1話
私、女神アークは、神界で異世界転生を司る役割を担っている。
神界と悪魔界は長い間、直接争うことを避けて均衡を保ってきた。両者が真正面からぶつかれば、すべての世界に甚大な影響を及ぼしてしまうからだ。
悪魔界は地上に魔王を創造し、その圧倒的な力をもって世界を闇で覆い包もうとしている。対して、神界は人間に力を与え、悪魔界の脅威に立ち向かわせることで対抗している。特に近年では、神界が送り込む"異世界人"と呼ばれるイレギュラーな存在が、この争いの行方を左右する重要な戦略として注目を集めている。
私はその転生者を選び、送り出す役目を担う女神だ。
長い銀髪に青い瞳を持つ眉目秀麗な女神として周囲からも慕われていたが、その実は……。
――
「アーク様、またやっちゃいましたね」
私の補佐官であるエリスが苦笑いを浮かべながら言った。
執務室であるこの部屋にはたくさんの書類が散らばっていた。私は鈍い痛いを伴う腰をさすりながら書類を拾い集め、なんとかごまかそうとする。
「エリス、これはね、わざとなのよ! 書類を一度床にまき散らして、ランダムに拾い集めることで運命の流れをより自然なものに近づけるのよ」
「そうだとしても、自分まで転ぶ必要はないんじゃないですか」
エリスは私にはギリギリ聞こえないような小さな声でつぶやいた。
その瞬間、開いていた窓から心地のよい風が吹き込み、執務室の中を優雅に駆け抜けた。1枚の書類がふわりと宙を舞い、軽やかに揺れながら部屋を漂う。その書類は先ほどの発言を証明するように私の手元へと運ばれてきた。
「これだわ! ほら、これが運命の流れなのよ!」
手元へと舞い降りた書類をバサバサと叩きながらエリスに見せつけた。
エリスが少し驚きながらも、呆れているのが目に見える。
「それで、今回の転生者はその人にするんですか?」
「そうですわね、運命が告げていますから」
私は手元の書類に目を落とした。運命だと言い切った手前、今さら後には引けない。これで書かれている人物がとんでもない問題児だったらどうしよう。そんな不安が頭をよぎる。恐る恐る書類に目を通す私の指先は、微かに震えていた。
「サイトウ・カズキ。前世では学校の先生をしていたみたいね。性格はまじめで責任感が強いと記されています。ステータスに関しては……。体力、統率力、知力がかなり高いです! ああ、まさに運命! 適正がかなり高いです!」
私は、ほっと胸を撫でおろした。今回の異世界人には、魔王を倒す使命が与えられる。そのため、どんな困難にも打ち勝てる強い心を持つ異世界人が要求されていた。
「アーク様、よかったですね」
エリスが書類をのぞき込む。
「ええ、もし極悪人だったらなんて言い訳しようかとヒヤヒヤしましたわ。……って、いやこれが運命の流れですわ」
私は慌てて訂正する。しかし、エリスは微笑むだけで、ごまかせているのかわからない。彼女の微笑みには、どこか母親が子どもの失敗を見守るような優しさを感じられた。
「うふふ、そうですね運命の流れですね。散らばった書類の片づけは私がやりますから、アーク様は早速転生の準備に取り掛かってください」
エリスの言葉に、私はほっと息をついた。彼女の信頼に応えなければならないと感じながら、頷いた。
「ありがとう。エリス。それじゃあ転生の間に行ってくるわ。片づけが終わったら来てちょうだい」
書類を片手に執務室を出て行く。自分自身を鼓舞するように両頬を軽く叩いた。
(私はできる子。今回だって、完璧にこなしてみせるんだから!)
決意を胸に転生の間へ向かって歩き始めた。
その途中廊下にある鏡の前で立ち止まり、(第一印象は大事よね。穏やかに微笑んで……)と鏡に向かって微笑み、優しく声を掛けるように言った。
「こんにちは。サイトウ・カズキさん。私はめぎゃみっ…… ああ、噛んじゃった」
深呼吸して、今度はもっと自信を持って言った。
「こんにちは。サイトウ・カズキさん。私は女神アークです」
鏡に映る私は満足そうに頷いた。
「よし、これで完璧ね。早く準備に取り掛からなくちゃ」
転生の間のドアを開いた。
――
窓を閉め、書類を一枚一枚拾い集めるエリスはうっとりとした表情を浮かべていた。
「あんなに慌てて言い直してもごまかせるわけないのに。ああ、アーク様。今日もポンコツ可愛い」




