真相の鍵
静かな夜、私は穏やかな夢の中にいた。
確か今日はお兄様と街に出かけて、
私の部屋で話をして。
それで___
「………!」
全てを思い出した私は、反射的に瞼を見開く。
すると、いつも通り見慣れた豪奢な天井が目に入った。
部屋の灯りはいつの間にか消されていて、
夜闇に包まれている。
そして、すぐ傍に人の気配を感じて、
咄嗟に真横に視線を向けると、
すぐ目の前にお兄様の綺麗な寝顔があった。
「………っ!」
予想外の近さに思わず反射的に飛び退きそうになるけれど、彼を起こす訳にはいかず、必要以上に動かないようにその場で耐え忍んだ。
彼は長い睫毛に縁取られた瞼を閉じて、
静かに寝息を立てて眠っている。
窓から射し込む柔らかな月明かりに照らされた彼の寝顔は、あまりにも耽美で、どこか儚い。
こんなに近くで彼の顔を見たのは初めてな気がして、
そのあまりの美しさに息苦しささえ感じた。
そもそもどうしてこんな状況になってしまったのかと考えると、恐らく話をしながら二人とも眠ってしまったようだ。
自分が眠りに落ちた記憶は無いけれど、
やましいことはなにもなかったはずだ。
こうして二人で同じベッドに寝ていたら
誤解されても仕方ないかもしれないけれど。
でも、部屋の灯りが消えているということは、
誰か侍女が私の部屋に入って消してくれたということだろう。
こんな姿を見せてしまったことに恥を感じたけれど、
兄妹なのだし、実際やましいことは無いのだから、
多分問題は無いだろう。
なんだか寝起きからお兄様の綺麗な寝顔という、ある意味衝撃的な光景を目にしてしまって、目が冴えてしまった。
まだ夜明けは来そうにないのに、
この状況で朝までどう過ごせば良いのか。
こんなに穏やかに眠っているお兄様を叩き起すのも気が引けて、私は静かに天井を仰ぐことしか出来なかった。
そんな時___
ふと、ベッドサイドテーブルに視線を向けると、
お兄様に街で買って貰った宝石箱が目に入った。
暗闇の中でも煌びやかな装飾が眩くて、
本能的にそれを手に取りたい欲に駆られて、
特に意味もなく腕を伸ばしていた。
凝った装飾が施されたそれを手にすると、
ずっしりとした重みを感じた。
なんだかその感覚に少しの違和感のようなものを覚えて、私の脳裏には疑問符が浮かぶ。
買った時はもう少し軽かった気がするのに。
そう思いながら何となく箱の蓋を開けた。
その時だった____
「……!?」
空だったはずの箱の中に、
想定外の物が入っているのが目に飛び込んできて。
私は思わず驚愕して飛び起きた。
改めてまじまじと箱の中身を見るけれど、
明らかにおかしい。
箱を開けてまず目に入ったのは、
一枚の紙切れだった。
『Help him.』
真っ白な小さい紙切れには、
端的にそう書かれている。
そして、紙の下には、大きなルビーのペンダントが転がっていた。
こんな高級そうなペンダントなんて今日買って貰った憶えなんてないけれど、なんだかこの真紅の煌めきはどこか見覚えがあるような気がして、まるでデジャヴのような不思議な感覚に陥る。
ペンダントを手に取ってまじまじと観察すると、
月明かりが乱反射して神秘的な光を放つ。
誰が?どうして?
そんな疑問がいくつも浮かんでくるけれど、皆目見当もつかず、不可解を超えて恐怖の感情さえも湧き起こってくる。
考えられるとしたらお兄様だけど、
こんな凝った変な悪戯をする人では無いと思う。
そんなことを考えながら、
私は美しいルビーを色んな角度から見つめたり、
指先で撫でてみたりしていた。
そして、少し掌に力を込めてルビーを握り締めると、
なんだか妙なあたたかさを感じた気がした。
そして、その次の瞬間____
「………!?」
握り締めた拳の指の隙間から、
微かに光が漏れ出してきて、
私は思わず目を見開いた。
何かの魔法だろうか。
そんな憶測が脳裏によぎるけれど、
これから何が起こるのか予想できなくて、
恐怖と緊張で心臓がうるさい。
そして、恐る恐る握り締めた掌の力を緩めた。
その刹那___
「………!」
私は目に飛び込んできた情報に、
ただただ茫然とした。
これは夢ではないかと、錯覚してしまうくらい、
今目の前で起きている事象はあまりに非現実的だった。
そう、ルビーのペンダントから放たれていた光は、
なんと何も無い空間に映像のようなものを描いていたのだ。
まるで前の世界で言うホログラムのように、私の目の前には小さな映像が浮かんでいて、そしてそこにはどこかで見覚えがあるようなないような、貴族の男性たちの姿が映し出されていた。
その全員が見目麗しく豪奢な身なりをしていて、そんな彼らが並んでいると、あまりにも華々しくて目眩がしそうになる。
そんな彼らが誰なのかはさておき、
しばらく唖然とその映像を眺めていると、
画面が切り替わって急に文字が映し出される。
その文字はなんと、この世界の文字ではない。
前の世界で慣れ親しんでいた文字だった。
『はじめる』
まるでゲームの開始ボタンのようなロゴが真ん中に浮かび上がって、私の頭は尚更混乱する。
そして、私の中にあったひとつの疑念が、確信に変わった。
これは、この世界に在る物ではなく、
前の世界に在った物だろう。
私の魂が転移してきたのと同じ仕組みで、
この不思議な機械も転移してしまったのだろうか。
私と同じ異端な存在なのだと分かると、
なんだか妙に親近感がわいてくる。
こんなゲームがこの世界に紛れ込んできた理由は、
全くもって意味不明だけれど、
もしかしたら私がこの世界にやって来てしまったことと
関係があるかもしれない。
この怪奇現象の真相が、全ての謎を解くための鍵が、
このゲームの中に隠されているかもしない。
そんな根拠の無い期待が込み上げて、
私はごくりと生唾を飲み込んだ。