3月32日 忠実⑤
自動ドアをくぐると、軽やかなBGMが出迎えてくれた。
眩しいぐらいの白い照明が、食品を鮮やかに映しだす。入口付近からは、僅かに生鮮野菜の匂いが漂う。
来客のピークは超えたとはいえ、まだまだ人は多い。
客層は大概が社会人で、ちろほら子連れが見えるといった感じだ。
俺は、夕飯のメニューをいくつか考える。
時刻は午後七時。
帰って本格的に作るとなると、さすがに時間がかかりすぎてしまうだろう。
第一、激動の一日だったせいで食欲があまりない。脳はエネルギーを欲しているのに。
「みそ汁だけでも作る?」
「はい」
それなら、豆腐を買おうか。カットわかめは家にあるし。
流石にみそ汁一品というのは味気ないので、白米も買っておくことにしよう。レンジでできるものが妥当だろう。
あとは……。
李がカゴを手に取る。
「カゴは私がお持ちいたします。それがメイドとしての使命でございますから」
柔らかく微笑み、李は言う。のだが……。
通りがかる人の二度見が、正直ツラい。
文明開化がとっくに終わった現代において、和服というのは否が応でも浮く。
おまけにこの「メイド」発言。
恐らく、李が俺より一回り小さいのもあるだろう。
周りの人は軽く引いていた。さりげなく距離を置かれ、俺と李を中心に暗黙のスペースが形成されている。
と。
五歳ぐらいの男の子が、俺たちをじっと見ている。
「ママー、あのおねーちゃんコスプレ?」
「そ、そうねぇ。……行きましょ」
母親が、子どもの手を引いて離れていった。
俺に、一瞬だけ軽蔑の眼差し向けて。
李が不満そうに、先ほどの親子が去っていった方向を見つめていた。
「コスプレだなんて、失礼ですね」
「えっ……ああ」
「私は、身も心も兜様のものなのに」
「公共の場でやめてくれない?! そういうの」
「あっ、家でのお楽しみ……ということですか? そういうことでしたら」
「ちっがああああう!!」
ざわつく店内。
店員が、不審そうに俺を睨む。
やめて、通報しないで。
あと李。恥ずかしそうに体をもじもじさせないで。
俺がいかがわしいことをしてるように見えるじゃないか。
咳ばらいをして、心を鎮めようと努める。
落ち着け鳥居兜。
今日はこの子に合わせてあげるんだろ?
だったら、人の視線も我慢するとしよう。
それに、さっきみたいな悲しそうな顔されちゃ、俺としても居心地悪いし。
「兜様? ご気分が優れないのですか?」
「そ、そんなことないよ。アハハ……」
目の前にいる「原因」から視線を逸らし、俺は歩き出した。
みそ汁の具材を入れ終え、お菓子売り場に向かう。
そこには、おかきや煎餅などの和寄りのお菓子、ビスケットやグミといった洋寄りのお菓子、キャラクターグッズまで幅広いジャンルの商品が、整然と並んでいた。
「兜様? 次は何を買われるのですか?」
「ああ、チョコをね」
こういうおかしい事態であるからこそ、平常心を取り戻してくれるものが必要だった。
チョコレート菓子の置かれた棚に向かって、直進する。
一口サイズのチョコが、小袋に入っているのが良い。
特に、ちょっとビターなヤツが良いんだよなぁ。
具体的にお気に入りをあげるなら、「YAMMY CACAO ビターパック!」って書いてある……。
「これですか?」
李が、控えめに微笑みながら袋を掲げる。
チョコレートの大袋を、顎のあたりまでもってきて。
それは、俺がいつも買っているものだった。
「YAMMY CACAO ビターパック!」と、カラフルな文字で書かれたパッケージ。
その袋の、窓のように透明な部分から垣間見える小袋。
「あ。ああ、うん。それそれ」
少し戸惑いながら、俺は首肯する。
違和感……とまではいかないが、俺の中で、何かが嚙み合わない感覚があった。
だってこの子、迷わずこれを手に取ったから。
他にも色々並んでて……女の子が好きそうなデザインのパッケージや味もたくさんあるだろうに。
「それ、好きなの?」
「はい、大好きなんです」
袋の両端を、李は大事そうに、愛おし気に握る。
その綻んだ顔は、とろけたチョコレートを連想させた。
なんだ、たまたま好みがあっただけか。
李は割れ物を扱うように、そっと袋をカゴに入れる。
そこまでチョコに思い入れがあるとは。
「他に必要なものはございますか?」
「いや、これで全部かな」
「畏まりました」
その後、レジでも店員に絶対零度な視線を向けられたのは、言うまでもない。




