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青いサンタさんと愉快なトナカイさん

作者: 須方三城

 夢の国には、青い服のサンタクロースがいます。

 赤い服のサンタさんが子供たちに夢を配るように、青い服のサンタさんは子供たちの『夢を護る』のがお仕事です。


 ドリィお姉さんはそんな青服サンタの一人。

 今日もお仕事に出かけるため、青いナイトキャップを揺らしながら、そりを押してトナカイ小屋へと向かいます。


「トナカイさん。お仕事が入ったので出かけますよ……っと」


 トナカイ小屋に着くと、ドリィお姉さんは「はぁ……」と溜息を吐きました。呆れて目も半開きになります。

 じとっとした視線で見つめる先には、日曜日のおっさんみたいなだらしない姿勢で寝転がって読書に勤しむトナカイさんの姿。


「私たちは夢の国の住民なんですから、もう少しこう……ファンシーな姿勢で待機できませんか?」

「夢の国の住民じゃあない。ボクはトリケラトプスだぜ」


 うっわまた面倒くせぇパターンだ、とドリィお姉さんはげんなり。

 トナカイさんが読んでいる本に視線を落とすと、それは恐竜図鑑でした。


 トナカイさんは本や映画の影響をすぐに受ける子です。

 今回はトリケラトプスに何かしら感じるものがあった様子。角、でしょうか。


「まーたすぐ影響されて……そんなんだからトナ会の方々にキメラとか言うあだ名で呼ばれるんですよ」

「キメラじゃあない。ボクはトリケラトプスだぜ」

「はいはいトリケラトプスbotさん。さっさと立ってください。そりを繋ぎますので」

「そんなそりで大丈夫か?」

「問題ありませんよ」

「でもトリケラトプスはそりなんて()かないのぜ?」

「…………………………」


   ◆


 満天の星空を流星の如く駆けるトリケラトプス(トナカイ)。

 その背中には(くら)が装着されており、ドリィお姉さんが腰を浮かせた前傾姿勢、いわゆるモンキー乗りで騎乗中。


「それでサンタの旦那ァ。今回のシノギってのは?」

「ああ、そう言えば昨晩は任侠映画を見ていましたね……今回のお仕事は『不幸なお嬢さんが幸せになるのをサポートする』と言うものです」

「ほぉん、そいつはどんなスケなんでい?」

「名前はレイラさん一八歳」


 ドリィお姉さんは手綱を片手持ちにして、空いた手でナイトキャップからお仕事用のスマホを取り出します。


「資料によると……幼い頃に母を失い、父が再婚した継母やその連れ子の姉たちと上手くいかず。父の逝去をきっかけにその関係は悪化し、今ではまるで奴隷のような冷遇を受けているそうです」

「おいおいおい……そりゃあ中々シビアじゃあねぇの。泣けるのぜ」

「何キャラなんですかそれ。話を戻しますが、そんなレイラさんは今夜、親切な魔法使いの助力を得て人生一発大逆転。お城で開かれているパーティーに参加し、王子さまの玉の輿に乗ると言うストーリーになっていますが――」


 ここでドリィお姉さん、異変に気付きます。

 前方に件のレイラさんが住んでいるお屋敷が見え始めたのですが……なんと、玄関前に停車していたカボチャの馬車が無残に破壊されているではありませんか!


「……先を越されましたね。トナカイさん、急いでください」

「トナカイじゃあない、トリケラトプ」

「うるさい急げ」

「合点・サー。三秒で突っ込むのぜ、い~~~~~ち!!」


 直後、どごぉんと愉快な破壊音を伴って、ドリィお姉さんとトナカイさんはお屋敷の屋根を貫通。屋根裏部屋へ突入しました。


「……二と三は?」

「ベガスで休暇中だぜ」


 ドリィお姉さんはトナカイさんの小粋なメリケンジョークを無視して背中から降り、辺りを見渡します。

 屋根裏部屋はかなり手狭ですが、物置ではなく誰かが住んでいるらしく、ベッドを始め家具や日用品がちらほら。おそらく、冷遇を受けていると言うレイラさんの部屋でしょうね……等と推測しつつ、聞き耳を立てます。すると下の階から「何じゃい今の音はァ!?」と妙に攻撃的な老婆のしゃがれ声が聞こえました。


 資料によれば、レイラさんの家族に高齢者はいません。

 ドリィお姉さんは舌打ちひとつ。しゃがれ声の何者かに悟られないよう、ハンドサインでトナカイさんに指示を出します。


「了解だボス! 今からこの床をぶち抜いて下にいる奴に奇襲するのぜ!」


 トナカイさんの非常に元気の良い返事。

 下の階からは「何か分からんが、上から奇襲してくるだとぉ!?」と言う声。


「もう死ねよこのキメラ」


 ドリィお姉さんはついに本音を零しつつ、ナイトキャップからあるものを取り出します。

 それはジャガイモ……ではなく、ポテト閃光弾。


 ドリィお姉さんはトナカイへの怒りを乗せた拳で床を殴り砕き、空いた穴からピンを抜いたポテト閃光弾(フラッシュ)をぽいっと。閃光と炸裂音。老婆の「ぎゃっ」と言う悲鳴を聞いてから、床を蹴り抜いて下の階へ。


「っしゃあ行くぜぇ、死神さまのお通りだァ!! ボクを見た奴は死ぬぜぇ!」

「トリケラトプスなのか死神なのかせめてどっちかにしてください」

「おっとサンタさん、ボクの後ろに立つんじゃあないぞ!」

「ああもう滅茶苦茶ですよ」


 帰ったら食肉にしてやると言う確かな決意の元、ドリィお姉さんは前方、背中を丸めて呻く何者かに目を向けます。

 黒ずくめの巨体……お腹がぽっこりしていてだらしない。しかし声色の割には肉付きが良すぎる気もします。顔には【BAD】の白文字が刻まれた黒覆面。


「やはり先を越されていましたか……【悪意の改訂者バッドエンド・ライター】」


 この黒ずくめは「憎き正義に逆襲を(レイディ・リヴェンジ)」を合言葉に、夢の国を荒らすならず者どもの一人。

 元は数多の【夢物語】で、正義によって相応の報いを受け、滅ぼされてきた悪党どもの連合軍です。


「ぐぅぅ……おのれ、もしや青服か!」


 黒ずくめが老婆めいたしゃがれ声で叫びます。まだ閃光にやられた目が回復していないらしく、覆面の眼の辺りを押さえてフラフラ。


「はい、そうですよ。で、レイラさんはどこですか?」


 視力が回復する前に拘束すべく、ドリィお姉さんがナイトキャップに手を突っ込もうとしたその時。

 目を焼かれたはずの黒ずくめが、ドリィお姉さん目掛けて真っ直ぐに突進開始!


「……?」


 明らかにドリィお姉さんの位置を把握している動き!

 疑問に思いながらも、ドリィお姉さんは冷静に対処。

 ナイトキャップから防御用の強化プラスチックシールドを取り出し、黒ずくめの突進を受け止めます。


「!」


 しかし予想外のパワー!!

 ドリィお姉さんの体はまるで突風に薙ぎ払われた羽毛のように、あっさりと吹っ飛ばされ、背中を壁に痛打!


「がっ……!?」

「ヴォルフフフ……レイラ、あの小娘か。あいつをどこにやったかってぇ?」


 黒ずくめが笑いながら覆面を取ると、現れたのは――大きく裂けた口を歪めて嗤う、オオカミの顔。


「この大きなお口で食べちまったよぉ~~だ!! ヴォルハハハハハハ!!」


 オオカミは下衆な高笑いと共に自らのお腹をぽんぽんと叩く!

 何と言う事でしょう。ぽっこりお腹は無駄肉ではなく、レイラさんが収納されていたのです!


「……なるほど。オオカミ……納得のパワー、そして目を潰されても動ける訳です」


 背中痛ぁ……と小さく呻きつつ、ドリィお姉さんはシールドを投げ捨てました。

 次にナイトキャップから取り出したのは、自身の身長ほどもある巨大なハサミ。ドラゴンの首だってちょん斬れそうな優れもの。


「ヴォルフフフ、目が見えるようになってきたぜぇ。そして随分と物騒な得物だァ……が、果たして獣の剛毛を斬れるかねぇ?」

「早速、試してみましょう。返り血まみれになりそうで嫌ですが……まぁ、たまには赤い服を着るのも悪くありません」

「大口だなァ。知ってっかァ……弱いオオカミほど、よく吠えるんだぜぇ!?」


 オオカミ、吶喊!

 常人ならば目では追えないほどの速度!

 ですがドリィお姉さんの碧い瞳はその姿を完全に捉えていました!


「私、オオカミではないので」


 まずは首を落とす。そして腹を割いてレイラさんを取り出す。

 そう言う算段でオオカミを迎え撃とうと構えた、その時――オオカミとドリィお姉さんの間に、トナカイさんのお尻が割り込んだのです!!


「オオカミだなァ。知ってっかァ……ボクの後ろに立った奴は、死ぬぜぇ!?」


 強烈なトナカイ・キックが、オオカミの顔面を強襲、そして直撃っ!!


「ヴぉるふぇっ!?」


 オオカミはマヌケな悲鳴を上げて吹っ飛び、壁にめり込みっ!!

 そのまま白目を剥いて動かなくなりました。


「………………」


 肩透かしを食らう形になり、ドリィお姉さんは無表情のまま巨大ハサミをしゃきんしゃきん。


「ふふふ……活躍できてボク、満足」

「……まぁ、手間が省けたのでヨシとしましょう。食肉加工も保留とします」

「食肉!? ナニソレkwsk!」

「うるさい。ほら、このオオカミを捌いてレイラさんを取り出すの手伝ってください」

「りょけまる水産」


   ◆


 お城のパーティーへ向かうツギハギだらけのカボチャの馬車を見送りながら、ドリィお姉さんはほっと溜息。

 その隣、何やら白衣に身を包んで二足直立しているトナカイさんがドヤ顔をしています。


「トナカイ、失敗しないので」

「いやまぁ……割とマジで助かりましたよ。まさかあのオオカミ、丸呑みではなくきっちり咀嚼しているとは……」


 オオカミの腹をかっさばいて、ちょっとモザイク無しではお見せできない感じになってる肉塊(レイラさん)を見つけた時は、さすがのドリィお姉さんも「あちゃ~……」と頭を抱えました。

 トナカイさんが医療ドラマをキメラティックしていなかったら、レイラさんは助からなかったでしょう。

 ついでにカボチャの馬車の縫合もトナカイさんがやってくれました。


「これで食肉加工の件は完全白紙にしてもらえると嬉しかったりするぜ」

「前向きに善処できたら良いなと思います」

「それ善処しない奴なのでは? とトナカイは訝しんでみたり」

「そんな事よりほら、休憩終わり。レイラさんを追跡しますよ」

「早きこと風の如しじゃね?」

「当然でしょう。またあの黒い連中が仕掛けて来るかもなんですから」

「ぐえ~過労で死にそうンゴねぇ。青いのにブラック~、こっちの方が黒いって」

「うるさい。ほら。さっさと着替えて、鞍を付けてください」

「バイブスがん下げですわ~……」


 渋々、トナカイさんはうふーんあはーんな効果音と共に白衣をセクシー脱「食肉になりたいんですか?」「よーしマッハで着替えちゃうぞぉ!!」一瞬で着替え終わったトナカイさんを見て、ドリィお姉さんは「ほんとこいつは……」と溜息。


「まったく。多少の軽口は大目に見ますが、作業は手早く。でないと食肉ですからね?」

「うへぇ……この職場は残酷なのよぉ……」


 トナカイさんの言葉に、ドリィお姉さんは「当然」と喝破します。


「私たちが護っているものは、それほど大事なものなんです。だから、一緒に頑張りましょう」


 ドリィお姉さんは「よしよし」とトナカイさんの頭を撫でます。

 トナカイさんは「う~んこのDV上手ゥ」等と茶化しつつも、まんざらでもないご様子。


「素敵な夢がハッピーエンドを迎えるまで、絶対に護り抜く。それが私たちのお仕事です」


 赤い服のサンタさんが子供たちに夢を配るように。


 青い服のサンタさんは子供たちの夢を護ります。


 今日、あなたが見る夢物語も。

 もしかしたら青いサンタさんが護ったものかも知れません。


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[良い点] トナカイのキャラがアゲアゲな感じでいいのは、珍しいと思った。
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