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3月31日 未来への憧れ

 3月が終わる——。

 肌に感じる暖かな空気が、そんな当たり前のことを告げていた。

 

 校舎から少し離れた小屋に向かってゆっくりとした足取りで俺——鳥居(とりい)(かぶと)は歩く。鶏冠が紫色でお馴染みのニワトリ系マスコット“附子(ぶし)君”ストラップが歩くたび揺れる。


 差し込む光は柔らかく、眼鏡越しの瞼に優しい。小屋の側でスモモの蕾が枝の先で芽吹き、空の色とコントラストを生み出している。雲は薄く伸び、その向こうには新緑の山が見えた。


「しかし、君と来る日がダブるとはなぁ……ふわーぁ……」


 隣には灰色髪の男が一人。だらしなく口を開け欠伸をしているのは、(あつ)()(らん)だ。


「生徒会長さんの頼まれごとで来たの〜?」

「なんで分かったんだ?」

「さっきばったり生徒会長に会ってさ、鳥居のこと褒めてたよ〜」


 のんびりとした口調で、集真は言う。


「でも鳥居。一人で張り切りすぎ」

「え?」

「その傷だって、頼まれごとで付けてきたんでしょ」


 手首を指さされ見てみると、切り傷が一つ走っていた。

 ダンボール箱を運んだ時に、付けたんだろう。


「もっと僕を頼っていいのに」

「あー……うん。善処するよ。そういう集真は、どうして学校に?」

「置いてた教科書回収しに」


 集真は気だるげに手をひらひらと振った。


「ここも見納めかぁ」

「そうだな」


 集真が鍵を差し、やや建付けの悪い扉を開くと、変わらない部室——部として公認されていないが——が広がっていた。


 中央には大きな机と椅子。その上には電子レンジと給湯器が置かれ、さらに教科書が積まれていた。これを一人で持ち帰ることができるのかはさておき。


 ホワイトボードにはカレンダーが張り付けられている。上部には3月と大きく書かれ、その下には1から31までが並んでいた。


 脇に目を移すと、木製の本棚が据えられていた。そこに並ぶのは、いかにもアヤシゲな本たち。今までは集真が暇つぶしに読んでいたが、今日をもって読み手がいなくなる。しかし一日では処分できる代物ではない。これは後世に押し付……残しておこう。


 窓を開けると、爽やかな風が舞い込んでくる。


「結局、部員集まらなかったなぁ……」

「そりゃそうだ。こんなオカルトな同好会、入る物好きそうそういないぞ」


 ——ワンダリング同好会。


 遍く謎を解き明かすために設立された団体だ。


 先輩が引退するまでは、ミステリーサークルを屋上に開拓したり心霊スポットを巡ったりしていたのだが、引退してからは専ら暇人のたまり場と化していた。これと言った異変も怪奇現象も起こらず、俺も何も無いに越したことはないだろうと思っていた。


「君は明日からだっけ、大学」

「ああ、楽しみだなあ!」


 明日が大学の入学式。そして始まるニューライフ。

 受験の目安である偏差値が全然足りず、2年間の活動の傍らここで猛勉強の日々だった。

 苦手科目を先輩にも教えてもらって、ギリッギリで受かったのだ。喜びもひとしお、明日が楽しみで仕方がない。


「僕は12日からだよ。だからそれまでは家でぬくぬく……」

「随分遅いんだな」


 窓から見えるスモモを、思いに耽りながら眺めた。まだ蕾のままだが、いつごろ咲くのだろうか。去年はもう咲いていたような気がするが。


「教科書……重いぃ……」


 声のする方向を振り向くと、集真が足を震わせ腰を屈めていた。


「手伝ってやろうか?」

「頼むぅ……」


 こうして、特に何か起こるでもなく3月31日は終わった。


「あ、明日エイプリルフールじゃぁん、どんなウソつこーかなぁ」

「今日で世界が終わるとか、そんな分かりやすい嘘じゃ駄目だぞ?」

「えー、なんでバレたの?」


 明日は4月1日。新しい生活が幕を開ける——そんな晴れやかな日になるはずだった。




 ——しかし、4月はこなかった。


こんにちは、わた氏です。

3月が終わってほしくない、わた氏です。


というわけで今回は、以前投稿した「メイド・イン・マーチ」を一部改稿して、お届けしていきます。

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