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こんな世界があるはずは・・・  作者: ちゃんマー
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心霊体験怪奇談2

   六

 昼休憩になった。 正雄はコンビニ弁当を持って工場裏にある河川敷へ行った。 工場内の食堂よりもこっちの方が涼しいのだ。 

他所の工場からも人が沢山来ている、皆よく知っているのだ。 正雄は適当な場所を見つけ弁当を開けた。 河川敷の下の方から変なものがゆっくりと上がって来る、霊魂だ。 

最近たまにだが霊魂を見るようになった。 

あのアパートに入居してからだ。

自分の中にあった霊感と言うヤツが覚醒して来ているようだ。 霊魂に気付いても、気付いてない振りをしないといけない。 気付くと大抵寄って来るし、悪くすれば家まで着いて来るのだ。 こいつ等に拘って良いことなど一つもない。 苦しいから助けてくれ、話を聴いてくれ、などと必ず何か求めて来る。

それも己のペースで、こっちの迷惑など考えもしない。 自分以外のコトは受け入れようとしないので、勿論こちらの話など聴きもしない。 だから何時まで経っても成仏出来ないのだ。 正雄からすれば、面倒くさいだけの存在だ。 結局佐代子もそうだった、正雄の提案に耳を傾けようともしない。 最近では少し慣れたのか、簡単な世間話には応じるのだが、事の原因に少しでも触れると、頑なに受け入れようとしないのだ。 下から上って来る霊魂は、ゆっくりとした動作で河川敷に座っている人間を、一人ずつ眺めながら近寄ってきた。 気付かない振りをした。 

何だぁコイツは? 太平洋戦争当時の軍服だろうか、服はボロボロで判断出来ないが、 

かろうじて帽子から判断出来る。 正雄は目を合わせない様に努めた。 その時正雄から五、六メートル程離れて座っていたおじさんが通り過ぎた軍服の霊魂を一瞬振り返って見たのだ。 ほんの一瞬の動作ではあるが、正雄は気付いた。 あのおじさんには見えている。 軍服の霊魂が近づいて来た。 必要以上に顔を眺め回して来る、キモイ。 しばらくして正雄の耳元まで来て「気付てるの、分かっているから・・・」と囁いたのだ。 

「分かっとるなら、わざわざ眺め回して来るなや、クソが」

思わず正雄は軍服の霊に言い返した。

「くふ、ふふふ、すぐ分かったから・・」 

「なめとんのか、キモイのぉ」

いきなり大声で怒鳴り始めた正雄の方を、河川敷に居る人達が変な目で見ている。 それもそうだろう、正雄が独り大声を出して居る

と思われているのだ。 頭がおかしくなったのだろうと思われているに違いない。 

「向こう行けや、クソがぁ」

「おー怖い、おー怖い、ひひひひ」

そう言いながら軍服の霊はまた、ゆっくりとした動作で向こう側に消えて行った。 正雄は皆の目が気になって、弁当も食べて無いのに工場へ帰るコトにした。

「アレはね、浮遊霊と言うのだよ・・・」

いつの間にか正雄の隣まで来ていたおじさんが言った。

「やっぱり見えていたのですか」

「まぁね、気付かない振りしないと、ほら、あとあと面倒だしさ・・・」

「ですよね、アイツら自分のコトしか言いませんからね。疲れますわ」

「でも君のさっきのヤツ。危険な行為だよ」

「そうですか、甘やかしたらダメでしょ」

「そうだけどさぁ、今回はたまたま大人しく離れて行ったけどね、浮遊霊は障るから」 

おじさんは田島と名乗った。 霊のコトでも色々と詳しそうだった。 正雄が分からないコトを沢山知って居そうだ。 正雄はまず、自分の経緯を話した。 それを優しく聞いてくれた後で、今度家へ遊びにおいでと誘ってくれた、その時にゆっくり話をしようと。


   七

 田島さんの家は校外にあった。 古い一軒家で、幽霊が住み着いて居ても、おかしくない感じだ。 しかし田島さんの話によると、

風水的には最高の立地らしく。 この家に霊魂が寄って来たコトは、一度も無いのだと。

 見える人が言うのだから本当だろう。 田島さんは小学生の頃、大きな病気をしたのだと。 その時に生死の境を彷徨い続けたのだが、奇跡的に助かったのだ。 そして、その日から霊魂が見える様になったのだと話してくれた。 と言うコトは、四〇年近くも見て来たのだ。 正雄の様なにわか霊感とは全然

比べ物にならない程の大ベテランだ。 取りあえず正雄は引越ししてからの一連の出来事を全て順序立て、田島さんに話して利かせた

のだ。 田島さんは正雄が全て話し終えるまで一言も口を挟まなかった。 そしてしばらく黙ったままで何かを考えている様だった。

「吉永君はその部屋に入った事で目覚めてしまったのだね。しかしそれは良くある事なのだよ。何処か特別な場所に行く事や体験する事で、元々備わっているモノが開花する。私の場合は大きな病気がそれだよ。吉永君の気持ちは良く分かるよ、私も始めは自分の頭がおかしくなったのかと思ってね・・大変だったよ、人に見えないモノが見えるのだもん。

慣れるまでは時間が掛ったよ。吉永君は随分早いのだね、慣れるのが。きっと素質があるのだろうね。その力は磨かないとダメだよ、

今のままじゃ見えるだけで逆に呼び寄せてしまうだけだから。最低でも呼んじゃったモノ

位は払えるようにならないとね、辛いよ」 

田島さんの言う通り、呼び寄せたモノ位は払えるようになりたい。 力を磨くとは、修行を行うのだと言う。 修行とは、悟りを目指して心身浄化を習い修める事らしく、滝に打たれたり、瞑想してみたりするのだと言う。

 田島さんは毎月必ず滝に打たれに行っているらしい。 正雄は今度行く時には一緒に連れて行って貰う約束を執り付けた。 今度時間がある時にでも瞑想を行って見る事にしよう、これなら独でも出来そうだ。 田島さんは除霊もすると言う。 口で諭すのではなく心に直接語り掛けるのだそうだ。 心に語ると余計な言葉は要らず、気持ちをダイレクトに伝える事が出来て、相手も理解しやすくなるのだそうだ。 田島さん曰く、この力は誰もが持てるモノではない、それなのに自分たちは持っている、これにはきっと何か意味があるのだと言う。 何か特別な意味が。 だからこの力は自分だけの為に使ってはならない、金儲けに使うなどもっての他なのだと。 

 正雄は今日田島さんの家に行って良かったと思った。 心の何処かで、もしかしたら自分は頭がおかしくなっているのではないかと思って居たのだ。 頭はおかしくない、力の意味も分かった、これから向かう方向性もおぼろげながら見えて来た。 何よりも嬉しかったのは、自分が特別な存在なのだと言われたコトだ。 そんなコト今まで誰からも言われたコトが無かったので、嬉しいより驚きの方が先に来た。 しかし自分のような人間が本当に特別なのだろうか?自分なんかで良いのだろうか。 考えていると少し不安になって来た。 いつも考え過ぎて、最後には不安になるのが正雄の悪い癖だ。 今日、田島さんが言って居たのだが、正雄の部屋は霊の通り道になっているのではないかとのコトだ。

頻繁に違う霊魂が現れる場合は要注意らしいのだ。 霊の通り道とはその名の通り、頻繁に霊魂が通り抜けて行くスポットのコトで、

あちらの世界とこちらの世界とが、交じり合

う異空間的な場所になっているのではないかと言う訳だ。 もそもそうであるなら、正雄がその場所で生活するのは余り宜しくないと注意されたのだ。 特に正雄は見える人だから、頻繁に霊魂が現れるのであれば、何か障りがあるかも知れないと、心配してくれた。

 今度の日曜日には確認しに来てくれるらしいのだが、しかし田島さんの言う霊の通り道であったとしても、今の正雄に引っ越しなどとても無理だ。 「まぁなるようになるさ」

 正雄は独り呟くと、帰路を急いだ。


   八

 アパートへ帰るとババァが座って居た。 

正雄の部屋である。 ババァは霊魂だ、帰って来た正雄を見ようともしない。 ムカつくコトに正雄の座椅子に座っているのだ。

「おいババァ、お前なにしとんのや」

思わず汚い言葉が出た。 この前の軍服の霊の時みたいに無性にムカつくのだ。 

しかしババァは何事も無い様に此方に向こうともしない、無視と言うヤツだ。

「お前人の部屋へ勝手に入って来て、ようそんな態度で居られるな、ゴラァ!」

最後のゴラァ!は、コラァ!とゴルァ!の中間くらいの声で発音した。 しかしババァは

知らぬ顔で、正雄の座椅子に深く腰掛けて居る。 まるで自分の椅子に座って居るかの如く、正雄の存在など気にも留めない。 それから暫く正雄はババァを脅したりスカしたり

したが、ババァはビクともしない。 いったい何なのだこのババァは、何を訴え懸けたいのかサッパリ分からない。

「バァさんよぉ、いい加減にしてくれや」

「おいババァ、聴こえとんのか」

「ババァ、コラァ、お前、舐めとんかい」

「しばくぞホンマ、クソババァがぁ」

「たのむ、何とか言ってくれ~」 

正雄は疲れて来た、お年寄りに手を挙げてはいけないのは勿論分かっている。 

でもこのバァさんには良いだろうと思った時だった。 正雄は疲れて来た、お年寄りに手を挙げてはいけないのは勿論分かっている。 

 ババァはゆっくりとした動作で立ち上がり

正雄の方に一瞥くれると、壁の方にヨタヨタ

と歩いて行き、そして消えた。 何がしたかったのか不明のままババァは居なくなった。

 この間の軍服の霊もだが、ラップ音とか金縛りとかみたいな一連の動作無しで、こんな感じでいきなり来たりもするのか・・・。 

でもあのババァは苦手だなと正雄は思った。

 それから何日か過ぎて田島さんが部屋を見に来てくれた。 やはり田島さんの言う通りこの部屋は霊の通り道なのだそうだ。 そうだろうなと思って居たが、そうだと言われるとがっかりしてしまった。

「どうするね吉永君、早く出た方が良いよ」

「はぁ、でもまぁ、お金も無いですし」

「私の家に来たって良いのだよ」

田島の言葉に思わず甘えそうになった。

「良いんすか、けどまぁ、もう少しここで頑張ってみようと思います」

本当は甘えたいが、何とか断った。

「そうなの、私は全然構わないのだよ」

「はい、いよいよの時はお願いします」

「何か障りがあっては遅いのだからね」

「すいません、有難う御座います」

何時でも良いからと何度も念を押して田島は帰って行った。 良い人だ、頭が下がる思いだ。 しかし家にまで押しかけて行く訳にはいくまい、そんな図々しい真似は出来ない、正雄にも一応プライドはあるのだ。 その夜久々に佐代子が現れた。 最近の正雄は金縛りが来る夜は何となく分かるのだ。 あ、今日は来るだろうなと分かるのだ。 力が少しずつパワーアップしているのだろうか。 

「ねえ、ちょっと聴いてみたいのだけど」

「なに」

佐代子は露骨に怪訝そうな顔をした。 こいつも自分の事しか考えて居ない、此方からの質問を極端に嫌がるのだ。 提案などしようものなら真っ向から否定する。 自分に力が足りないからだろうか、田島ならとっくに成仏させているのかも知れない。

「君は成仏したいとは思わないの」

「はぁっ」

此方の気持ちも考えずに眉を吊り上げた、どうすればそんな顔が出来るのだろう。 取りあえず田島が言うように佐代子の心に語ってみる事にした。

「アンタ何ずっと黙っているのよ、いきなり変な事言い出してさ。そんな事より私の話を聴いてよね」

やはりダメだ、まだ自分はその域までは達していない。 どうやれば心に語る事が出来るのか、全く雲を掴む様な話だ。 その日は結局朝まで佐代子の話に付き合う羽目になった。 同じ事を繰り返すだけの話だ。 早く心に語り掛ける力を習得せねば、何時までもこんな事を繰り返すのだろうか。


   九

 正雄は考えて居た、このアパートに越して来て早くも二ヵ月になる。 心に語り掛ける技はまだ出来ないが、他の事が幾つか出来るようになった。 まず金縛りを解く方法を編み出した。 金縛りに掛かった時、無理に力を入れてジタバタしてはダメだと言う事が分かった。 逆に身体の力を抜いて全神経を集中させるのだ。 すると金縛りの圧力に強弱が有る事に気付いたのだ、まるで呼吸をしているようだ。 それを利用して力が弱くなった瞬間に此方の力を一気に入れる、グァッと言う感じだ。 するとバチッと言う嫌な音と共に金縛りが解けるのだ。 それが正解かどうかは分からないのだが、金縛りは解ける。

 身体には良くない様な気もするのだが、一歩前進だ。 それから霊が現れた時は、強気な態度で接すること。 いきなり怒鳴り散らす事もあるが、これは正解だと思う。

証拠に向こうが何かを訴え懸けて来る前に消える、いや逃げるのだ。 佐代子の様になってしまえば今更無理だろうが、初対面の霊には効果覿面だ。 思えば軍服の霊もババァの霊も始めから強気で接して居たので、二度と近寄っては来ない。 成仏こそさせられないが、まずは降り掛かる厄を払えているのだ、

これも一歩前進だ。 金縛りに掛かる夜には

“今日は来るな”と予め分かる様になった。

 これは以前から予感はあったのだが、今では百発百中の確率で分かる様になったのだ。

 頭の後ろの方から“ぞわっ”として来る感じを正確に捉えられる様になったのだ。 以前の正雄ならスルーしていただろう。 俺は順調に力を付けている、そう確信した。 そんな事を考えながら居ると、後ろの方から視線を感じた。 振り返って見るとサラリーマン風の男と目が合った。 正雄の部屋なのだから、普通では有り得ない、霊魂だ。

「こら、お前何しとんのか」

「あ、す、すいません・・・」

そう言うと慌てて逃げ出そうとする。

「ちょっと待てや」

「え、あ、はい、す、すいません・・・」

何とも気の弱そうな霊である。 親しみさえ覚えてしまう。

「お前、何でここに居るんや」

「はぁ、あのぉ、私交通事故に遭いまして、

たしか救急車で運ばれていたと思っていたのですけど・・・気が付いたら・・ここに居まして・・あ、すいません、すぐに出ます」

「いや、ちょっと待てよ」

「はぁ、分かりました・・・」

サラリーマン風の霊はその場に正座した。

「アンタ名前は?」

「はい紹介遅れました、私木戸と申します」

「じゃあ木戸さん、アンタ死んで居るのが分かっているの」

「ま、まさかぁ、私が?今こうして話していますよね・・・死んでいるなんて、ねぇ」

やっぱりそうだ、自分が死んで居る事に気付いていないのだ。 だから成仏出来ないでこの世を彷徨い続ける。 可哀そうだがこの男も、自分で悟るまでこの世を永遠に彷徨い続ける事になるだろう。 

「木戸さんさぁ、今の自分の状況をよく思い返してみておかしいと思わない?」

「・・・」

「よ~く考えてみ、普通じゃ有得ないやろ」

「はぁ、そうですよね」

「アンタは救急車の中で死んだのやで」

「私、今死んでいるのですか」

「そう考えたら、辻褄が合うやろ」

「ん~、まぁ、そうですけど・・・」

「他に考えようは無いやろ」

「ですね・・・じゃあ、これから私どうすれば良いのでしょうか?」

「成仏するしかないなぁ」

「はぁ、でもどうやって・・・」

「俺が知る訳無いやろ」

「そんなぁ~、無責任な」

「無責任って、アンタの問題やで」

「そうですけど、一緒に考えて下さいよぉ」

一緒に考えてくれと言われても正雄にも分からない、正雄はまだ生きているのだ。 死んだ後の事なんて、死んでみないと分かる訳が無いのだ。 面倒くさくなって来て、このままほったらかそうかと思ったとき、木戸が何かを言い出した。

「あれ、何、どうしたの、おばぁちゃん」

「ちょっ、木戸さん、どうした、ねぇ」

「おばぁちゃん、おばぁちゃん」

天井の方から眩しい光が差して来るのが見えた。 とても眩しく正雄は目を開けて居られない。 それでも薄目を開けて見ていると、

木戸が幸せそうな顔をして消えて行くのが分かった。 どう言う事だろう、これは。 もしかして木戸は成仏したのだろうか。 木戸はおばぁちゃんと言って居た。 先に死んで成仏して居たおばぁちゃんの霊が迎えに来た

と言う事だろうか。 木戸が死んで居る事を認めさせたことで、木戸は己が本当に死んだのだと悟ったのだ。 この世に未練のない木戸だから成仏出来たのだ。 自分が死んだのだと理解するだけで良かったのだ。 正雄は成仏させると言う意味が、何となく分かった気がした。 正雄は知らぬ間に除霊をして居たのだ。


   十

 あたたたたたっ、親指の痛みに正雄は飛び起きた。 見ると正雄の腕におばさんが覆いかぶさる様にして乗って居る。

「痛ぇ痛ぇ、痛えって」

おばさんが正雄の腕にしがみついて、親指を反対方向に曲げているのだ。 力一杯振りほどいたが、おばさんはまた正雄の腕にしがみついて来ようとする。

「おい、おばはん、そこで何しよるんか」

ここでようやくおばさんと目が合う。

おばさんは、ビクッとした。 

「遅っ!ババァそこで何をしよるんか」

「はぁ、はぁ、アンタ見えるんか」

「おい、同じ事を二回も言わせんな、ババァ

そこで何をしよるんか」

「ふんっ、あたしゃババァじゃないわ!」

「どっからどう見てもババァやろうが、おう!このクソババァがぁ、このぉ!」

「アンタなぁ、いきなりババァ言うてから失礼やないの!そもそもあたしゃまだそんな歳じゅあないわ!」

こともあろうか、このおばさんの霊は正雄の怒鳴り声に対して、怯む事無く居直り返して来たのだ。 そこからはしばらくの間口論が始まった。 最近の正雄は相手の霊に対して

いかに己の所業が間違って居るのかと、正論をぶち込んでネチネチとやる技を習得したのだが、このおばさんの霊は中々の強者だ まず己がババァだと言う事すら認めようとはしないのだ。 最近の事ではあるが、正雄のぶち込む正論に対して大抵の場合、霊魂達は反省の念を示すのだが、このおばさんはビクともしない。 ここ数週間で培ってきた自信は見事に崩れ去ってしまった。

「アンタな、人をババァ呼ばわりしてホンマ

腹立つわぁ」

人ではなく霊魂なのだが、正す気力も無くなって来た。 面倒くさいのだ。

「分かった、分かった、おばさんね」

「アンタ初対面でおばさんも失礼やで」

「あ、そう、じゃあ奥さん、で奥さんは」

「結婚してないわ!まだ初婚やわ!」

正雄はもう面倒くさくなって来た。 明日も仕事なのだ、早く寝なくては仕事に障る。 

世の中は広い、広すぎる。 あの世も合わせると途方もないものだ。 調子に乗りすぎていたのだ。 正雄は天狗になっていた。 謝ろう、誤って許しを乞うのだ、これはきっと天狗になっている正雄を諫める為に送りこまれてきた刺客に違いないのだ。

正雄は素直に謝るコトに決めた。

「お姉さん、数々の暴言申し訳ありません」

「はぁ、お姉さん?アンタバカにしているのんか、そう言ったら私が喜ぶ思っとるんか」

「・・・」

「なぁ、バカにしているやろ、なぁ、なぁ」

「い、いや、すいません」

「ホント心から謝っているのかいな、なぁ」

「本当に心から悪いと思っています」

「ホントやなぁ、なぁ、なぁ」

「この通りです、申し訳ありません」

「アンタ男が土下座してどないすんの」

「はぁ、で、でも・・・」

「泣いているの?キショイわぁ、男のくせにホンマにキショイわぁ」

「・・・」

「まぁ、アンタの気持ちは良く分かったわ、また来るから」

「あ、いや、そ、それは・・・」

「その時までもっと男を磨いときない」

「ち、ちょっと、ま、まって」

おばさんの霊はまた来ると言い残して消えたのだ。 また来るのだ。 正雄は初めての挫折を味わったのだ。


   十一

 正雄は瞑想を始めることにした、とは言うものの瞑想って何だろう。 取りあえずスマホでググるところから始める事にしよう。 瞑想とは心を鎮めて自身と向き合い、今の自身の心がどう感じているか知る事らしい。 

瞑想を行う事により、深く自分を見つめ直す事が出来、頭の中を駆け巡る雑念や日常のストレスがあることに気がつくとある、なるほどね、まず頭の中から雑念を振り払うのが大事なポイントになる訳だな。 よしやってみよう。 中々頭の中を空っぽにするのって難しい、ついつい要らない事を考えてしまう。

 寺のお坊さん何かも、きっとこんな修行を行っているのだろう、座禅を組んでした方が

良いのだろうか?取敢えずは持続しないと意味がないだろうから、リラックスして楽な体制でやる事にした。 何日か続けてみると、

いかに瞑想が大事かと言う事が分って来た。

 気分が落ち着き、集中力が上がって来た様な気がする。 始めの頃は苦しんだが、頭の中を空っぽにした状態で今の自分自身を見つめていると、不思議だが何かが見えて来た様な気がしたのだ。 何かは分らないが、それはとても大事なものの様な気がする。 この何かがきっと除霊する上で必要なものに成るのだろう。 今すぐに分らないでも、焦る事はない、少しずつ分って行けば良いのだ。 

瞑想は夜寝る前と、朝起きてからすぐの五分ずつ毎日やる事にした。 一ヵ月程続けてみると身体の調子が本当に良くなった。 ストレスの逃がし方を覚えたからだ。 このひと月の間に二度程、田島に付いて滝修行を行った。 しかし滝に打たれながら頭を空っぽにする事は出来なかった。

あのうるさい音と大量の冷たい水しぶきの中では、とてもじゃないが心を落ち着かせる事は出来そうにない。 その内出来る様になると田島は言うが、まだまだ先は長そうだ。 

このアパートに来て四ヵ月が経とうとして居た。 早いものだ、霊魂は毎日のように眼にしているので、もう慣れてしまった。 人間どんな環境でも慣れるのだなと感心してしまう。 一度現れた霊に、死んだらどうなるのかと聴いてみた事があるが、これは愚問であった。 自分が死んで居るとは思って居ない連中である、何言っているのコイツみたいに不思議そうな顔をされた。 それが分って居たならとっくに成仏している筈だ。 ある日変なものを見た。 アパート内のエアコンと天井の隙間に丁度顔の様なモノが挟まって居るのだ。 フワフワしてまるで風船のようである。 窓を開けようとした時に発見したのだ。 空気が淀んで居る気がして、空気の入れ替えをしようと思い窓を開けた。

その顔の様なモノは暫く風に揺れていたが、ピュ~ッと風に吹かれて飛んで行ってしまった。 後で田島さんに聴いたのだが、暗い場所や淀んだ空気の溜る所には“オリ”が溜るらしいのだ。 “オリ”とはワインの中に溜る浮遊物や沈殿物の事をそう呼ぶが、田島の言う“オリ”は、何か悪い気の様なモノらしく、ワインの中に溜る浮遊物を想像したら分りやすい。 窓を開けて風を入れ替えるだけで、何か気持ちがスッキリするのは、実はそう言う事だったのか。 あの風船顔がオリね、確かに何か悪い気の様なモノだったと思い返すと、可笑しくなり笑ってしまった。


   十二

 正雄の住む地方都市には、犬鳴峠と言う有名な心霊スポットがある。 休み時間に会社の後輩たちがその犬鳴峠の話をしていた。 

正雄は何となくその話を聴きながら、そんな所より自分の今置かれている環境のほうが、

もっと凄いのにと言いたい気持ちを抑えていた。 人に言っても信じて貰えないだろう。

「先輩、今度行きましょうよ、犬鳴」

「はぁっ、今更犬鳴峠?今までに何回も行った事あるやろ」

「でもあそこ、マジで最強スポットっすよ」

犬鳴峠は今までに何回も行った事はある。 

確かに不気味な場所ではあるが、実際に幽霊を見たことは一度もない、だが今の状態で行ったらきっととんでもない事になるだろう。

「じゃあ先輩、犬鳴峠のまだ奥に猫峠って言うのがあるのを知っています?」

「え、猫峠?えらい可愛らしい名前やな」

「知る人ぞ知る所ですよ、そっちの方がヤバイらしいですよ」

「ふ~ん、そんなトコ有るんや」

「ね、先輩行ってみましょうよ」

本当は行きたくないのだが、後輩の前だから少し恰好も付けたい。 何となく今度の休みに行く約束をしてしまって居た。

猫峠へは後輩二人と正雄の三人で行く事になった。 三人でお金を出し合ってレンタカーを借りる事にした。 車はヨシダ自動車のキャローラだ。 運転は正雄がする事になった、車の運転は久し振りだ。 始めの内はあまり乗り気がしなかったのだが、久し振りの運転と猫峠と言う可愛らしいネーミングに、

何だか楽しい気分になって来た。

「先輩、幽霊って信じます?」

「幽霊、おう、居るぞ、本当に」

「ええ~っ、見た事あるのですか?」

「ん、お、おう、まぁな、見たことはある」

「マジっすか、俺は一度も無いっスわ」

後輩たちとそんな話で盛上りながら、あの信号機を渡ればもう猫峠の入口だ。 夜中の二時だ、普通なら黄色の点滅信号のはずなのに赤信号になっている。 誰か押しボタンを押したのかなぁ、と何となく横断歩道の所を見ると、学生服姿の幽霊が立っていた。

「うわぁぁぁ、なんやコイツ、出たぁ」

「お?お前らにも見えるや」

「ヤバイっす、怖い、怖い、先輩逃げて~」

後輩達の尋常じゃない怖がり方に、正雄も何だか怖くなって来た。 見た瞬間にこの世の者では無いのが分かった。 学生服を着て、多分まだ中学生くらいだろう。 目が銀色に光っている。 中坊の癖にめっちゃヤバイ匂いがする。 この間の武士の霊より格上やなと正雄は思った。 赤信号など無視だ、アクセル全開にして早くこの場を離れたい。

「うわぁ、コエ~ッ、先輩早く~」

「マジ初めて見た!やばっ!」

自分が見えるのは分るが、後輩にも見えていたとなると、よほど霊格が高いのだろうか、強い力を持った霊に違いない。

ドォ~ン! 一瞬何が起ったのか分らなかった。 中坊の霊がキャローラの後ろトランクの上に飛び乗って来たのだ。 後ろドアの窓枠をしっかり掴んでいる。 レンタカーなのに、傷付いたらどうするつもりなのか。

「なんやコイツやばい!先輩~」

「うわ、うわ、うわ、うわ、うわ~」

後ろの席に居る後輩たちは大騒ぎだ。 正雄もこの中坊の霊は、本当にやべぇ奴だと思った。 この先は峠だ。 何とか振り解いてやりたい、こうなったらイニシャルDよろしくアクセル全開で峠を走るしか無さそうだ。 

何本目かのカーブをドリフトしながら曲った時に、ふと車体が軽くなった。 中坊の霊を振り落としてやったのだ。 ドアミラー越しに見えたのだが、身体の方は飛ばしてやったが、両手はまだしっかりとドア枠を掴んで居る。 腕の途中から千切れて血管や肉がバタバタと風になびいている。 鯉のぼりの一番上でなびいて居る、コレ何鯉ですか?て奴みたいになって居る。 その腕は、暫くの間引っ付いていた。 いつの間にか猫峠を越えていたようだ、近くの空き地に車を停めた。 

「アレはホンマにやばかったで」

「もう居ないっすよね、先輩」

「もう居らん、でも一回戻ろうと思っとる」

「はぁ?マジで言っています、どうして?」

「ちょっと確認したいことがあってなぁ」

「意味分らないです、辞めて下さい、先輩」

「アノ時お前ら見て無いやろ?手が千切れて身体が飛んでったんやで、幽霊がそんなことになるか?もしかしたら本当は人で、それやったら俺が殺した事になるやろ?それだけは確認しときたいんや」

「ダメです、絶対にアレは幽霊です」

「人殺しにだけはなりたく無いからな、どうしても確認しときたい」

正雄はどうしても確認しに戻りたかったのだが、後輩たちがそれを絶対に許さない。 暫くの間押し問答が続いたが、二対一では正雄に勝ち目は無かった。 仕方なく帰る事になったが、正雄は後でもう一度見に来ようと思って居た。 後輩たちを降ろした後で、独りでも確認しに来なければならない。


   十三

「先輩、ちょっと聴いて良いですか」

「ん?なに、どうした」

「アレってやっぱ幽霊ですよね、だったらお祓いとかしないとヤバイですかね」

「お祓い?あぁ、どうかな」

「祟られて熱出たとかよく聴くし、あれマジ

でヤバイですよ、今でもまだ怖いですよ」

「お祓いねぇ、ちょっと聴いてみるか」

取り敢えず田島に連絡を入れる事にした、まだ朝の六時だが田島の朝は早い、大丈夫だろう。 田島は正雄の話を何も言わず最後まで聴いてくれた。 

「ん~、目が銀色って言うのは良くないね」

「そうなんですか」

「金とか銀って言うのはねぇ、あんまり良くないのだよ、私の手に負えそうにないねぇ」

田島にしては弱気な発言だった。 それほどアレはやばかったのだ。 中坊の癖に生意気な奴だ、そう思っても怖いのだが。

田島は霊媒の先生を紹介してくれると言う。

 霊障や霊媒を生業にしている人間が居る事は知って居たが、会うのは初めてだ。 手に負えないからと田島が紹介するのだ、田島以上と言う事だ。 橘姫たちばなひめと人々から敬称を受けている人らしい。 場所も車なので行けない距離ではない。 予め田島の方から連絡を入れてくれるとの事だ、正確な住所を聴いて電話を切った。

「おう、霊媒師の先生を紹介してもらった」

「お~、それは頼もしいですね」

「ここから三十分くらいのドライヴになるけど、どうする、行ってみるか」

「も、勿論です、すぐ行きましょう」

正雄はもう一度猫峠に行き確認したかったのだが、その気持ちも段々と薄れて来ていた。

それよりも橘姫の方に興味が湧いて来た。 

橘姫は婆さんだった。 姫でも何でもない。

「アンタ呼ばれよるね、銀色の目に」

開口一番、正雄を観て橘姫はそう言った。

「アンタ分らんやったの?呼ばれとること、

行ったら帰って来られないよ」

橘姫の言う通りだ、相手が霊だと分っていたはずなのに、どうしても行かなくてはならないと思って居たのだ。 行く理由も冷静になって考えたら、おかしい事を言っていた。

「アンタ魅入られとったんやねぇ、行っていたら今頃どうなっていたか分らんよ」

「はい、背中がゾッとしますわ」

「まぁ、そこのお兄ちゃんの後ろが助けてくれたんよ、よくお礼を言いなさいよ」

「え?ん?う、後ろ?」

「アンタ観えるのやろ?そこのお兄ちゃんの守護霊に助けられたのやからね」

「後輩の守護霊にですか?」

「そうよ、そこのお兄ちゃんの守護霊はスゴイねぇ、眩し過ぎて姫ちゃんハッキリと観えないわ、それだけ霊格が高いって事。じゃないと今頃みんな連れて逝かれとったわ、アンタの守護霊は何をしよったのかいなぁ」

この婆さん自分の事を姫ちゃんて言った。 

その事が気になって後の話が余り入って来ないのだが、結局はこうだ。 あの中坊よりも後輩の守護霊の方が強かったって事だ。 あの時俺が戻ると言う事は、皆戻る事になっていたはずだ、運転していたのは俺だからだ。 

 婆さんの言う通り本当にやばかったのかも知れない、後輩の方を良く見ると、何んとなく後光が射している様に明るく見えた。 

「アンタらな、今回だけは祓ってやるわ、まだ少し縁付いて居るから。でもアンタら面白半分で危険な場所に行っとるのやけな、ホンマなら姫ちゃん放っておくんやで、分かっとんのかいな」

少し縁付いて居るとは、中坊にまた呼ばれる可能性があると言う事だろう。 そんな事よりまた姫ちゃんて言った。 キモイから良い婆さんの癖に・・・ しかし、力は本物だ。

 しっかりと祓って貰おう。 心霊スポットは遊び半分では絶対に行くべきでは無い。


   十四

 子供の霊は本当に可哀そうだ。 自分たちの様に大人であれば、ある日突然死んだとしても、その事を理解して成仏も出来るであろう。 こう言っては語弊があるかも知れないが、成仏出来ない霊たちは自分自身が招いた結果である、自分はそう思って居る。 他人の声に耳を傾けず、頑固に自分の考えを曲げようとはしないのだ、そのことで自分自身が辛いのにである。 正雄もつい最近までは死んだら無になるだけだと思って居たのだ。 

しかし魂は滅しないのである。 永遠に続くのだ、成仏がどう言うものかは分らないが、魂が浄化しても永遠に続くのだと思う。 成仏、浄化もせずに永遠にこの世を彷徨う魂もあるだろうが、それは自分で選んだ事なので仕方なく思って居る。 しかし本当に可哀そうなのは子供である。 特に三歳とか四歳位の子供の霊に何の罪があるのだろうか。

分らないのだ、いや、知らないのだ。 成仏して魂が浄化するなど、きっと永遠に気付きもしないだろう。 子供の霊をたまに観るのだけど、自分が霊魂に成っている事も気付かないで泣きながら母親を探して居る姿をよく観るのだが、心が張り裂けそうな気持になってしまう。 橘姫や田島であれば成仏させてあげられるのだろうが、正雄にはまだ方法も分らない。 言葉で説明をするのではなく、直接心に触れるのだと田島は言って居た。 そうすれば気持ちがダイレクトに伝わるから此方の伝えたい事が、全て理解して貰えるらしいのだ。 いくら言葉で説明した所で、相手には半分も伝わらないのだ。 それは人間社会では当り前の事で、言った言わないで喧嘩にもなるし、言葉が足りないで別れてしまうカップルも居るだろう。 心に語れる事はまさに理想形である。 正雄にはまだそれは出来ない。 この先出来る様になるのかどうかも分らない、出来る様になるのだろうか。

ただ観えるだけである。 話も出来るが、ただそれだけである。 ほとんどの場合、伝えて来るばかりで、此方の言う事は聴きもしない。 会話にならないのだ。 最近、正雄はこの自分の能力が嫌で耐えられなくなって来ていた。 子供の霊を観てからそんな気持になったのかも知れない。 なんの罪もない子供の霊は可哀そうだ。 一度田島に相談してみた事があるが、返って来た言葉は「キリがないよ」だった。 田島の様にもっとドライに考えた方が良いのだろうか。 人がこんな気持ちになって居るのに、隣にはババァが座って居る。 口も利かない。 子供は可哀そうだと思うが、ババァの事は可哀そうだとは思は無い。 逆に死ねば良いのにと思ってしまう。 実際には死んで居るので、願いは叶っているのだ。 考えると思わず笑ってしまったが、ババァは正雄を気にも留めない。 

独りで笑っただけである。

「お前はいったい何がしたいのかぁ」

「クソババァが、死んでしまえ」

言ってまた笑ってしまった。 暫くするとババァは壁に消えて行く。 同じくらいの時間に現れて、いつも同じ時間だけ座り、そして壁に消えて行く。 まるで版で押したように決まっている。 何だろうこのババァは。 

後で分った事だが、残像思念と言うらしい。

 死んだ後に魂ではなく、思念だけがこの世に残ると言う現象だそうだ。 魂はとっくに浄化しているのだろう、人の思いだけがこの世に何時までも残って居るのだ。 大切な物に思いが残ったりするのもきっとこの現象ではないかと思って居る。 大切にしていた人形に思いが残り、髪が伸びたりするのもこの残像思念が残っているのだ。 残像思念は結構起こる現象らしく、これを観た人は幽霊を見たと思うだろう。 人の念と言う力は底が知れない、怨念は死んだ後魂が念の力に支配され、怨続けるのだ。 佐代子もきっとこの念に支配されて成仏出来ないで居るのだ。


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