5話
「待ちなさい、エリス! こんな怪しい乗り物、絶対何か問題があるでしょう!?」
神界の一角。私は目の前に停まる、煌々と輝く”光速転送ボート”とやらを見つめて叫んだ。
――乗ったら最後、地上まで一直線!そんな謳い文句が書かれた包装紙を拾いあげ、思わず二度見する。
「さっき、アーク様も確認しましたよね。カズキさん、大ピンチなんですよ。今すぐ助けに行かないと手遅れになりますよ? ふふっ……少し危険かもしれませんけど、この光速転送ボートならあっという間に着きますからね! 女神アーク様の華麗なる降臨、私、楽しみにしてます。さあ、防護服は着ましたか?」
エリスは、完全に楽しそうな笑みを浮かべ、わくわくとした目で私を急かす。
「分かってるわよ! でもその楽しそうな顔はやめなさい!」
「ふふ、真面目な話ですよ? じゃあ、地上の注意点をおさらいしますね。」
エリスは楽しそうに言う。
――1つ目、地上と神界の通信は不可能。
――2つ目、神の力は大幅に制限される。
――3つ目、力を完全に解放すれば、強制的に神界へ送還される。
「もちろん、分かっていますわ。」
「ふふっ、アーク様が降臨するんですから、派手にいきましょうよ! それに、逆に考えれば1回だけは完全開放ができるんですよ。」
「あなた、やっぱり楽しんでいません?」
エリスは少しだけ笑みを浮かべたが、その目にはどこか柔らかい光が宿っていた。
「……いいえ、違います。」
私は思わず驚き、彼女を見つめる。
「本当は、すごく心配なんですよ。アーク様が地上に降りること自体、どれほど危険なことか分かっていますから。でも――」
エリスは静かに息を吐き、私の目をしっかりと見つめた。
「――アーク様なら、きっと大丈夫だと信じています。どうか、無事に帰ってきてくださいね。」
「……エリス。」
「私はここで待っていますから。」
そう言うと、エリスはいつもの笑顔に戻り、軽い調子で言葉を継いだ。
「さあ、そろそろ出発の時間です! 女神アーク様の華麗なる降臨、見届けてあげますからね」
――
「じゃあ、アーク様、しっかり捕まってくださいね!」
「ちょっ、待ちなさい! 私、まだ心の準備が――」
「時間がありません! ほら、カズキさんが今まさに危ないんですよ? ここで女神アーク様の華麗なる登場ですよ」
エリスはまるで観光案内でもするように笑いながら、発進レバーに手をかける。
「大丈夫です! 神様は常に堂々と、ですよね? 行ってらっしゃい、アーク様!」
「な、何その軽い送り出し! あなた、やっぱり!」
私は必死に抗議するが、エリスは完全に笑顔を崩さず、「女神の降臨、未来永劫語り継がれることでしょう」などと言いながら、レバーを思い切り引いた。
――ガコンッ!
「ひっ――」
次の瞬間、光速転送ボートはブオンと大きな音を立て、振動と共に動き出す。
「待って! このボート操縦桿が無いじゃないの! 操縦は! どうするのっ!」
私の叫び声は神界の空に虚しく響き、ボートは輝く光の尾を引きながら神界を飛び出す。
「自動運転で目的地まで行ってくれますよ! じゃあお気をつけてー」
エリスの声が風に乗って遠ざかっていく。
ボートは轟音とともに加速し、あっという間に神界を脱出した。風が容赦なく顔を叩きつけ、私の髪は完全に後ろへと引っ張られ、ふわふわの巻き髪が崩壊していく。
「こんな、こんなの聞いてませんわあっ!」
空間が歪むほどの速度で駆け抜けるボートは、まるで弾丸のように宙を滑っていく。空間の歪みが地上へのトンネルを作り出し、ボートは吸い込まれるようにそのトンネルへ入っていく。
「まさか、もう地上? ちょっと、減速して! こんな速度で着陸できるわけないでしょ!」
神界から見た景色が見えた。数日ぶりに見るカズキの姿も遠くから確認できた。
「ああ、さすがエリス。着陸ポイントはバッチリですわ。でも! 肝心の着陸があああ!」
地面が迫り、私の頭の中で警鐘が鳴り響く。女神である私が神頼みなど――。
「お願い! どうか誰も巻き込まないで――っ!」
強烈な衝撃が全身を駆け抜け、ボートは地面に突っ込んだ。砂煙が舞い上がり、周囲は一瞬静まり返る。
(やってしまいました。誰かにぶつかってしまったのでは。)
くらくらとする頭を抑えながら、ふらふらとボートから降りる。足元には巨大なクレーターができていた。
確認すると、どうやらカズキと戦っていた魔王軍のゾルガスが横たわっていた。まるで何かに叩き潰されたかのように鎧は歪み、目は半開きで、呻き声すら出ていない。
衝撃と疲労で頭がぼんやりしている中、慌てた様子で青年が駆け寄ってくる。カズキだった。
「アーク様!? どうしてこんなところに……!」
彼の顔を見た瞬間、何故か心の底からホッとした。数日前に初めて会った仲だというのに、光速旅行と無茶な着陸で心はもう限界だ。
「カ、カズキさん……お久しぶりですわ。無事ですのね?」
私の声は震え、自然と涙目になっていた。
「え? あ、はい……僕は大丈夫ですけど……えっと、今のは、アーク様が?」
「……そうですわ。私が――降臨しました。」
胸を張り、威厳を保とうとするが、髪はボサボサ、服は砂埃まみれ。呆気に取られたカズキの視線が痛い。
「それでどうして、女神様が地上へ? 僕が負けそうだったからですか? 申し訳ありません……」
「いえ、違います。それについては……むしろ私の方が謝らなければならないのです。」
カズキの困惑を前に、私は意を決して言葉を続けた。
「カズキさん、魔王軍と交戦していて、敵の攻撃が効きにくいと感じませんでしたか?」
「……言われてみれば確かに。」
「ここエルデランでは、魔王軍は闇の防御魔法を使いますの。その防御を突破するには、光属性の攻撃が必須なんです。」
「なるほど。それで――」
「なのに……光属性のスキルを……渡し忘れてしまいましたの……っ!」
私は涙目で頭を抱え、肩を震わせた。
「えっ、ええと……つまり、今から新たにスキルを授けてくれるんですか?」
カズキは冷静に尋ねるが、私は顔を横に振った。
「それが……カズキさんはもうこれ以上スキルを持てないのです。」
「えっ……?」
「だから……。」
私は涙を拭きながら、震える声で言った。
「私を、連れて行ってくださいませ! 光属性魔法が得意ですの!」
私の宣言にカズキは一瞬言葉を失ったようだったが、次の瞬間、微笑みを浮かべて頷いた。
「分かりました。女神様が一緒なら、心強いです。」
「……ありがとうございますわ。」
心なしか少しだけ救われた気がした。
その時だった。
「ぐっがあ! なんだ、いったい……!」
地面に倒れ伏していたゾルガスが立ち上がった。歪んだ鎧を軋ませながら、こちらを睨みつけている。その目には怒りと殺気が宿っていた。
「アーク様、お下がりください!」
カズキが剣を構え、私をかばうように一歩前に出る。その姿が、かつて神界で見送った時よりもずっと頼もしく見えた。
「いえ、私もお手伝いしますわ!」
私は焦りながらも、地上での力の制限を感じつつ光属性付与の呪文を唱え始める。
「神聖なる光よ、その力を宿せ――!」
私の手のひらから柔らかな光があふれ、カズキの剣へと吸い込まれていく。剣は輝きを放ち、まるで太陽の一部を切り取ったかのように光り輝いた。
「これで、攻撃が通りやすくなったはずですわ。」
カズキは剣を見つめ、その輝きを確かめるように握り直す。そして、口元に力強い笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
その短い言葉には、迷いのない強さと私への信頼がはっきりと感じられた。
私は息を整え、彼の背中にそっと手を当てる。その背中は広く、力強く感じられた。
「初めての連携、見せつけてやりましょう!」
「はい、アーク様!」




