第五話
日下部 賢人 : 主人公。
小学生の時、美奈と結婚するんだろう?とクラスメイトにからかわれた際、自信と確信を持って、「俺が、美奈を嫁にする!」と宣言した。
その後、一目置かれるようになった。
花坂 美奈 : 恋人。
小学生の時、夫婦と囃し立てられたが、むしろ嬉しくて喜んだ。
その後、男子も女子も距離を保つようになった。
遠藤 彦太郎 : 親友。
二人とも、相当な数に狙われているのを知ってた。
けど、二人に付け入る隙がないことも知ってた。
暗闇の空間までもう少し、というところまで登ることができた。
後ろを振り返りたいが、例の女性の警告を思い出して、やめた。
坂も、だんだん緩やかになってきている気がする。
坂の下の方からは、いまだに怒号と戦闘音が聞こえてくるわけで、安心するにはまだ早いと思いつつも、もうすぐ帰れると確信してしまう。
……それが、最後の罠とは知らずに。
暗闇の領域まで、あと一分。
上着の裾を、がしりと掴まれた。
そして、あり得ない声が聞こえた。
『もうすぐだね。もうすぐ、帰れるね』
すぐ後ろから、美奈の声が聞こえた。
服を掴む力はすさまじく、振りきれないかもしれない。
『……ねぇ、顔を見せて?』
……さて、後ろにいるのは、何だろう?
美奈は、この手のなかにいるんだぞ?
『…………ねぇ?…………こっちに…………おいでぇ…………』
後ろの声が、美奈のものから、ナニか、べつのものへと変わっていく。
そして、
きゃははは
うおぉぉお
ひゃ ひゃ ひゃ
こっちにぃ
オノレ オノレ
逃がさぬ
老若男女、何十もの声が、何重にも重なって聞こえる。
それだけで気が狂いそうになるが、今の俺には……いや、いつも俺には、心強い味方がいるんだよ。
美奈が無言無表情のまま、リュックの中から木の棒を取り出す。
以心伝心だね。今欲しいものを取り出してくれた。
ご神木として奉られていた、巨大な古木の枝から切り出したという、短い木刀。
振り返れない以上、木刀で叩きのめすこともできない。
……だが。
『ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!!』
美奈には、両手を首に回してしっかりと掴まってもらって、片手で美奈を抱き直し、木刀を服を掴む手に押し当てた。
すると、木刀に本当に破邪の力でもあったのか、悲鳴と同時に手が離れ、つんのめったが、倒れるわけにはいかなかった。
『オノレ、オノレェ……!!』
ザクロの実を後ろに投げたら、むさぼり食う音がした。
「行こう。帰ろう。俺たちの家に」
気付けば、暗闇の領域まで、あと十歩。
声:最後の罠。
神話などによると、想い人を冥府より連れ帰る際、相手の女性と手を繋ぎ、後ろを歩かせて坂を上っている。
だから、最後の瞬間に後ろから労いの言葉を掛けられ、つい、振り返ってしまう羽目になる。
相手が自分より前にいれば、声が聞こえても振り返ることなどないだろう。
手:死者の、生者に対する強い嫉妬。仲間へ引き込もうとする。
数十程度の雑霊では、二人では立ち向かえなくとも、数百年に及ぶ時間の前には、無力だった模様。