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6話

 ゾルガスは歪んだ鎧を引きずりながら立ち上がった。その巨体を覆う黒鉄の鎧には、無数の傷跡が刻まれ、右半身の装甲は崩れ落ちている。露わになった異形の肉体からは瘴気が絶え間なく立ち昇り、空気を黒く染めていた。視線を私たちに向けるその目には、敵意と執念がぎらついている。まるで、この場で私たちを屠ることだけが彼の存在理由だと言わんばかりに。


「この私が、貴様らのような矮小な人間どもに屈するものか……!」

 ゾルガスの咆哮が大気を揺るがせる。黒い瘴気はさらに濃密になり、生き物のように渦を巻いて周囲を支配していく。その圧倒的な気配に、私は唇をきつく引き結んだ。

 

「あれが闇の防御魔法です。光属性を持たない攻撃では、刃が立ちません。でも、私が魔力を付与したその剣なら、あの瘴気を打ち消すことができます。どうか……信じてくださいませ」


 カズキが剣を握りしめ、静かに頷いた。

「……信じます」

 その静かな言葉に、確かな覚悟を感じた。


 私が返事をしようとしたとき、「いったい……どうなってるの……」とか細い声が耳に入った。


 振り向くと、杖を頼りに立ち上がろうとしている少女がいた。全身に力が入っていない様子だが、その目には強い意志が宿っている。神界で見ていた様子からこの子はカズキの仲間だろう。


「この人は味方ですか……?」

 少女が、か細い声でカズキに問いかける。

 

 私はカズキに目配せをした。私が女神であることはできるだけ伏せておきたい。そんな思いをカズキはすぐに察してくれた。

「ああ、彼女は強力な魔道士様だ。助けに来てくれたんだよ」


 少女はそれを聞き、かすかに微笑んだ。そして震える手で杖を握りしめ、かすれた声で言葉を続けた。

「ありがとうございます。もう魔力がほとんど残ってないけど……最後の魔法でカズキさんの力を少し引き出すから……それくらいなら……」


 詠唱が始まると、杖の先から淡い光が溢れ出した。その光はカズキへと流れ込み、彼の体を包み込む。

「……ありがとう、カリン」


 少女が倒れ込むように力を失った瞬間、私は思わず彼女を受け止めた。その身体は驚くほど軽く、冷たい汗が伝わってくる。彼女の顔は蒼白だが、その表情にはどこかやり遂げたような安らぎが漂っていた。

「体も限界だったでしょうに……強い子ね」


 彼女を抱き上げ、安全な場所へ運んだあと、振り返ってカズキに声をかけた。

「行きましょう、カズキさん。終わらせるわよ」

「はい!」


 ゾルガスは低い笑い声を漏らし、瘴気をまとわせながら剣を構える。

「貴様らごときがどんな小細工を弄しようと、このゾルガスには通じない!」

 その言葉と同時に、ゾルガスが突進してきた。その圧力に、地面が軋む音を立てる。


「いくぞ!」

 カズキが剣を振りかざし、突進してきたゾルガスに立ち向かう。その剣は闇を打ち払うように輝き、ゾルガスの防御を一閃で切り裂いた。


「なっ……!」

 ゾルガスの叫びが虚空に響き渡る。次の瞬間、カズキの剣がゾルガスの胸元を貫いた。


 ゾルガスの体が崩れ落ちると同時に、瘴気が霧散し、戦場の空気が一気に澄んだ。カズキは肩で息をしながら剣を地面に突き立て、小さく呟いた。

「これが……女神の力か。すごい……」


 私は軽く笑って応じた。

「降臨直後でしたので、少し出力が高かったようですね。これから私の体がこの世界に適応していけばもう少し穏やかに力を発揮できますわ」


 彼は振り返り、私に向かって真っ直ぐに微笑んだ。

「いえ、それでも素晴らしい力です。アーク様がいてくれて、本当に助かりました」


 私は静かに頷き、戦場の静けさを感じながら言葉を続けた。

「神界から見ていたときは、あなたが危なくてひやひやしましたけれど……間に合って良かったわ」


 カズキは少し照れくさそうに笑いながら、剣を鞘に収めた。その姿は、戦いを終えたばかりとは思えないほど、どこか晴れやかな雰囲気を漂わせていた。


 戦場を見渡すと、瘴気が完全に晴れ、太陽の光が地面を優しく照らしている。先ほどまでの激闘が嘘のように、辺りには穏やかな空気が流れていた。私はふと深呼吸をして、この世界の澄んだ空気を体に染み込ませた。

 

 新鮮な空気が肺に満ちていくと、戦いが終わったこと、そしてこの地上での新たな生活が始まったことが、ようやく実感として胸に広がっていく。


「キース! 生きてるか!」

 カズキの叫ぶ声に、私は視線を向けた。少し離れた場所で、少年が地面に大の字になって倒れている。


 「大丈夫そうですか?」

 私は少し躊躇いながらも問いかけた。

 

 カズキが駆け寄り、彼の顔を覗き込む。私はその後ろ姿を見守りながら、一抹の不安を覚えたが――次の瞬間、カズキが軽く笑いながらこちらを振り返った。


「……ああ、いびきをかいて寝ているよ」


 その言葉に、私も自然と笑みを漏らした。ふと視線を遠くに移すと、護衛対象であっただろう商人たちが荷馬車の陰からこちらを見ていた。その表情には、明らかに安堵の色が浮かんでいる。


「それは良かった。商人の皆様も無事のようですわ。とりあえず安全な場所まで行きましょうか。」

「そうですね。ぜひ私の仲間も紹介させてください。」

「ええ、私もこれからのこと相談したいですわ。」


 私たちは荷物を整え、戦場の後始末を始めた。カズキは地面に横たわる少年をそっと抱え上げ、私は意識を失っている少女を丁寧に抱きかかえる。それぞれの体を支えながら荷馬車の周りに向かうと、商人たちが次々に感謝の言葉を口にした。


 (どうにか間に合って良かったわ……。でも、カズキさんの勇気と力を間近で見て、少し安心しました。彼なら、きっと大丈夫。どんな困難でも乗り越えられるはず。だから、頑張れ私! 女神として、全力で彼を支えるのよ!)


 きっと魔王討伐までの道のりは大変険しいものになるだろう。でも、彼らとならきっと乗り越えられる。そう信じながら、冒険の一歩を踏み出した。

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