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009、それでは、簡単な目標設定を

 その夕方。


 シャルロッテ・アイゼナッハは、長期の宿泊予約をした日本での基地となるホテルにいた。利便性をとっても、経済性をとっても、もっと別のホテルの方がいいと言えなくもないが、数日で小鳥谷の一月分の生活費を支払わなければならないようなホテルに宿泊することに意味がないわけがない。


 その付加価値が何かというと、一つはセキュリティである。魔術師ご用達であり魔術的な攻撃に対しても備えられている宿泊施設、宿内での私闘を禁止していることもあり外部からの攻撃にも内部での暴力にも一定以上の基準の安全性を示している。


 従業員には厳しい背景調査を経た腕利きの魔術師がいるわりに、経営者の一族は魔術師でないらしい。だがそれ故にどの組織にも加担せず騙し討たれたりする危険もほとんどない。


 そのような宿泊施設であれば、逆に実入りが大きそうだ、と襲うものもいると考えるかもしれないが、このホテルグループの場合は世界各国の主要都市に存在し、魔術触媒などの流通も担っている、そのサービスを受けられなくなるデメリットが大きく賊もほとんど襲い掛かってこないという意味で物理的な面以外の防衛力も備えている。


 引き換えに、サービス料金が高く、また、内部での儀式の類もほとんどが許可されないために基地としては使えても本拠としては使いづらいのだが、それはいい、とシャルは判断する。


 駅近くにはアイゼナッハの店舗がありその上階、三階と四階を拠点として使う予定なのだ。依頼された分析装置を表にし、それに合わせて設備に必要なものをリストアップしながらシャルは小鳥谷の案を考えていた。


(なるほど、な考え方)


 彼の立ち位置や知識から考えられる最善が他の人と違って有用そうだったというだけ。結論から言えばそういう事になるが、内容としてはそんな感じの事を自分が望んでいたんだろうな、と変に納得できるような案だった。


 今の段階で必要なものは喋れる石と喋れない石の区別方法ではないのだ。と言っても使用目的を現段階で完全に開示することは出来ない。彼がそれを知って悪用するという問題ではなく、彼がそれを知っていること自体がまずい局面があり得るのだ。


(さて、技術の目的として何を挙げれば納得してくれるかしら?)


 トランクの中の宝石箱から彼に預けるべき魔石の選別を行いながら、

 何気なく手元のリモコンでテレビをつけた。



 明けて翌々日、昼少し過ぎ。


 大学前の下宿から電車で移動、まずはシャルの宿泊しているホテル。そこから距離としては徒歩で十分かからない……それがホテルから店舗ビルまでの距離だそうだ。


 僕が抱えているのはその短い距離の間にあるパン屋で買ったホットドッグ。ホテルの部屋までシャルを呼びに行った僕はロビーで待っているように言われ、その間に話していた外国人のベルボーイおすすめの店。


 紙袋に千円札で買えた分のホットドッグを詰めてシャルの隣を歩く。店舗ビルまでの道は彼女の指示に従う。


「一応ラボとしての一応の体裁を整えているはずだけど、細かいところはあなたが調整してくれていいわ。そのための人足も用意しているし」


 運送業の男性が二人部屋で待機しているらしい、購入した分析器は一番重いものでも百キロに達していないのでプロたちにとってはさほどの問題でもないだろう。


 にしても運んでくるのが早いと思ったのだが、聞いてみると一昨日の夕方に手配をして、運び込みが終わった時点で連絡しようと思っていたが、シャルの予想以上に早かったということらしい。その説明は、結局、運び込みがものすごく早かったという事実に対しての説明にはなっていないのだが……。


「ラボへは裏から入るのが基本。勿論、表から入って店を抜けて上がるのも出来るけど……あなたは私にやとわれた研究者だけどアイゼナッハに雇われている訳じゃないから」

「それなら店舗の上の階を使うのもあんまりよくないんじゃ?」


 というと、そのあたりは、アイゼナッハから借りているとのことだ。賃料も収めているとの事なので、何も言うことは無い。ふうん、と頷きながらふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「宝石使いにとっての宝石ってなんなのかな?」


 ホテルから歩きながらのちょっとした問答。

 シャルは、カレー粉で炒めたキャベツに対し、一口目を口にするまでは不審の目を向けていたが二口目からはそれなりの速度でほおばった。


「ふむ、キャベツ入りも悪くないわね……ソーセージはまぁ、うん」


 さすがドイツ人……なのだろうか。イメージ的にはキャベツにもこだわってほしいところだが、うん、彼女のいう事を聞いてみると、茹でただけのソーセージではなく、その後にパリッと焼き上げてほしいのだそうだ。あとは、マスタードが足りない、と。


「宝石、の話だったわね」


 ぺろり、と頬に付いたケチャップをぬぐった指先を舐りながらシャルは言葉を探す。


「んー、まぁ、完全に正確というほどではないけど。宝石使いと宝石の関係について話すわね」


 まず一つ、と唾液に湿った人差し指を立てて、口を開く。


「普通の宝石使いにとって自分に適した宝石というのは、猟師にとっての猟犬、羊飼いにとっての牧羊犬、騎士の馬、養蜂家の蜜蜂、とそんなところかしらね」


 そこまでを告げて、こちらの抱いている紙袋に手を突っ込む。そこから取り出したのはお代わりのホットドッグだ。閉じた紙袋に入っていたことで先ほどよりもパンが湿り気を帯びているが、そのことには構わない様子で、彼女は飛び出したソーセージを口に含む。


 そんな様子を見るともなく見ながら、言葉の内容を理解しようと努める。――ふんわりとした空気感のようなものは分かる『仕事で使うもの』であり『相棒』であるというそんな感じか。あとは、自分の意思を持っているのと、代わりを用意するのが困難、というのも付け加えて良いのかもしれない。


 イメージするのは、何らかの捧げものなりを用意して代わりに人間にはできないことをやってもらうという姿。そういう意味では、ごくありふれた行為のように思われる。


「ビーグルとか……えっと犬種わかる?」

「詳しくはないけど、ビーグルは分かる」


 ぽてっとして耳の垂れた子だ。親戚の家で飼っていた。


「あれはそもそも狩猟用の犬なんだけど……んー、どういえばいいかしらね」


 んー、と考えるような呻きをあげながら、二つ目のホットドッグを軽く片付けるシャル。缶珈琲を差し出すと、彼女は奪うようにしてそれをあおった。ありがとう、とこちらに声を投げた後、何かを思いついたように視線をねめあげた。


「ビーグルは狩猟に向いている、ジャーマンスピッツは牧羊犬に向いている。これは嗅覚や聴覚といったその子たちの能力とは別に、人間に従順であるかとか指示に従うことを苦にしないかとかそういういわゆる『性格』の部分も含めて、ね」

「……ふむ」


 犬と猫位なら行動傾向の違いはありそうだ、とも思うが、犬種ごとに性格が違うというのが本当にあるのか、ペットを飼ったことのない自分には判別がつかない……、あってもおかしくない。


「職業としての宝石使いというのはそういう、狩猟に適性のある犬を使うように、選択して使用する、相棒であり道具でもあるものとして選択する。そして、石の中でも宝石を選択するのは……そうね、それに向いた能力のある子を選ぶ、そして、使い方がある程度確立している子を、とその程度の話」


「宝石は必ずしも必須の物ではない……?」

「まぁ、必須という言葉をどの程度の意味で使うかによるわね」


 ん、とシャルは缶の中身がなくなったのを確認するように軽く振ると、す、と指先で何かを示した。左手の指先が示したのは自転車に乗った人。道路を挟んで向こう側の歩道を走るスーツ姿の男は前かごをビニール袋でパンパンにして走っていく。右側シャルの方で金属音がした。ビルの影の中にあった自販機、その隣に設置されたごみ箱にスチール缶を捨てた音が反響する。


 こちらの視線に、うん、とひとつ頷く。


「例えば、自転車、例えば、自動車、例えば、徒歩」


 ぴっ、ぴっ、ぴっと指を立てつつカウントするシャル。


「どれも移動手段、選択肢。けど、速さが違い、事前準備の大小や技術のどうこうも違う」

「ちょっと早いけど準備がいる、もっと早いけどもっと準備がいる、早くはないけど準備がいらない」


 と上げてみると、シャルはニコニコとしている。


「何を求めて、何のために、何を重視して……そのあたりを考えて方法は選ぶべきね」

「自分に合ったものが一番大事と、そういうことかな」

「――うん、丸をあげましょう」


 今度は楽しそうというよりも、嬉しそうに笑う。――うん。


「宝石使いにとって宝石は相棒であり道具であるから、自分の宝石を大事にする。宝石には中身があるから大事にされるほどよりよく応えてくれる。そうなると、より、その宝石を手放せなくなる。わかるでしょう?」

「うん、よくわかる」


 『どの程度』かは分からないがその関係であれば宝石使いが宝石を大事にするのは大変よくわかる。


「だから、宝石と会話できるようなシステムを作ろうとしているの?」

「――んー、そうね。それもあるわ」


 宝石と心を通わせることで、宝石も応えるというのなら会話の為のシステムを作るというのは合点がいく。勿論、言葉が通じるということが仲良くなれるという事ではないが。


「私には必要なかったとしても、他の人にはそれが必要で……そうね、ありていにいって一つの目的のためというのがあるのだけど」


 その言い方からすると。


「教えてもらえない?」


 聞くと、シャルは困ったような笑みを浮かべる。


「そうね。じゃあ、少しぼかして言うけれど最終的には魔法の呪文一つで普通の女の子が魔法少女になるような、そんなところを目指しているわ」

「……は?」


「金曜日にテレビを見ていて思ったんだけど。あのあたりが一番近いの、リリカルでマジカルな呪文で普通の女の子が変身する、とか」

「えーと、おもちゃ屋さん?」

「本物を作るの」

「普通の人にも魔法が使えるような、そんな道具を?」

「そうね、夢も虚飾もなくいうならそういう感じの表現になるのかしら」

「そう、か……面白いこと考えるね」


 その言葉をなぜか恥じるようにしてシャルは顔を反らした。

 数秒して前に向き直った彼女は全く年相応の少女の様であった。


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