修復への一歩
長い夢から覚めた時にはもう朝を迎えていた。
カインからの手紙を読んでから私は意識を失って、
幼馴染である二人の記憶が走馬灯のように蘇った。
庭園に置かれたガーデンテーブルに突っ伏して、
意識を失っていた私をお兄様が見つけてくれて、
部屋まで運んでくれたらしい。
とりあえず身体には何の異常もない。
変わったことといえば、
幼馴染である二人の記憶を思い出したことくらいだ。
フィオナにとって、たぶんカインが初恋の相手で、
グレンのことも実の兄弟みたいに大切に想っていた。
その感情が私の中にも残っていて、
私にとっても今は二人が特別な存在に感じる。
けれどゲームの中で、
私は二人が悲しい運命を辿るところを見た。
戦争が始まってから二人の最愛の父であり
クロフォード家当主兼騎士団長のアーサー·クロフォードは
戦闘中に命を落とす。
それからカインが騎士団長になるけれど、
グレンまで戦争中に悲惨な死を遂げることとなる。
カインはなんとか死地から生還するけれど、
家族を失い心に深い傷を負うのだ。
ふたりとの記憶を思い出して、
私はよりこの運命を変えたいと願う気持ちが強くなった。
絶対に彼らを苦しい目に遭わせたくないし、
死んでしまうのなんて尚更嫌だ。
だからやっぱり私は、
なんとしてでも聖女と二枚看板のどちからに恋をさせて、
大団円エンドを迎えなくてはならない。
けれど、聖女が現れるのは、
恐らくあと数ヶ月後だ。
彼女は今はまだ田舎町で実家の家業を手伝っている
どこにでもいる平凡な少女で、
聖女の力に誰も気がついていないはずだ。
そんな状況で私が何か出来る訳もなく、
ただ聖女が現れて物語が始まるのを待つことしか出来ない。
そんな中、私はいてもたってもいられず、
なんとか国を救うために少しでも知識を身につけようと、
王立図書館にやって来ていた。
特別な職位に就く者や
爵位を持つ高貴な家系の者しか立ち入ることが出来ない
特別な文献が集まった図書館である。
私は、近い将来に戦争をすることになる隣国レクセウスのことや、魔術のこと、悪魔のことなど、今後役に立ちそうなありとあらゆる知識を学んだ。
前の世界では勉強なんて嫌いだったけれど、
絶対に成し遂げたい目的があれば、こんなにも努力できるものなのかと、我ながら少し感心した。
それから日も暮れ始めて、
私はようやく帰路につく。
王立図書館はベルゴッドの皇族が住む皇宮と
ほぼ同じ敷地内にある。
この国の中枢機関は大体この宮殿内に密集していて、
父や兄が務める魔術協会や騎士団本部など、
歩いて向かえる距離にある。
ゲーム内では何度も訪れていたけれど、
実際にここに訪れたのは初めてで、
この荘厳な雰囲気に圧倒されていた。
侍女のハンナと二人で帰路についてからしばらく、
公道で待つ馬車に向かって歩いていると、
ふと横目に人だかりを見つけた。
こんな国の中枢機関が並ぶ敷地では目立つ
華やかな若い貴族令嬢達が黄色い歓声を上げていた。
一日中ずっと色褪せた古書ばかり目にしていたから、
彩り鮮やかなドレスの色に目が眩みそうになって、
私は思わず足を止めた。
一体こんなに集まって何を見ているのだろうか。
「あちらにはベルゴッド騎士団の本部がございます。」
「騎士団……」
「はい。この時間帯ですと、恐らくまだ騎士の皆様が鍛錬されているのではないでしょうか。」
気の利くハンナが私の疑問に答えてくれた。
彼女の言うとおり、よく見てみれば、
令嬢達の視線の先には剣を振る若い騎士達の姿があった。
遠くてよく見えないけれど、
騎士達は向かい合い激しく剣を交えていた。
本当に鍛錬をしているらしい。
それをどうして彼女達は眺めているのだろうか。
そんな疑問が浮かんでくるけれど、
そういえばゲームの中でも騎士達は令嬢に人気があって、
こんなふうにいつも取り巻きがいた気がする。
「きっと、カイン様とグレン様もいらっしゃいますよ。」
「……!!」
ハンナの言葉に、私は思わず肩を震わせた。
そうだ、ここが騎士団本部なのだとしたら、
カインもグレンもいるだろう。
彼らの姿をひと目見てみたい。
そんな好奇心が一瞬生まれる。
あんなにもゲームの中で、そして夢の中で、
彼らのことを見てきたけれど、
実際に会ったことは一度もないのだ。
「そう言えば、カイン様からのお手紙にも、
一度顔を見せて欲しいと書かれておりましたね。
少しだけ立ち寄りますか?」
「………ハンナ!何言って、」
「せっかくの機会ですし……
きっとカイン様とグレン様も喜ばれます!」
「………」
答えはどう考えても“NO”なのに、
私の脳内には一瞬迷いが生じる。
“昔のように戻りたい”
そんなフィオナの願いが私を迷わせていた。