ふたりとの再会
なんだろうこの状況は____
気づけば私はさっきまで遠巻きに見ていた
華やかな令嬢達に取り囲まれていた。
そう、結局私は騎士団に挨拶をしに行くという選択をしてしまったのだった。
「フィオナ様、私達とても心配していましたのよ。」
「私の父も何度もウィステリア侯爵様に
心配のお便りをお送りして___」
さっきまで騎士達を一心に眺めて彼女達は、
今媚びへつらうように私を見つめている。
中には侍女達のように怯えるような目で
私を見つめる令嬢もいた。
どうやらフィオナが令嬢達の中でお局のような存在であったのは確かで、彼女達はその取り巻きだったらしい。
こんな派手で気の強そうな令嬢達を従えていたなんて、
どれほどフィオナは強かったのだろう。
彼女達は私の身体が心配だったと言ってくれているけれど、実際に手紙を寄越したり見舞いの品を送ってくれたのはカインだけだった。
きっと、本心では彼女達もフィオナのことは好きではないのだろう。
私は令嬢達の扱い方が全く分からず、
にこにこと愛想笑いを浮かべて黙り込んでいた。
唯一の頼みの綱であるハンナは、
私が騎士団に挨拶しに行く旨を御者に伝えに行ってしまって、私はたった一人だ。
こうしている間に騎士団の鍛錬の時間も終わってしまったらしく、汗をかいた騎士達が物珍しげに私を見ながら、横切って行く。
そして、その時だった___
「……フィオナ?」
横から聞き覚えのある男性の声が聞こえて、
私は思わずびくりと体を震わせる。
そして咄嗟に声のした方を向くと、
そこにはなんと予想外の人物が立っていた。
「カ…イン……」
そう、目の前に立っていたのは、
私の幼馴染であり初恋の人であるカインだった。
何度も何度もゲームの中では見てきたけれど、
実際に見たのは初めてで、
思わずその端正な容姿に目を奪われた。
画面越しではよく分からなかったけれど、
彼は思ったよりも背が高くて体格が良くて。
もっと青年らしい顔立ちかと思っていたけれど、
大人っぽくて甘いマスクをしていた。
「久しぶり。もしかして手紙読んで会いに来てくれたの?」
彼は優しい眼差しを向けてそう言った。
包み込むような柔らかく落ち着いた声音に、
胸がぎゅっと締め付けられる。
彼に見つめられて話しかけられているという事実に、
どんどん鼓動が速くなっていく。
「元気そうでよかったよ。」
そう言って爽やかな微笑みを向けてくれるけれど、
私はそれになんの言葉も返せない。
痛いほどに令嬢達の視線が突き刺さって、
それどころでは無いのだ。
カインには彼女達の存在が見えていないのだろうか。
「フィオナ…?」
狼狽え硬直したままの私を不審に思ったのか、
カインは眉をひそめて私の名を呼んだ。
そして、私の顔を覗き込むように、
身を屈めてこちらに顔を近寄せてくる。
「……っ!」
身長差のおかげで遠かった彼の顔が、
すぐ目の前にやって来て私は思わず目を見開いた。
前髪の間から覗く濃紺の双眼が私を真っ直ぐに捉える。
鍛錬をしていたせいか微かに滲む汗が、
きれいな肌を伝い滴っていた。
恥ずかしさのせいで一気に顔に熱が込上げて、
私は思わず目を逸らし俯いた。
そして___
「…ご、ごめんなさい…!」
居てもたってもいられずに、
私はそのまま駆け出していた。
彼と二人きりでも困るのに、
あんなふうに令嬢達に見られて、
居心地が悪すぎて押し潰されてしまいそうだった。
こんなふうに逃げるのは本当に情けないけれど、
あれ以上あの場にいたら余計面倒なことになっていたはず。
自分を正当化する言い訳を頭に並べながら、
必死に走ってあの場にいた者達の視界から消えるところまでやって来てようやく足を止めようとした。
その時だった___
「……っう!」
曲がり角を曲がったその瞬間、
正面から現れた人と思い切りぶつかってしまう。
勢いよくぶつかったせいで、
その人の胸板に咄嗟に手をついてしまっていた。
けれどその触れた感触に違和感を覚えて、
恐る恐る顔を上げる。
「なっ…!!」
なんとぶつかったその人は服を着ておらず、
私が触れたのは男の人の生肌だった。
それに相手は騎士のようで、
筋骨隆々の硬い胸板の感触と
艶やかに汗ばんだ肌の温度が手に伝わる。
「す、すみません…!」
そう言って咄嗟に身体を離したその刹那。
私はようやくぶつかった本人の顔を目にして、驚愕した。
「グレン…!?」
そう、なんとぶつかったのは他でもない、
幼馴染のグレンだった。
さっきカインと会ったばかりなのに、
またしても運良くグレンと出くわしてしまったのだ。
ここまでくると偶然も、必然のように感じてくる。
「フィオナ…!?なんでこんなところに……」
グレンは私以上に驚いているようで、
まるで信じ難いものを見るような目をして
私を見下ろしていた。
私も、カインの時と同様、
ずっとゲームの中で見てきた男の人が
目の前にいることが信じられなくて呆然としてしまう。
やっぱりグレンも画面越しに見るよりも、
俄然男らしくて精悍な顔立ちをしていた。
黒いサラサラの前髪から
一雫の汗が滴って胸元に落ちる。
不意にそれを目で追ってしまった私の視界に、
艶めかしい肌色が映り込んできて、
顔がかっと熱くなるのを感じた。
「ち、ちょっと、なんで裸なの!?」
「こんなところに女がいると思わなかったんだよ…
それに上を脱いでるだけで下は履いてるだろ。」
「もう…いいから上着を着てよ!」
自分でもこんなに躊躇いなく憎まれ口を叩いてしまうとは思わなかったけれど、あまりにも彼の生肌は目に悪くて、とにかく必死だった。
久しぶりの再会なのにこの調子で、
呆れたようにグレンは小さく溜息をつく。
その時だった____
「フィオナ…!」
背後からまた聞き覚えのある声がした。
そして振り返ればそこには、
予想通りの人物が立っていた。
「カイン…!」
災いが災いを呼ぶとは、
こういうことをいうのだろうか。
この兄弟のどちらか片方だけでも、
私にとって扱い難い存在なのに、
両方が揃ってしまうなんて。
「急に居なくなるから体調悪いのかと思っただろ。
大丈夫なの?」
まるで妹を叱りつける兄のような口調で彼はそう言うと、
どこか呆れたような顔をして私を見つめる。
けれど、私がこくこくと頷いて返すと、
表情が少しだけ柔らかくなる。
「ほんとに、相変わらずそそっかしいな。」
そう言って彼はどこか困ったような優しい笑みを浮かべると、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
触れた掌が大きくて優しくて、
またぎゅっと胸が締め付けられる。
「あれ、グレンもいたのか。」
私の胸中なんてきっと知りもせずに、
カインは今度はグレンに視線を向けると、
そんなことを口にする。
グレンは何が気に食わなかったのか、
小さく舌打ちをしていた。
「おい、女の子の前なんだから服を着ろよ。」
「普段こんなところに女はいないんだから、
仕方ないだろ。」
「そもそも公然の場で脱ぐな。
フィオナも目に悪いから見ちゃだめだぞ。」
そう言ってカインは私がグレンの方を向かないように、
がっしりと両肩を掴んだ。
そんなことされなくてもグレンの方を見るつもりは無いのに。
けれどカインのことを見ていても、
恥ずかしくて心臓が苦しくなるのは変わらない。
溢れそうになる何かを堪えるようにぎゅっと唇を噛み締めると、カインはそんな私の表情を見て、優しく微笑み首を傾げた。
私がドキドキしていることに気がついて弄んでいるのか、
それともなんにも気づいてなんていないのか。
恐らく後者だろう。
そんなことを思っていたその刹那___
「カイン、こんな所にいたのね。」
カインの背後から、凛とした女の人の声が聞こえた。
私の目の前にはカインが立ちはだかっていて、
その女の人の姿は見えない。
さっきまで私を見下ろし優しい顔をしていた彼は、
彼女の声を聞いて面食らったような表情を浮かべた。
「エリス……」
カインは私の肩から手を離すと、
彼女の方に顔を向けた。
そしてようやく私もその女の人の姿を目にする。
ゲームにも出てこなかった
初めて会った女の人。
私よりも少しだけ年上に見えた。
サラサラの金色の長い髪が風に靡いている。
まるで人形のような顔立ちの綺麗な人だけれど、
どこか儚く今にも消えてしまいそうなか弱さがあった。
今、カインは彼女のことをエリスと呼んだ。
エリスというのは確かカインの婚約者の名前だ。
神殿と繋がりの深いフリント侯爵家の令嬢。
彼らは騎士団と神殿の繋がりを強固にするために、
婚約させられた所謂政略結婚というやつだ。
「もうすぐ日が落ちて冷えるから、
ちゃんと汗を拭かないとだめよ。」
エリス嬢は穏やかな声音でそう紡ぐと、
どこからかハンカチを取り出した。
そして白くて細い手を伸ばして、
カインの頬を伝う汗を拭うのだった。
私は彼女のその隙のない淑やかな仕草に、
思わず目を奪われてしまった。
一挙手一投足が可憐で美しく、
そしてどこか儚い。
なりふり構わず全力疾走したり、
上裸の青年にぶつかって騒ぎ立てる私とは大違いだ。
「ありがとう……」
さっきまで大人の余裕を漂わせていたカインも、
彼女の行動に面食らっているようだった。
そんな婚約者のふたりが並んでいる様子は、
なんだかすごくお似合いで。
痛いほどに胸が締め付けられるような感覚に陥った。
カインにはこんなにも素敵な婚約者がいるのに。
彼に少し見つめられただけで、
身の丈に合わないときめきを感じてしまった。
彼は私を妹として可愛がってくれているだけなのに。
何だかどうしようもなく自分が情けなくなって、
私は咄嗟に二人から目を逸らして俯いた。
その瞬間___
「フィオナ、行くぞ。」
「え……」
背後から伸びてきた手に、
気づいたら腕を掴まれていた。
反射的に顔を上げれば、
グレンの蒼翠の瞳に捕らわれる。
一瞬その力強い眼差しに飲み込まれそうになるけれど、
強く腕を引かれて気がつけば身体が動いていた。
「おい…!」
そんなカインの声が聞こえるけれど、
グレンは聞こえないふりをして
なりふり構わず進んでいく。
私はただ彼の手に引かれ、
その背を追いかけることしか出来なかった。




