第一話
日下部 賢人 : 主人公
花坂 美奈 : 恋人
遠藤 彦太郎 : 親友
「なあ、遠藤。ここが本当に……?」
「……噂によると、だな。嫌なら帰ろうぜ?美奈さんが病院で待ってるぞ?」
「……いや、いくよ。案内ご苦労。助かるよ」
ここは、ひらさか駅の地下。
関係者以外立ち入り禁止の区域。
目の前には、鉄筋コンクリート製の壁。
とてもとても、動かせるとは思えない。
……これが、《千引きの岩》か……。動かせそうにないな……。
岩というか、壁だ。動くものでもなさそう。
……というか、《向こう側》へ行くためには、この壁を動かす必要はないという。
ならば、どうするか?
それは、ただ、乞い願う。それだけだという。
それだけで、黄泉平坂を下る人の魂を連れ戻す権利が得られるという。
……ただし、一度だけ。さらに、リスクもあれば、決まりごともある。
しかし、そんなの関係ない。
……いや、決まりごとを守らなければ美奈を連れ帰ることができないなら、きちんと守りますよ。
理不尽な事件に見舞われた恋人の魂を連れ戻し、病院で眠り続ける美奈が目を覚ますなら。
喜んで、そのリスク、受け入れよう。
※※※
俺、日下部 賢人と、花坂 美奈は、なんとも深い縁で結ばれていた。
家は隣同士で、
双方の親同士が幼馴染みの親友で、
産まれた日も同じで、
部屋の窓を開ければお互いの顔が見えて、
同じ幼稚園に通って、
同じ小学校に通って、
同じように周りから夫婦とからかわれて、
同じように将来結婚すると宣言して、
同じ中学校に通って、
同じ日に、お互いを意識して。
二人は、赤い糸で結ばれていると、お互い本気で思っていた。
……だと、いうのに。
暴漢がナイフを振り回し暴れた事件に巻き込まれ、俺を庇って美奈が刺されてから、一週間。
刺された美奈は、今も生死の境を彷徨っている。
そんなとき、ある噂を思い出した。
『ひらさか駅には、あの世と繋がる場所がある』
ひらさか駅とは、俺たちの住むところからだと、最寄りの駅だ。俺はあまり使わないが。
そこで働く親友の遠藤から、噂を聞いたのを思い出したのだった。
そこで、無理をいって頼み込んで、その噂の場所まで案内してもらい、今に至る。
「……なあ、遠藤。俺が戻れなかったら、後は頼むよ」
「バッカおめぇ、美奈さんが目ぇ覚ました時にお前が居なかったら、俺が寝取っちまうぞ?」
遠藤は冗談めかしておどけて見せるが、俺は、本気だった。
「……その時は、頼む」
そんな、本気の俺の顔をみた親友は、
「……ちっ!」
それはそれは嫌そうに、舌打ちしたのだった。