11.私は番だそうです。
「あ、すまないっ」
ヴィーラント様が慌てた様子で私の体を離しました。……残念。もっとぎゅうっとしていて欲しい、なんて言ったらはしたなさすぎですよね。でも離れると寂しいし悲しい気が……。
「順番をすっ飛ばしすぎだろ! 自分!」
ヴィーラント様が自分自身に怒っていて、それが可笑しくてつい笑ってしまいました。するとまたヴィーラント様が腕を伸ばしてきましたが、ダメだ! と自分の腕を叩いてます。
……一体どうなされたのでしょうか?
「ファビエンヌ嬢!」
「は、はいっ」
「ずっと……初めて会った時から好ましいと、思っていた。事情があってずっと自分の気持ちを告げる事が出来なかったし、ファビエンヌ嬢はアンセルムの婚約者候補だったので強く出る事も出来なかった。だが!」
え? え? ちょっと、待って下さいませ! 初めてお会いした時から……って本当ですの!?
「先ほど、アンセルムはマリアンヌ嬢と婚約すると周知された。ファビエンヌ嬢はアンセルムの婚約者候補から外される。間違いないだろうか?」
「ええ。そうなると、思います」
実は私が婚約者の有力候補と言われていたのは派閥の関係もある。マリアンヌ様のお父様は侯爵ですが、頭が切れ力を持っておられる方。私の父は公爵ですが凡才。政治への関与、影響力を考えればマリアンヌ様が選ばれればマリアンヌ様のお父様の勢力がさらに大きくなるので、それを避けたい方々が私を推していたというだけ。
マリアンヌ様のお父様は敵視される方を増やしたくはない方らしくマリアンヌ様に辞退を勧めていたらしいですがお兄もマリアンヌ様も互いを好き合ってますので。そこに私がいたのでずっと膠着状態が続いていたわけです。
どちらの派閥も下手に突き、お兄殿下がじゃあ婚約者を決めると言ったら色々後が大変になるのでそれに私も甘んじていただけなのです。
初めからマリアンヌ様に決めていればこんな変な事態にはならなかったのでしょうけれど。
「ファビエンヌ嬢」
ヴィーラント様はすくっと立ち上がったと思ったら私の座る前に膝をつきました。先ほど学園で見たお兄の姿と重なります。
そっとヴィーラント様が私の手を取りました。
「ファビエンヌ・ド・ラ・クラヴェル嬢、私と結婚してくださいませんか?」
こくりと私は息を呑み込みました。
え? これは夢ですか? 目が覚めたら日本に戻るのではなくて? え? ど、ど、ど、どうしたら!? お兄! 助けて!
「ああっ! 違うっ!」
ヴィーラント様はそう叫んで私の手を取っていない方の手で髪をがしゃがしゃとかき混ぜました。
「好きだ。俺の国に来てくれないか? 結婚して欲しい」
膝をついたまま下から覗き込まれたヴィーラント様の真剣な目が私を射抜きます。大きな太い矢がぐっさりと私の体を突き抜けました! きゅんきゅんを通り越してます。息が……っ!
「ファビエンヌ嬢?」
息が苦しくて声が出せない私を見てヴィーラント様が不安に目を揺らしました。出てないですけども、ヴィーラント様の耳と尻尾が垂れさがって見えます!
「あ、のっ!」
お返事しなければ!
「わ、わたしも……お慕い、して、ます……」
消え入りそうな声でしたけれど、どうにか言えました。前世でだって誰にも告白なんてした事もなかったですし! もう死にそうな位に緊張してます! そして恥ずかしいっ!
「ファビエンヌ嬢っ!」
「きゃあっ!」
ぐんっと体がまた浮き上がりました! 何!? と思ったらヴィーラント様が私を持ち上げてました! ええっ!
「俺の番っ!」
そしてぎゅうっと抱きしめられました。
ヴィーラント様、今まであまり感情を外にお出しにはされてませんでしたけれど結構ストレートですね。さすが狼の獣人の血が入っているお方です。属性がわんこですか。可愛い。多分尻尾がブンブンになっているんですよね? 出ていませんけど。
「いつ国に帰ろうか? すぐにでもいい。帰ったら結婚式を……」
「落ち着きなさい!」
すこーん! とまたヴィーラント様がフェリクスに頭を叩かれていました。……中々容赦ない従者ですね? 一国の王子の頭を叩いていいんですか?
私が先ほど悲鳴を上げてしまったからフェリクスが部屋から出てきてしまったらしいです。慌てた様子で部屋から出てきた所を私は見ていました。大丈夫ですよ?
「なんで出てきたんだよ」
「ファビエンヌ様に何か無体な事をされたのかと思ったので。違ったようでしたが」
「そんな事しないっ! いや、でもファビエンヌ嬢は、……ファビエンヌは可愛いから、したいけど……」
「したいけどじゃありません!」
あ、どうしよう……私を呼び捨てにするのを躊躇しながらも呼んで窺っているヴィーラント様がすごく可愛らしいんですけど。カッコよくて可愛いって最強じゃないですか!?
「俺の事も、ヴィーラントって呼んで……?」
「は、はい……ヴィーラント様、じゃなくて…………ヴィーラント……」
う……ちょっと恥ずかしい。ヴィーラント様は甘え上手でもあったみたいですね。
「可愛いっ! な!? フェリクス! 最高に可愛らしいだろう!?」
「少し落ち着きなさいっ! ファビエンヌ様がお可愛らしいのは分かったから! それは間違いないが私には甘すぎで砂を吐きますっ!」
……言いたい事をポンポンいう主従なんですね?
私はずっとヴィーラント様にぎゅうぎゅうに抱っこされたままなんですけど、よろしいのでしょうか?
「興奮しすぎの様ですが、殿下? きちんと説明はされたのですか?」
「あ…………いや、全然」
全然!? とフェリクスの額に怒りマークが浮かんだのが見えました。説明って何の説明でしょう? あ! もしかして獣人だって事でしょうか? 私、知っておりますので問題ないです。……とはさすがにここでは言えないですが。
「フェリクス、ちゃんと説明するから、部屋」
ヴィーラント様は戻れとドアの方に指を指し、フェリクスは肩を竦めながらきちんと話をしてくださいよと釘を刺して戻りました。
本当に、面白い主従ですね?
「ファビエンヌ嬢」
「あの、……ファビエンヌ、と……」
嬢はいらないです。呼び捨てにして下さいまし。ぐっうっとヴィーラント様が変なお声を漏らしていました。
「ファビエンヌ……本当に、私についてきてくれるか?」
「はい」
勿論です! ずっと、ずっとお会いする前からそうなれたらと思っていたのですから。
……あら? 考えてみれば私ってキモくないですか? ……黙っていれば問題ないですよね? うん。
「でも……あの、本当に私でよろしいのでしょうか? 妹のメロディの方が……」
「は? 何故そこで妹の名前が出るのだ?」
ヴィーラント様が首を傾げました。
「え? ヴィーラント様は妹のメロディに惹かれたのでは、と」
「何故!? 俺はずっとファビエンヌにしか興味がないがっ!?」
ヴィーラント様が大きく目を瞠っていました。え? そうなのですか? え?
「君の妹に会ったのは一昨日と昨日だけだし! ファビエンヌの妹で、ファビエンヌが妹と仲がいいと言っていたから……だから話してしただけだが? むしろメロディ嬢には脅されていたのだが?」
「え? はい……?」
脅され……? え? ええっ!? メロディに!?
「お姉さまは渡さない、泣かすな、とか……色々……」
ちょ、ちょっと!? メロディ? な、何を隣の国の王子に言っちゃってるのぉ!? やだ……二人で仲良さそうにしていると思っていたのに、私の勘違いだったの? メロディがヒロインだから、だから皆攻略対象の男性はメロディの事が好きになっちゃうと思って……私の偏見だった? 一人でぐるぐるしていたのがバカみたいじゃない!
「も、申し訳ありません」
「いや、別にいい……そうか、誤解していたのか……それで俺も焦ってこの事態になったのだから、よかったとも言える、か……」
あ、確かに……。私が感情を隠しきれていたら黙って消えちゃっていたかも。隠しきれていなくて態度に出ちゃっていたから……。やだ、どうしよう……嬉しい。ヴィーラント様は私だけって……。
かぁっと顔が火照り、体も熱くなってきちゃう。
「う……ファビエンヌ、抑えてくれ。香りが……」
「香り?」
そういえば匂いがとか言ってましたし。今も香りが、って……。私臭いんですか?
「話さなくてはいけない事情がある……その、私は隣国バルリングの第一王子で一応王太子なのだが」
「はい。存じ上げております」
「バルリングは昔から獣人国と行き来をしており、獣人も数多くいる」
知ってます、と私は頷く。
「一昔前は獣人は人属から外れた存在に位置付けされていたが、今は人であるし、バルリングでは獣人と結婚している人も少なくはない」
はい、と私は頷きます。
「ええと……ファビエンヌは、獣人についてはどう……思って、いる?」
「どう……どう、と言われましても……」
なんて答えたらよいのでしょうか? 愛でたい! じゃダメですよね?
「獣のような……人が、いるような国は、嫌ではないか?」
「そんな事は全くございません!」
きっぱり答えるとヴィーラント様は安堵したお顔になられました。ついに、秘密を私に打ち明けて下さる? 乙女ゲーではヒロインに向かって苦悩の表情で告げていたんだけど、今のヴィーラント様に苦悩というほどの表情はない。
これは乙女ゲーの世界とは違うのだ。
「大事な、話があるのだ。……我が母は獣人とのハーフで、私はクオーターになる」
「はい」
「狼の獣人の血が入っているのだが。母は普通にただの人で、獣化したりはしないのだが、私には強く獣人の血が出てしまって……」
「はい」
少しヴィーラント様が逡巡されましたが、私が頷くと私の反応を見ながら再び口を開いた。
「私は獣化出来る。……通常はしないし、このままなのだが。そして狼の血が私に番の存在を教えてくれたのだ」
「……番」
そういえば番、と言ってました。つまり、私が番だという事? え? 本当に?
「初めて会った時からファビエンヌからは甘い香りがして……国に帰った時に祖母に、つまり、狼の獣人の祖母に確認したら番だろう、と。番とは、獣人には一生をただ一人共にする存在で、だから、本当に私には君だけ、なんだ…………ファビエンヌ!?」
つっと目から涙が零れてきました。
まさか……本当に? 私が、ヴィーラント様の番? 私だけ、って……。
「う、嬉しい……です……母は小さい頃に亡くし、父には疎まれ……メロディは可愛かったですが……でも、違くて……家族はお兄……アンセルム殿下だけ、でした……ヴィーラント様が、私の番、なんですか?」
「ああ。私の唯一の番だ。君を一生大事にする。我が妻になって欲しい」
「はい。私を、どうぞ連れて行ってください……」
ああ、とヴィーラント様が抱きしめて下さいました。すっぽりと収まるヴィーラント様の腕の中に私はひどく安心感を覚えました。
ずっとずっと……綱渡り状態だったような足元が一瞬で大地にどっしりと足をつけているような感覚。
「いい、香りだ……食べてしまいたい」
「ひゃうっ!」
私の首元をかぷりとヴィーラント様が食みました! さすが狼の獣人の血が入ったお方ですね!
ヴィーラント様、いつか私の事情もきちんとお話します。でも今は、今はこの幸せの瞬間を噛みしめさせてくださいませ。
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