み、お世話がかりの使用人を連れ歩く学生たちを見た。
アリシアは自分が場違いな居心地の悪さを感じてしまった。
「でも、私だって才はあるはずだわ」
片手から暖かな陽の光を作り出す。
それをそっと両手でつつみ、心地よい風とともに、ゆっくり光を混ぜる。
ホワッと空気が変わり、部屋の冷えがなくなる。
暖炉ほどではないが、手足がかじかまない程度にはなった。
「よしっ、これで作業ができるわ」




