4話
カズキ視点になります。
前世では体育教師をやっていた。校庭で子どもたちが元気に駆け回る姿を見るたび、心が温かくなったものだ。彼らが健康で丈夫に生きられるよう、丁寧に教えることを大切にしていた。一度、教育者としての功績を認められ、教師賞をいただいたこともある。そのときは誇らしい気持ちになったが、心のどこかで別の世界、新しい舞台を夢見ている自分に気づいていた。
そして、今――目の前には、見たこともない光景が広がっている。あのとき夢見た『新しい世界』。だが、目に映るのは穏やかな風景ではなく、暗雲が立ち込める戦場だった。
――
「と、いうことで、あなたは死んでしまいました!」
突然、派手なシャツ姿の男がこちらを指差しながらにこやかに告げる。
「死んだ……のですか」
その言葉に一瞬息を呑むが、冷静さを保ちつつ記憶を辿る。
「記憶があまり鮮明でなくて。その……そのときのことを教えていただけますか。」
「ああ、そうねー。交通事故だよ。車道に飛び出した子どもを助けようとして――トラックにはねられた!」
軽い調子で手を振りながら説明され、眉をひそめる。
「……そうでしたか」
目を閉じ、子どもの叫び声、走り出した自分、車のクラクションを思い出す。
「……あの子はどうなりましたか?」
「ああ、大丈夫! 無事だったよー。ちょっと気絶してたけど、そのおかげか、ショックなところは見なくて済んだしね。あなたのおかげで助かったんだよ、ほんと素晴らしい!」
親指を立てて笑顔を見せられる。少しだけホッとした。
「……それを聞いて安心しました」
深く息を吐き、気持ちを切り替えようとする。
「あの、ところであなたはいったい?」
俺がそう問うと、男はにやりと笑って答えた。
「ああ、僕ね神様。君が今まで住んでいた地球を含む世界を管理しているの」
「な、なんと。神様に対して失礼を……」
額に冷や汗が流れ、あわてて謝罪をしようとしたが、その態度を見て男は更に笑みを深めて答えた。
「大丈夫、大丈夫。僕そういうの気にしないから。」
「ありがとうございます。しかし、ここはどこで……私はこれからどうなるのでしょうか」
「そう、それよそれ!」
嬉しそうに手を叩く音が響く。
「君、転生することになったんだよー! 特別、適性が確認されたんだ」
「転生……ですか」
その言葉を反芻する。驚きとともに、胸の奥で小さな希望が芽生える。
「そう! 異世界で新しい人生スタート! しかも、特別な力とかもつけちゃうからね。これ、楽しいと思わない?」
「……ありがとうございます」
感謝を込めて深く頭を下げる。
「ただ、素直に楽しめるかどうかは分かりません。私が異世界に行くには何か果たさねばならない使命などがあるのではないでしょうか」
「いやー、真面目だねぇ! いいね、そういうの好きだよ!」
楽しげに笑う相手を見て、少し戸惑う。
「ちなみに前世への未練とかってある?」
「前世への未練……と言えば、無いとは言えません。ですが、それよりも、私にしかできない使命というものがあるのであれば、それを全うしたいと思います」
「おお、いいねぇ! その調子! 真面目で実直、そりゃ適性があるわけだよ」
満足げに頷く姿が目に入る。肩を軽く叩かれ、戸惑いながらも問いを続ける。
「でもさ、異世界に行ったら少しは肩の力抜いてもいいからね? 楽しむのも大事だよー。人生、一度きりじゃなくなったんだから!」
「……肝に銘じておきます」
軽い態度に苦笑しつつ、内心で決意を新たにする。
「じゃあ、詳しい話なんだけど、君には剣と魔法の世界『エルデラン』に転生してもらいます。ただし、転生と言っても赤ん坊からやり直すのではなくって、今の君の姿で記憶もそのまま生まれ変わってもらうよ。君の使命はただ一つ! 魔王を討伐すること。いろいろと勝手が違って大変かもしれないけど頑張ってね」
「いきなり異世界に行って、私は戦うことができるのでしょうか。体を動かすのは得意ではありますが……」
「大丈夫さ、これから寄る神界で君にはスキルが授けられるし、到着してすぐ魔王と戦ってきてってわけではないから。いわゆるレベル上げをする期間はたっぷりあるよ」
「それを聞いて少し安心しました」
微笑みを浮かべてそう返すと、彼は笑って頷いた。その仕草はどこか気楽で、神という存在への威厳のようなものを感じさせない。しかし、これまでの話を聞く限り、彼がただの軽薄な存在ではないことも分かっていた。
「じゃあ、そろそろ準備しようか! 次の目的地は神界。君の転生に必要な手続きをする場所だよ」
彼が手を軽く振ると、足元から淡い光の輪が広がり始める。眩いばかりの輝きが視界を満たし、思わず目を細めた。
「神界、ですか……」
ぼんやりと広がる光の中、私は彼に問いかけた。周囲の景色は既に溶けるように消え、まるで自分が無重力の中に浮かんでいるような感覚がした。
「神界ではね、転生を管理している神様がいるからその人の言う事ちゃーんと聞くんだよ」
「あなたは?」
「僕はここまで! 君の楽しい冒険を祈ってるよ!」
彼はにっこりと笑って頷く。
「お世話になりました!」
「がんばってね〜」
光の輪が完全に広がりきると、全身が優しく包み込まれるような感覚に変わる。不思議と怖さはなかった。むしろ、体の芯から力が湧き上がるような、清々しい気持ちが満ちていく。次の瞬間、光が一気に強くなり、視界が完全に別の場所へと切り替わった。
目の前には、壮大な光景が広がっていた。天空に浮かぶ白亜の宮殿、虹のように輝く階段、そして空に舞う無数の光の粒。それらすべてが現実離れした神々しさを放っている。これからの期待を胸にあたりを見回した。近くにはこれまでに見たことのないほどの美人が立っていた。
「こんにちは。サイトウ・カズキさん。私は女神アークです」
その声は透き通るように清らかで、思わず息を呑んだ。
「初めまして、アーク様。私はサイトウ・カズキです」
初対面の挨拶をしながらも、その神々しい美しさに心が揺れるのを感じた。
それからはあっという間だった。別れ際、女神様にもう一度会えるかと聞いた。「世界を救えればきっと」と微笑む彼女の瞳には、どこか後ろめたさのようなものが見えた。
その微笑みに、自分でも驚くほど胸が締め付けられる思いがした。
そうして、降り立った新たな地エルデランはまさに異世界と言える景色が広がっていた。
柔らかな緑の絨毯のように広がる草原が一面に広がり、その向こうには、なだらかな丘と低い山々が連なっている。どこを見ても人工的な建物は見当たらず、空気は澄み切っていて爽やかだった。都会の喧騒から解放されたその空間は、どこか心を軽くし、深呼吸したくなるような清々しさを漂わせていた。
「さて……まずは人のいる場所を探さないと。これからのためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかない」
広がる草原を見渡しながら、俺は小さく呟いた。目に映るのは大自然ばかりで、道らしい道もないように見える。しかし、ふと草むらの中に踏み固められた跡を見つけた。近くに人がいるのかもしれない。俺はその道らしきものを辿ることにした。
数時間歩くと、木々の間から街道が見え始めた。街道沿いには荷馬車や歩いている人々の姿もあり、彼らが向かう先を辿ることで、やがて小高い丘の向こうに城壁で囲まれた街が姿を現した。街の門は大きく開かれ、見張りの兵士が立っている。門の向こうからは活気ある人々の声や、商人たちの呼び声が聞こえてきた。
「これが……エルデランの街か」
門をくぐり抜けた途端、視界は賑やかな光景に一変した。行き交う人々、立ち並ぶ露店、見上げるほど大きな建物……俺が今まで見たどの街とも違う雰囲気に圧倒される。
ひとまず俺は目立つ看板を見つけ、「冒険者ギルド」と書かれた建物に足を運ぶことにした。
冒険者ギルドは活気に満ちていた。報酬を受け取る冒険者や、依頼を探す人々が集い、掲示板にはびっしりと任務の紙が貼られている。俺は受付の女性に事情を説明し、仲間を探している旨を伝えた。
運よく、仲間はすぐに見つかった。魔術師のカリンと短剣使いのキースの二人だ。
「よろしく、俺はキース!」
キースは快活な声で挨拶をしてきた。12歳で村を出て冒険者として活動していた彼は、鋭い目つきと引き締まった体格をしている。対照的に、カリンはやや控えめな様子で軽く頭を下げた。
「は、初めまして……カリンです。よろしくお願いします」
「カリンは魔術学院を卒業したばかりで、この街に来たばかりなんだ。俺とは幼馴染でね、偶然再会したんだよ」
この街で再会した二人はパーティーメンバーをちょうど探していたらしい。話を聞くうちに、彼らのバランスが取れた実力に加え、誠実そうな人柄に俺は安堵感を覚えた。
「さっそくだけどさ、何か依頼を受けようぜ。ちょうどカズキの実力も知りたいしさ」
「ちょうど、薬草採取のクエストを受注したところなんです」
「ありがとう。それじゃあ、行こう」
その日、俺たちは街の外れに広がる森林地帯へ向かった。初めての魔物討伐も経験したが、経験豊富なキースが俺とカリンに指導する形で進めてくれた。魔物との戦闘は緊張の連続だったが、何とか乗り切り、俺たちは自然と息の合った連携が取れるようになっていった。神界で授かったスキルも最初はぎこちなかったが、戦闘を重ねるにつれて、体に馴染んでいるように使うことができた。
「なんだかんだ、相性のいいパーティーかもな」
キースの軽口に、俺は笑顔を見せたが、心のなかでは同じ考えだった。
――
数日後、護衛対象の商人を中心に、俺たち三人は隊列を組んで街道を進んでいた。この数日間で、俺たちはさらにお互いの動きを理解し、連携を深めていた。護衛対象の荷馬車も順調に進んでおり、今回も問題なく任務が終わると思っていた。
だが、その油断は突如として断ち切られた。
「……っ! みんな、止まれ!」
キースが鋭く叫ぶと同時に、前方に赤い落雷が落ちてきた。次の瞬間、大地を揺るがすような衝撃音と共に、禍々しい鎧に身を包んだ異形の存在が姿を現した。その鎧は血のような赤黒い光を放ち、全身から滲む邪悪な気配が辺りを圧倒している。瞳は赤く光り、人ならざる異様な雰囲気を漂わせていた。
「あれは、ゾルガス……!」
カリンが震える声で呟く。
「ゾルガス? 知っているのか?」
俺が問うと、カリンは顔を青ざめながら説明する。
「魔王軍の尖兵として知られる魔族です。通常の魔物とは違い、非常に高い戦闘力と残虐性を持っています」
「神界の気配を感じたからわざわざ来たがどれが神界の回しもんだ? まあいい全員殺せばいいことだ」
ゾルガスと呼ばれた異形は剣を抜き一直線に突進してきた。
「来るぞ! カリン、防御魔法だ!」
「はい!」
カリンが震える手で杖を掲げ、魔法の障壁を展開する。しかし、ゾルガスの剣が振り下ろされると同時に、障壁はあっさりと砕け散りカリンは後方へ吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
キースが短剣を構え、素早く間合いを詰めるが――。
「甘い」
ゾルガスの剣が一閃し、キースは吹き飛ばされた。地面を転がり、呻き声を上げる。
「キース、大丈夫か!?」
俺が叫ぶが、返事を待つ余裕はなかった。ゾルガスはすでに俺に向き直り、その剣を構えていた。
「次はお前だ。他の二人とは違った気配を感じる。お前が神界の遣いか」
俺はスキル「大防衛」を発動し、カリンとキースを守るための障壁を展開する。それと同時に、剣技スキルを発動して迎え撃つ。しかし、ゾルガスの剣は重く、速い。
体に重くのしかかる魔力の消耗に、視界がぼやけ始める。
「くそっ……! スキルの同時発動っ……。こんなにも魔力の消費が激しいのか!」
反撃の隙を探すが、全く見当たらない。徐々に押されていく中、体は重くなり、視界も霞んできた。
「もう終わりか? その程度か……神界の力とやらは!」
ゾルガスが冷笑を浮かべ、再び剣を振り上げる。その黒い稲妻をまとった剣からは、俺たち全員を消し去るつもりだという殺気が滲んでいた。
「終わりだ――」
恐怖で体が動かない。カリンは呪文を唱えようとするが、その声は震え、途切れ途切れになっている。キースは血を流しながら立ち上がろうとしているが、その手足は力を失っていた。
――ここで、本当に終わるのか? すまない神様、俺は役目を……。
その瞬間、天が裂けたかのように眩い光が降り注いだ。暗雲が切り裂かれ、世界そのものが震えるような神聖な気配が辺りを包み込む。
「な、なんだ……?」
ゾルガスが剣を止め、見上げる。
空気が一変し、光の中心から1つの人影が現れる。その存在は、まるでこの場の運命を一手に握るかのような圧倒的な威圧感と神聖さを纏っていた。
次回更新は月曜日です。
追記
月曜更新できませんでした。
ごめんなさい。




