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「お久しぶりです。澄江さん。」
「希美、久しぶり。」
希美が電話をかけたのは、前に所属していた事務所の社長で信頼している数少ない大人、三嶋 澄江だった。
「どうしたの?急に来るなんて。もしかしてまたやる?」
冗談のように言った澄江に対し希美は
「もしかしたら戻ることになるかもしれません。」
真剣な表情で言った希美に驚きながらも真面目に
「何があったの?希美」
「その前に扉の前にいる人、中に入れてもらえます?」
澄江は決まり悪そうに「ごめん」と言うと席を立ち扉を開けた。
「日浦監督、立ち聞きはよくないですよ。」
希美が言ったのに対し
「希、久しぶり。気になっちゃって。ごめんね。」
希美と澄江の話を立ち聞きしてたのは、日浦 エミリ。希の出演した作品を数多く監督していた、名実ともに有名な監督だ。エミリもまた希美が信頼している人物。
「エミリとりあえず座りなさい。」
澄江とエミリは仲が良い。澄江が促すとエミリは席に着いた。
「それで希美、何があったの?」
澄江が希美に聞くと希美は今まであった事を全て話した。
「……それって。」
希美の話の後エミリが口を開いた。
「多分その人が根回ししてたんだと思います。」
希美は澄江の方に向き直り
「澄江さんお願いします。もう一度やらせて下さい。」
「希美、あなたは変われる?」
「…え。」
澄江の言葉に希美は驚いた。だが澄江は希美の様子を気にせずに話し始めた。
「星空希は母親のために仕事をしてた。母親に愛してもらうためにこの世界で生きていた。違う?」
希美は俯いたまま何も言わない。さらに澄江が続ける。
「勿論、子役は自分の意思でやってる子の方が少ない。でも今のあなたは子役じゃない。二ノ宮希美という一人の女性よ。あなたがあなたのためにこの世界に入り役を演じるの。そのために変わらないといけない。」
「希美、母親の愛を探すのも求めるのも、もうやめなさい。」
希美は澄江の言葉に顔を上げた。
「いつでもいい。答えが出たらまた来て。」
その澄江の言葉で希美は席を立ち部屋から出て行った。
希美が出て行った後の部屋では
「澄江、いくら何でも。悲しそうだったわ。」
「わかってる。」
「希には母親の愛が絶対だった。遠くから見ててもよくわかった。」
エミリがそう言うと澄江は辛そうに言った。
「そんなの私だってわかってる。でも、だからこそ。母親はもういないの。今度は自分のために演じないといけない。希美が好きでもない世界にいたのは母親のため。唯一役に立ってる気がしてたの。あの子がこの世界を辞めたのは必要なくなったからよ。愛してもらうために頑張って続けてたけど、その人がいなくなったら?」
澄江は一度、区切り
「星空希は年齢に合わない大人っぽさといつか壊れてしまいそうな、脆さを兼ね備えてた。でも今のあの子は、二ノ宮希美は一番欲しかったものを手にできないことをわかってしまった。あの子に残ったものは何も無い。もういつ壊れてもおかしくないのよ。エミリも気づいたでしょ。あの子は自分を守るために何かを演じていた。
手遅れにならないようにしないといけない。」
ここまで言うと澄江はエミリに向き直り
「エミリ、あの子の復帰作やってくれる?」
「もちろんやるわ。でも」
「大丈夫。あの子は戻ってくるわよ。」
澄江は笑顔でエミリに言って見せた。