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7. 真相


「エイラ嬢から離れろ、ヒルダ・アウノラ」


 低く鋭い声が聞こえた瞬間、軽い衝撃とともに首を圧迫していた力が消えた。

 まさか、と信じられない思いで恐る恐る目を開ければ、そこには私が最期を覚悟して思い浮かべた人物──ミカエル・ライスト様が立っていた。


「あ……ミカエル様……?」


 どうして彼がここに?

 亡くなったのではなかったの?


 あまりの驚きに、それ以上言葉が出ない私を、ミカエル様が不安げに見つめる。


「エイラ嬢、大丈夫か? 助けるのが遅くなって本当にすまない」


 ミカエル様がわずかに震える手で、私の首元をそっと撫でる。

 怒りと不安がない混ぜになったようなミカエル様の瞳を見て、私は思わず彼の手に触れた。


「……ええ、大丈夫です。すぐに助けていただいたので……」

「エイラ嬢……」

「それより、なぜ──」


 なぜ生きているのか、そう尋ねようとしたとき。

 ミカエル様に突き飛ばされ床に倒れていたヒルダが体を起こして叫んだ。


「ミカエルっ!? 生きていたのね! ああ、よかった……! わたくしがどれだけあなたを……」


 ヒルダがゆらりと立ち上がり、不安定な足取りでこちらへ歩いてくる。

 ミカエル様は自分の背に私を隠し、ヒルダに向かい合った。


「止まれ、ヒルダ。エイラ嬢に手を出したとなれば、もう容赦はしない」


 ミカエル様が、ぞっとするほど冷たい声で言い放つ。

 ヒルダは一瞬怯む様子を見せたが、わなわなと震え始めたかと思うと、激昂して叫び声を上げた。


「あぁぁぁああっ!! わたくしの前で他の女の名前を呼ばないで! ミカエルはわたくしのものなの! だからわたくしにだけ尽くすべきなのよ!」


 ヒルダがサイドテーブルに置かれていた燭台を手に取り、目を血走らせながら襲いかかる。

 しかし、恐怖に身をすくませる間もなく、ミカエル様がヒルダの腕を捻り上げた。

 ヒルダの手から燭台が滑り落ちて、ガシャンと大きな音を立てる。


「おい、連れて行け!」


 ミカエル様が声をかけると、部屋の外から騎士の格好をした男性が二人現れた。

 そして、あらかじめ予定されていたかのようにヒルダの両手を縛り上げて拘束した。


 ヒルダは何か(わめ)きながら暴れていたけれど、屈強な男性二人に敵うはずもなく、そのままどこかへ連れて行かれてしまった。


 あとに残されたのは、私とミカエル様の二人だけ。

 お互いに見つめ合ったまま、しばらく沈黙が続いたが、やがてミカエル様が遠慮がちに口を開いた。


「エイラ嬢、怖い思いをさせてすまなかった。……すべて、俺のせいだ」


 心底悔やんだ表情で謝罪するミカエル様に、私はかぶりを振って見せた。


「いいえ、ミカエル様はヒルダと付き合わないよう忠告してくださったのに、それを聞かなかったのは私です。私に責任があります」


 そう、同時期にできた婚約者と友人。

 素っ気ない婚約者よりも、優しくしてくれる友人を信じたくて、ミカエル様の忠告を無視してしまった。


 彼ももっと詳しく話してくれたらよかったのかもしれないが、それでも私はそのとき信じたいほうを──ヒルダのほうを信じただろう。

 だから、自業自得だ。見る目のなかった私が悪い。


 それに、今知りたいのは、どちらのせいかなんてことではない。

 そんなことよりも。


「……ミカエル様は、生きていらっしゃったのですね」


 私の言葉に、ミカエル様がうなずく。


「ああ、騙してしまって申し訳ない。……あのとき、毒は少ししか口にしなかった。それに、君がすぐに医者を呼んでくれたおかげだ。もう一口飲んでいたら死んでいたと医者には言われたが……」

「まさか……毒が入っていると分かってお飲みになったということですか?」

「ああ。メイドの様子もおかしかったし、君が毒見と言い出すのを聞いて、ヒルダならやりかねないと思った」

「……私が毒を盛ったとは思わなかったのですか?」

「君はそんなことしない」


 ミカエル様が私を見つめる。

 あまりにも真っ直ぐな眼差しを私は受け止めることができない。


 だって、私はあなたを信じることができなかったのに。

 それなのに、あなたはそんな風に思ってくれていたの?

 私は毒など盛ったりしないと、信じてくれていたの?


「どうして……どうしてそんなことをなさったのですか……! 飲まずに捨ててしまえばよかったではないですか! 死ぬかもしれなかったのに……」


 胸の内に湧き出てくる罪悪感と恐怖を吐き出すように、震える声で叫ぶ。

 そんな私に、ミカエル様は困ったように微笑んだ。


「……ヒルダをどうにかするには、それが一番手っ取り早かった。ヒルダの盛った毒で俺が死ねば、彼女は君を相手に自白すると思った」

「……!」


 たしかに、彼の読みは当たって、彼女は私に本性を現した。

 おそらく、毒殺未遂(・・)に終わっていたら上手くいかなかっただろうと思う。

 もしミカエル様が生きていたら、彼女はこれ幸いと私を犯人に仕立て上げていたはずだ。


「君も騙すことになってしまったのは本当に申し訳なかった。だが、早く不安要素をなくしてしまいたかったんだ。何にも煩わされることなく、婚約者として堂々と君を愛したかった」

「え……?」


 私を、愛したかった……?


 聞き違いだろうか。

 彼からそんな言葉が出てくるなんて、信じられない。


「……それは、私との婚約を望んでくださっていたということですか?」

「当然だ。だが、今までの俺の態度では誤解されても仕方ないと思っている。だから、どうかこれから挽回させてほしい」


 そんなことを言って、彼が熱っぽい瞳で見つめてくるものだから、私は戸惑ってしまう。

 だって、こんなに情熱的な彼の姿なんて見たことがない。


 本当に彼はミカエル・ライスト様なの?

 婚約者なのに素っ気ない態度ばかりだったミカエル様なの?


 不思議そうに彼を見上げる私に、ミカエル様が言う。


「君に話したいことがある。明日、君の屋敷へ迎えに行くから、待っていてほしい」

「……今ではだめなのですか?」

「俺も早く言いたいが……まずは君の怪我を早く診てもらったほうがいいだろうから」


 そういえば、さっきヒルダに押されて背中をぶつけ、首も力いっぱい絞められてしまったのだった。

 念のため、医者に診てもらったほうがいいだろう。


「たしかに、そのようですね……」


 それに、今日は色々と衝撃が大きすぎて、頭がうまく回らなくなってきた。

 ミカエル様の仰るとおり、日を改めて話を聞いたほうがよさそうだ。


「では、明日お待ちしております」

「ああ、ありがとう」


 そう言って嬉しそうに笑うミカエル様が、思わず息を呑むほど美しくて幸せそうで。

 私は一瞬、とくんと胸が高鳴るのを感じたのだった。



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